◆十二日目〜エピローグ・十三日目◇
◆十二日目◇
いつの間にか眠っていた。飛び起きて時間を見て絶望した。毎朝家を出る時間だった。
何の準備もできないまま、昨日と同じ格好で駅へと向かう。
玄関でサンダルを思い切り蹴飛ばしてしまったが、それがどこに収まったか確認する余裕はなかった。
仕事ではミスが続いている。遅刻は絶対に出来ない。
外に出てから妙に周囲に違和感がある。しかし何度見回してもその正体は掴めない。あの日、置き配が届いてから始まっていた。素早く振り返っても何もない……。
駅まで走るあいだに箱を思い出していた。
テーブルの上に置いてきたのは分かっている。帰るまでに爆発しないか気にはなったが、それ以上、考える時間も対処する時間もなかった。
必死で駅まで走った。改札を抜けたときにまた嫌なことを思い出した。鍵を閉めるのを忘れていた。引き返したい気持ちを押し殺して、電車の到着を待った。
仕事中は気が気じゃなかった。前日にも増してミスを連発した。
休憩時間になると、マンションで爆発があったニュースがないか、必死に探した。
スマホを叩くようにスワイプとタップを繰り返し、ネットニュースやSNSを血眼になって見て回った。
どこを見ても爆発のニュースはなく、帰る頃にはすっかり疲れきっていた。
ふらふらと駅を出た。
地元に戻ると途端にまた違和感が襲う。さっと見回すが、やはりどこにも何もなかった。
近所のスーパーへ寄り、酒を大量に買った。
スーパーを出ると、最近よく見かける、ニット帽をかぶりマスクをした大男が目に入る。今日も筋肉が黒いパーカーの上からも分かる。身長二メートルの大男が歩く姿は目立っていた。
どこへ向かっているのか、手にはラジコンを操作する無線のリモコンを持っていた。
しかし、足元に肝心のラジコンカーは見当たらない。こんな時間にラジコン遊び……大人がやることなのかと奇妙に見えた。姿を目で追っていると、大男は角を曲がって消えた。
マンションまで戻り、部屋までの通路の前で一度立ち止まった。被害妄想が強くなっているのか、自分でもわけが分からず周囲を見回した。
何かを感じるが何もない。どうしようもない違和感だった。
通路に出ると、玄関が少し浮き上がるように開いていた。
驚いて駆け寄ると、玄関にサンダルが挟まり、扉が閉まりきるのを邪魔していた。
一日中、部屋は開きっぱなし。
近所付き合いもないので、誰からも連絡が来ることはなく、部屋は開放されたままだった。
部屋に飛び込んで慌てて室内が荒らされていないか見て回ったが、どこも異変はなく、昨日のままだった。
ホッとしてテーブルに荷物を置いたときに気がついた。
箱がない……。
カッチ、カッチ、カッチ……。
幻聴のように、時計の針が進む音だけが聴こえている気がした。
カッチ、カッチ、カッチ……。
スマートウォッチが振動した。
血の気が引き、呼吸が乱れる。
どこを見るともなく目が泳いだが、どこにも箱はない。
ピンポーン。
心臓の鼓動が跳ねた。
なんとか気を取り直し、ドアスコープも使わずに玄関を開けると、開けた扉が足元に置いてある箱にぶつかった。
それは真新しい箱で、少しサイズが大きくなっていた。持ち上げるとズシリと重い。中にお米やペットボトルでも入っているような重さだった。
通路脇に避けて、一度玄関内へ戻った。
逃げ出したい気持ちだった。差し迫る得体の知れない脅威。危惧される結果が重くのしかかっていた。巨大な闇が迫っているような感覚……。
このままでは精神をやられてしまいそうだった。
強引に自分を奮い立たせようと、今の状況に区切りを付けるべきだと、俯きながら頭を振った。
冷静さを取り戻すため、一度この状況を忘れることにした。
鍵を閉めて室内に戻り、買ってきたものを片付けた。
缶ビールを開けて流し込む。シャワーを浴びて汚れを落とした。
次の一手をどうしようか悩んだ。胸が張り裂けそうなほどに気分が重かった。
部屋着を着て玄関前に避けてある箱の送り状を見ると、また、宛先が二つ隣の部屋宛てであることが分かった。
簡単なことを思いついた。
その部屋の住人に引き取って貰えばいい。
自分で運ぶから怪しまれるんだ。この荷物の責任は宛名の荷受人にあるはずだ。取りに来させて、本人に持ち帰って貰えばいい。
ドアに挟まっていた跡が残るサンダルを履いて、通路へ出た。
通路の手すりを隔てて見える景色は、マンションに沿うように流れている巨大な川と鉄橋。街と街を繋ぐ鉄橋に車が走る。
空は今にも降り出しそうに曇っていた。
箱の宛先である部屋の前へ向かった。
扉の前まで来ると、黒いガムテープがぐるぐると巻かれた細長い線のような物が、一本だけ伸びて壁を這うように敷かれていた。
先端がガラスでレンズのようになっているのが分かる。
まるで細いチューブ状のカメラ。工業用内視鏡を改造して、マンションの通路の壁に這わせ、廊下を監視しているようだった。
……自然と口が半開きになり、動けなくなる。
もしも、これが本当にカメラで、通路を監視されていたとしたら……。
最近の行動の全てを見られていたとしたら……。
連日、しつこく箱を置いていたのが、この部屋の住人だったら……。
爆弾も意図的に仕込まれていたとしたら……あらゆる可能性を考えて固まっていた。
手首に振動が伝わってきた。
扉が少し開いていた。
空気の入れ替えでもしてるのかと思い、気にもせずにドアベルを押した。
玄関横の窓から電気が点いていないことが分かる。
何か奇妙だった。
部屋の明かりを消したまま、空気の入れ替えなどするものだろうかと疑問が湧いた。
ドアベルの反応はない。
悪いと思ったが、一瞬だけ隙間から室内を覗いた。
室内の床に人の腕が伸びているのが僅かに見えた。
みるみる血の気が引くのを感じて、後ずさりした。
床に伸びた腕の先まで灯りが届かず、暗くて見えない。
夥しい量の黒い染みのようなものが見えた。
染みは流れるように線を形作って玄関扉のすぐ手前まで迫り、段差で塞き止められていた。
室内は暗いが、通路から差し込む灯りの角度で、それが何かはっきりと分かった。
好奇心……警戒心、とにかく何が起きているか確認したかった。
力を込めて扉をさっと大きく開き、一瞬で中を覗き込んだ。
そこには本来あるべき身体の部位がない人間が倒れていた。
……死体。
目を見開き、呼吸が乱れ、嫌な記憶が噴き出すように脳内で再生された。
箱の重み、振った時の音、自分が感じたボウリングの球などの喩え……。
逃げ出したい気持ちと、本能からくる警戒心から、瞬間的に身体を動かした。
素早く踵を返し、玄関から離れようと背中を向けた。
目の焦点は真ん前の空中——下には川が見える。
強烈な違和感が眼中に飛び込んできた。
ドローンが空中停止して、静かにこちらを見つめるように浮いていた。
ここ数日、何度も感じた違和感の正体。
ドローンの本体の中央で赤く光る小さいランプは、録画中の警告に見えた。
犯人は置き配を装い、監視し、巧みに人心を操り、『ソレ』を捨てさせていた。
知らずに犯罪へ加担させられていた。
そう、悟った瞬間——背後で音がした。
一瞬、振り返ると、暗闇からニット帽とマスク、黒いパーカーの大男が浮かび上がるように現れた。
背を向けて走り出そうとしたとき、死体とは違う、生温かい手が伸び、力強く掴まれた。
そして玄関の中へと一気に引きずり込まれた。
口を大きな手で塞がれ、背中に熱いものを感じた。
目を見開くことしか出来ずに、静かに室内に飲み込まれた。
『置き配されたのは、自分だけじゃない』
玄関扉が閉まる音が響き、漆黒の闇に包まれた。
背中から声が聞こえた。
「配達、お疲れ様でした」
手首に振動を感じた。
『で?!』
◆エピローグ・十三日目◇
マンションにはいくつも置き配の荷物が置かれていた。
それが本当に自分が注文した物か、手に取って確認すると、自分の物ではないと分かった。
近くの部屋番号だったのでそのまま手にして、正しい住所に持っていくことにした。
誰が見ているか分からないので、何も言わずに置いておくのは避け、間違って置かれていたことを住人に知らせるために、ドアベルを押した。
玄関が開くまで、少しの時間が流れた。
遠くでパトカーのサイレンが鳴っていた。
――《了》
最後まで読んでいただきありがとうございました。
本作はこれで完結となります。
(全7話、完結まで予約投稿済みでした)
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