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人間が嫌いな理由を一つ挙げよう

掲載日:2026/01/03

私はお前らが大嫌いだ。

別に特定の誰かが嫌いではない、お前らがとにかく嫌いなのだ。

理由を挙げれば数えきれない、それほどお前らはどうしようもなく愚かで、矮小な考え方しかできず、それどころか他人を蹴落としては己の優位性を誇示する。

あまりにも哀れで不出来な生物だ、どこかの宗教では神の似姿として人を想像したらしいが、それが本当なら神も大したことはないらしい。

まあ、散々とお前らの悪口を言ったがこれではお前らは納得などしないだろう。

だから、私が人間が嫌いな理由を一つ教えようと思う。


それは、悲劇を娯楽に変える意地の汚さだ。


例えば、テレビをつける。

そこでは、もう助からない少年が映っている。病名は重く、余命は短く、物語は丁寧に編集されている。家族への感謝、静かな涙、そして「天使のお迎え」。BGMはもちろん控えめだ。

完璧だ。感動させるための要素が、寸分の狂いもなく揃っている。


さて、君はこの番組を見て何を思う?


命の尊さか。家族愛か。あるいは「自分は今日も健康だ、ありがたい」という自己確認か。


きっと、感じることは各々違うだろう、だが、君達はそれを見て様々なことについて考える。


考えさせられた。


なんて言う人もいるだろう。

だが、それはそういう娯楽と考えたことはあるだろうか?


他人の不幸は蜜の味。

下品だが、実に的確な言葉だ。自分には降りかからない悲劇ほど、安全で、刺激的な最高の娯楽である。

だから人はチャンネルを変えない。だからエンディングまで見届け、静かに涙を拭き、満足そうに息を吐く。

そして次の不幸を探しに、またリモコンを押す。

その涙は、誰のためのものだろう。

少年のためか。家族のためか。

いいや、違う。

それは「優しい人間である自分」を確認するための、気持ちの悪い自己愛だ。

人の痛みがわかる人間だと、本気で信じているところが、実に滑稽だ。

悲劇を娯楽として咀嚼しながら、なお自分を善良だと思える、その図太さこそが、私が人間を心底嫌う理由である。


だから、私はお前らが嫌いなのだ。


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