第2話 喫茶店の男の子
しかし夏休みが終わっても、前期試験が終わっても、壮太は戻ってこなかった。
どうしたんだろうと思うが、学部が違うので、偶然会うこともない。
「お父さんの腰、そんなに悪いのかな。」
サークル部員の一年男子に聞いても、他の学年の男子に聞いても、学部が違うとか取っている講義が違うとかで、さっぱり分からない。
自分の講義終わりに教養学部の建物を覗いてみたりしたが、壮太には会えなかった。
そのうちに「坂井って真鍋と付き合っていたらしい。」と噂になった。
「急に連絡取れなくなったって。ひどい奴だな。」
「奈々子先輩、結構可愛いのにな。もったいない。」
壮太の喫茶店の場所を調べて、わざわざ会いに行ったものもいたらしい。
聞けば、駅から割と歩くが、電車は一本でいけるらしい。
そうと知って、秋も深まる中、奈々子も友達と行ってみた。
バス通りには面しているものの、小ぢんまりした喫茶店で、コーヒーチェーン店に慣れた身には、まあまあ入りづらい。でもせっかく来たのだから、と友達に背中を押されて、中に入る。
コロンカランとドアベルの音がした。
「いらっしゃいませ。」
おじさんの声がした。見回すとアンティーク調の店内に、店長らしきおじさんと、高校生らしい男の子がいた。壮太の弟だろう。
お好きな席に、と言われて窓際のテーブル席に着く。
男の子がお冷やを出した。メニューをテーブルに置く。
「決まったらお呼びください。」
声を聴いて、おや、と思う。女の子かもしれない。しかし女の子にしては細い。男の子でも細い方だが、女の子だと思うと一層ガリガリだ。
客は自分たちだけだ。
それぞれコーヒーを頼んで見ていると、店長が豆を挽いた後、コーヒーは男の子が淹れている。
接客の時はにこりともしない顔が、サイフォンを見ている時だけ不思議に雰囲気が柔らかい。お湯が沸いて噴きあがると、大きなくっきりした目が、きらきらっと輝いた。
あ、この子、可愛いかもしれない。
聞きたい。壮太はどこだろう。この子と壮太はどんな関係だろう。
コーヒーが運ばれてくると、友達がささやいた。
「バイトの子かな?女の子みたいだよね。」
「男の子だよ。」
奈々子はきっぱり言った。
「弟いるって聞いてるもん。」
男の子は、聞こえたかもしれなかったが、無反応だった。
マスターに壮太の事を切り出せないまま、コーヒーを飲んでまったりしていると。
喫茶店のカッコウ時計が鳴りだした。
「すごいね。初めて本物見た。」
「私も。」
一番奥の壁にかけてある、大きなカッコウ時計。不思議なことに、客のテーブルからはあまり見えない。見ようと思ったら、立つか、カウンターの方に移動しないと見えない位置にあった。
おもりの松ぼっくりが、何で出来ているんだろう、と立って行って手を伸ばすと。
「触らないでください。」
鋭い声が飛んだ。
びっくりして手を引っ込める。
ふりむくと、コップを拭いていたマスターが、困ったように笑った。
「すみませんね。古い時計なんで、すぐ壊れちゃうんですよ。」
男の子が向こうを向いてサイフォンを片付けている。
さっきの声はこの子だ。
あんな怖い言い方しなくてもいいのに、と思うが、悪いのは自分なので、おとなしく「ごめんなさい」と言って、テーブル席に座りなおした。
その後、居心地悪くてさっさと退散した。
結局、壮太がどうしているか聞けなかった。