第5話 美人のカノジョ
そういえば、誰かと待ち合わせって言ってたっけ。
周りを見渡した壮太の表情がパッと明るくなった。
「なんだ、いたのか。早く言えよ。」
壮太の視線を追うと、少し離れたところに背の高い女の子がそっと立っていた。ほぼ無表情だ。綺麗だが、人の気配が薄い。
「話が終わるのを、待ってた。」
デパートの洋服売り場のマネキンみたい。
奈々子はそう思って、そう言えばチラシ配ってるときに見たな、と思い出し、それから以前、壮太の喫茶店でバイトしていた男の子を思い出した。
あ、この子だ。めちゃめちゃ綺麗になってる。
男の子みたいに短かったボサボサ髪は、つやつやのショートボブになっている。外はねカールがかわいい。
大きくてくっきりした瞳は、上向きの睫毛に縁取られて、よりぱっちり見える。
服はたぶんアニエスベーかな。薄手のブラウスに、ワイドパンツ。バッグはコーチ。
ただ恐ろしく雰囲気が硬い。
話しかけるのにためらいを感じるほどだ。
でも壮太は気にならないらしい。
「あ、えーと、経済学部の佐藤です。俺のカノジョです。・・だよな?カノジョって言っていいよな?」
後半、おそるおそる、といった感じになった壮太に、その背の高い女の子は、笑み崩れた。
びっくりするぐらい華やかな笑顔だった。
急に雰囲気が柔らかくなった。
「いいよ。私もそーちゃんのこと、カレシって紹介するから。」
マネキンからヒトになった壮太のカノジョは、奈々子にぺこりと頭を下げると、壮太と並んで歩いていった。
「もー。ほんとにデマなんじゃないの?私、バカみたい。」
奈々子は、後輩の形の指導をしながら、ぶちぶち文句を言った。
奈々子に叱られた小林クンも、相当反省したようだった。
「でもおかしいなぁ。それ、壮太先輩と同じ中学の奴から聞いた話だったのに。」
「壮太君の弟くんから聞いたんじゃないの?」
「あー。康太は、壮太先輩の幼馴染の事はあんまり知らないって言ってました。店の事はお父さんが仕切っているし、そっちもあんまり知らないって。」
踏み出した右足の向きがおかしい、と指摘されて、小林クンはもう一度その手前からやり直す。
「なんなの、それ。結局外から好きなようにデマを飛ばしてるって事でしょ。」
「うーん、確かに話は盛りがちな奴なんですけどねー。直接聞いてみます?」
稽古終わりに、小林君は、高校の時の同級生にMineを送った。
ちょっとしたやり取りの後、結局時間があるときに、壮太の小中の時の後輩に会ってみることになった。都大会優勝の空手のお姉さん、と言うと、Mineの返事がはじけていた。悪い気はしない。
GW中の土曜日に、壮太の喫茶店の近くのコンビニで待ち合わせると、小林クンとその友達だけでなく他に二、三人増えていた。
「えーと、みんな高校の時の空手部の連中です。」
「押忍!」
挨拶されてちょっと照れる。
「来てくれてありがとう。それでこの前の話のことなんだけど。」
「ええとですね、こいつがその、例の話の発信源っす。」
背中を押された青年は、頭を掻きながら「前田です。」と名乗った。
「前田君はさ、その壮太君の幼馴染の事、知ってるんだよね?どんな子?名前とか顔とか。」
「ああ、同じクラスになったことはないんすけど、中学ん時、有名でしたから。今でも壮太先輩のところにいて、家族みたいな顔で居候しているらしいっすよ。」
すごい貧乏でノートも買えないし、カバンも誰かのお下がりみたいなボロッボロを使っていて、そのカバンに、教科書じゃなくて靴を入れている。同級生にも暴力をふるったと聞いた。なのに先生に取り入るのがうまくて、問題にならなかったばかりか、内申点を操作してもらって、うまいことそこそこな高校に合格したらしい。誰とも口を利かない。見かねた壮太が世話を焼くようになって、結局今でも壮太の店で、毎晩飯を食わせてるらしい。
前田クンはひとしきり「可哀そうな壮太先輩の噂」をぶちあげたあと、「ま、俺も確かめたわけじゃないんすけど。」と締めた。
奈々子はしばし考える。
あの美少女が、壮太の家の喫茶店でバイトしていた子であることは間違いない。
美人のバイトがいるので土日はお客さんで店が混む。壮太はその手伝いに追われている。晩に賄いを食べて帰る。そういう事なんじゃないかと思っていたが。
あの気配の薄い、コーチのトートバッグの美少女が、今の話に出て来る貧乏で暴力的な幼馴染と同一人物とは思えない。
どうなってるんだろう。
「その子、親はどうしてるのよ。」
「あー、なんかすげぇ美人のおふくろさんがいて、あちこちの男から貢がせてるとかなんとか。」
「貢がせてるのに、子供は他の家で居候してるの?矛盾してない?」
「え、あ、そう・・・すね。ネグレクトなんじゃないっすかね。」
「今、想像を付け足した?」
「まあ・・・スミマセン。」
噂の矛盾点を埋めるために、悪意のある妄想をくっつけて話す。誰でもやりがちだけど、悪意を持って表現をすれば、どんなことも悪事になるんだなぁと怖くなる。
「いい機会だからさ、ちょっとこのまま壮太君とこ行ってみようよ。その幼馴染がまだいるのか、ほんとに質の悪い子なのかどうか、はっきりさせたい。」
「ええー。暴力的な子なんでしょ。」
奈々子はあきれた。
「あんたたち空手部でしょ!五人がかりで勝てないの?どんなポンコツよ!」