【気を付けろ!不思議な三毛猫と、気が合わない隣の席のクラスメイトに】
後少しで、昼休みになる4時間目。
窓際の一番後ろの席に座る清水蛍は、机に頬杖を突いた状態で、廊下側の一番前に座る天野月子へと、熱い視線を送っていた。だが、当の本人には気付いてもらえず、隣から「ジッとこっち見ないでくれる? キモいんだけど」と、非難の声を浴びせられる。
漸くと月子から目線を外した蛍は、隣の席に座る源雄飛へと顔を向けた。
「……ゴメン、源さん…」
別に貴女を見てたワケじゃないんだけど、と胸中で訂正しつつも、取り敢えず謝っとく。そうすれば、これ以上突っ込まれる心配がないからだ。蛍なりの処世術である。
案の定、源は溜息を吐くだけで、これ以上何も言ってこなかった。
キィーンコォーンカァーンコォーン
昼休みを告げるチャイムが教室に響き渡ると、緊張に包まれた室内は一変、ザワザワと騒がしくなる。
授業の締めとなる号令なんて何のそのとばかりに、次々と教室を飛び出していくクラスメイト達。隣に居る者も例外ではない様で、静かに席を立つと、そのまま教室を後にした。
授業が終わったという開放感と、相性が合わない隣の不在により、急激な疲れが訪れる。
「……はぁ…」
「どうしたの? 溜息なんか吐いて」
「っ!? ……つ…、ツッキー……」
顔を上げると、コチラを心配そうに見詰める月子が映り込んだ。
――ちっ…近いッ! ツッキーの顔が近いィィィ!!
少しでも顔を前に傾ければ、キスでもするんじゃないか、と思う程の距離に月子の顔はある。
「何かあった? 」
「っ?! ……な…、何で…? 」
「唯、なんとなく」
「………」
「何かあった」とすれば、勉強が分からなくて授業についていけないとか、隣の席の人物に対する不満の事とかでは無い。
あるとするなら――“親友である月子へ、恋心を抱いてしまった”事だろう。
気付いたら、視線は彼女を追っていた。話し掛けられる度、顔が熱くなって、他の人と喋ってる姿を見る度、胸が締め付けられる様に苦しくて、親友の印にとペアルックのストラップを貰った時は、嬉し過ぎて泣きそうになった。
最初は、「友達」としての感情が強過ぎるぐらいにしか思っていなかった。だが、ある日を境に――
「ほーたーるーッ!! 」
「?! …っ……」
「……あれ? 顔、赤くない? 」
その言葉が聞こえた直後、額に軽い衝撃を受け、思わず目をつぶる。何が起こったのか確認しようと恐る恐る瞼を上げると、視界いっぱいに、月子の整った顔が映り込んだ。
――……えっ…?
「んー…。熱は……ある、のかなぁ…? 」
「っっ……」
「! ちょっ…!? 大丈夫、蛍? 熱上がって――」
「保健室行ってくるぅッ! 」
「え? だったら私も……あ…、待ってよ蛍! 」
己を呼ぶ愛しい声を振り切って、蛍は宣言通り保健室へ――は行かず、屋上に向かった。
*
「……なんで、こうなっちゃうかなぁ…」
月子への恋心を自覚してからというもの、彼女の傍に居るのが面映ゆくなった蛍は、屋上へと逃げる日々を送っていた。
「どうしよぉ…。このままじゃ、絶交されちゃうよぉ……」
以前、月子に此処最近の己の態度について、問われた事がある。
「どうして私の顔を見てくれないの? 」――と。
その際はなんとか話を躱せたが、月子は納得がいっていない様子だった。しかし、それ以上は咎めてくる事をしてこなかった。
――あの時のツッキー、今にも泣きそうな顔だったなぁ…
月子にあんな顔をさせない為にも、いっそ告白してしまえば好いのだが、その後の事が脳裏を過ぎると、踏み止まってしまう。「親友」という関係はどうなってしまうのか? ――と。
「好き」だから傍に居たいのに、「好き」だから関係を壊したいというジレンマ。
「っ……あーッ!! どーしたら好いんだよォォォ! 」
「お困りかい? 」
「!」
屋上には自分一人だけしか居ないと思っていた蛍は、両腕を枕に突っ伏していた頭を上げると、「大丈夫です」と言いながら声がした方へ振り返る。が、そこに人の姿は無かった。
「? ……気のせい…? 」
「『気のせい』じゃないよ。ほらッ、もっと視線を下げな」
「視線を下げて……! …あのぉ、何処に隠れてるか分かりませんが、猫を使っての腹話術は……」
「失礼な娘だねぇっ! 誰が“猫”だって!? 」
「……えっ…? ええっ? えええっ?! ねっ…、猫が喋ったァァァ!! 」
「“猫”じゃないって言ってるだろぉーがアァァァァ! 」
「! っぎゃあッ?! 」
自称「猫じゃない」三毛猫は、その特性を生かしたパンチで、強烈な一撃を蛍の額へお見舞いした。
「……ったく。アタシには“ミケマタ”って云う呼び名があるんだよ! 」
額へ食らったのと、予想以上のパンチ力に、軽く脳震盪を起こした蛍は、ボンヤリとする頭で、ミケマタの言葉に耳を傾けていた。
「まぁ、今回は初対面って事もあるから、許してあげるケドね。――処でアンタ」
好きになっちゃいけない相手にでも恋愛感情を抱いてるのかね? と唐突に尋ねられ、ボーッとする意識は嘘みたいに、「なっ……なな何をおっしゃるんですか突然。そんな事ありませんし、想われてもいませんからっ」と若干論点からズレた返事をするものの、滑舌口調で答える。
そんな蛍に、「別に隠す必要ないよ。取って食おう、ってわけじゃないんだから。寧ろ、アンタの恋が成就する為の“魔法”を掛けにきたのさ」とミケマタは言う。
「……魔法…? 」
「あぁ。飛び切りのヤツをね」
「………」
馬鹿らしい、と思った。信じるだけ無駄だと。
しかし、現に科学では証明出来ない事が起きている。
猫が、己の意志で、己の口を使って、言葉を発しているのだ。そんな事、――現在の科学では、成し遂げられていない。
「………本当に……成就、するんですか…? 」
これ以上深入りをしてはいけない、と頭では理解してるものの、気付けば真逆の行動を取っていた。
――何、血迷った事を言ってるんだ蛍! 目を覚ませ! コレは……
「現実だよ」
「?! っ…のあぁぁぁッ!! ね…ミケマタさん、は…他人の心の中も分かるんですか? 」
「アレ、心の声だったんかい。口から駄々漏れだよ。……それからアンタ、今、『猫』って言い掛けただろ? その忘れん坊な頭にもう一発、今度はキックを送ってあげようかァ?! 」
「! ……っぅう…」
「……なんだい、顔なんか赤くして。……全く…。そんなんじゃ、恋が成就するか分からないねぇ」
「!」
他の奴を探すかねぇ、とコチラへ背を向けて歩き出そうとするミケマタに、蛍は「ちょっと待ってください!! 」と呼び止めた。
「……なんだい? 用件なら早く言いな。コッチは忙しいんだ」
「っぅ……」
「……………用がないなら、話し掛けんじゃ――」
「かけてくださいッ!! 」
「……は…? 」
「魔法……掛けてくださいっ! 」
「………」
ミケマタは再び蛍へ身体を向けると、「最初に言っとくけど、“必ず”恋が成就する保証はないからね」と告げる。その言葉に、やっぱり辞めます、と出掛かったモノを無理矢理呑み込み、一つ頷いた。
「………目を閉じな。私が『良いよ』と言うまで開けるんじゃないよ」
「…ゴクッ……あっ…はいッ! 」
緊張の余り飲み込んだ唾は、思いの外、大きな音を立てた。ミケマタにもソレは聞こえた様で、「辞めるんなら今の内だよ」と諭されたが、蛍は首を横に降り、言われた通りに目をつぶった。
――ツッキーと結ばれます様に…ツッキーと結ばれます様に…
どれくらいの時間が経ったのだろう。一秒でも長く感じる。
「目を開けな」
漸くのお許しが出たので、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「……あれ…? 」
願いが叶う代わりに、それなりの代価を払うのが「魔法」だと思っていただけに、何ら変化が起きていない事に、蛍は拍子抜けした。そんな彼女の反応に、ミケマタは不満げな顔をする。
「……なんだい。性別変換の魔法は不服かい? 」
「いえ…。なんか、変化が無いなぁ、って……えええええぇぇっ!?? 」
突然声を張り上げた蛍に、「今度はなんだい? 」と、怒りとも呆れとも付かない様子で、ミケマタはコチラを見据える。
――今……今…、ミケマタさん、何って言った…?
ミケマタが掛けた魔法の効果を確認する為、まな板に近いソコに、恐る恐る触れてみる。が、今まであった若干の膨らみは、存在してなかった。
――まっ…、ましゃか……
あるわけがない、と信じつつも、気になって、恐る恐る股間の場所へ手を伸ばしてみる。しかし、制服がいつの間にか男物になってる事に気付かない程、ズボンの上からでも分かる膨らみに、蛍はショックを受けた。
「うっ……嘘ォォォ?!! 」
「アッハッハッ!! 良いねぇ、その反応。アタシが求めてたモンだよ」
「歓心しないで“元”に戻してください!! この姿のままじゃ誰にも…家にも帰れませんっ! 」
「それなら大丈夫だよ。蛍に対する記憶は、皆の中では“男”になってるから」
「……………はっ…? 」
「平たく言えば、蛍は“男”として認識されている」
「益々言ってる意味が分かりませんから!! 好いから戻し――」
「清水さんって、“女の子”だったのね」
『!?』
唐突の第三者の声に蛍とミケマタは驚きつつ、ぎこちない動作で、声がした方へ振り返る。
「面白い事、聞いちゃったあ♪」
「…っ……源さん…」
よっ…と! と塔屋から華麗に降りてきた源は、緩慢な足取りでコチラへと近付いてくる。その表情は「無」で、何を考えてるか読み取れないが、口元が僅かに上がっているのを蛍は見逃さなかった。
――やっぱ苦手、この人…
拳三つ分の距離を空けて、一人と一匹の前で立ち止まると、源は「成る程ね」と自己完結した様子で蛍を見る。
「隣の席の人に“違和感”を覚えたのは、魔法で記憶の一部がすり替わってたからなのね」
「『隣の席の人』って……てか、よく冷静な分析出来ますね!? 普通間近で魔法なんて代物見たら驚くでしょ?! 」
「………で? 」
「……………え゛っ……? 」
「驚くのが“普通”で、驚かなかったら“オカシイ”、と言いたいのかしら? 」
「……………別に……そーゆうワケじゃ………」
――あ゛ぁぁぁっ!!!! 源と喋ってると頭がオカシクなるぅぅぅ!!
発狂しそうになる己をなんとか宥め、蛍は源から顔を逸らす。
「……………」
一瞬、源の方から力強い視線を感じたが、ソレは直ぐに消えた。
「? ……」
気になって再び源へ顔を向けるも、彼女は既にコチラを見ておらず、代わりにミケマタへと移されていた。
「凄い魔法ね、猫サン……じゃなくて、ミケマタさんでしたっけ? 」
「へぇ…、魔法を見ても驚かない。盗み聞きには目をつぶったとしても、私を“呼び名”で呼ぶ。アンタ……結構見所あるねぇ…。蛍よりも先に出会いたかったよ」
「……………」
ミケマタにとって、悪気ない発言なのだろう。そう頭では理解してるものの、蛍は内心落ち込んだ。
そんな彼女――いや彼の心情を知る由もない一人と一匹は、会話を続けている。
「処で、魔法は掛けられた本人と術者以外に正体がバレた時、解ける仕組みになってるんですか? 」
「……えっ…? 」
源の発言が気になり、蛍は己の状態がどうなってるのか、再び身体に触れ、目視してみる。
胸には、申し分程度の膨らみは存在し、ヒラヒラと靡くプリーツスカート。ソレ越しに、先程まで存在した膨らみは無く、蛍はホッと胸を撫で下ろした。
後書き
何処かであげよう…あげよう…と思う間に、約十年間放置状態にあったヤツです…(;´Д`A(←⁉️)
このままじゃ、下書きの山に埋もれた侭、一生日の目を見る事がなさそうな恐れがあったので、思い切ってあげてみました(`・ω・´)❤️




