第1話 新入空手部員
高校生の時に空手で全国大会に出たものの、それで食べてはいけないし、女の子があんまり強くてもモテないことに気が付いたので、大学では軽いサークル活動にとどめて楽しい大学生活を送っていた奈々子に、いいなぁと思う男の子が出来たのは、二年になってすぐだった。
入学式が終わってすぐの頃。
サークル勧誘のチラシを配っていたら、そのうちの一人が急に立ち止まって、
「坂井奈々子さんですよね?一昨年の空手の都大会で優勝した。」
びっくりして、そーですけど、と答えると、その新入生はチラシと奈々子を見比べて、破願した。
「憧れてました。空手、めっちゃ強いですよね。こんなところで会えるなんて、すげぇラッキー。」
聞けば同じ大会に出ていたという。ただし順位が付かないぐらい下の方で負けたという事だ。
「しょうがないっす。もともと空手部のない学校で、一から作ったんで。あんまり強くなかったんすよ。」
それでも地区大会で勝って出てきたんだから、すごい。
その新入生は、奈々子のサークルに入った。
名前は真鍋壮太。
明るくて面倒見の良い青年という感じで、たちまちサークルになじんだ。
派手なイケメンではないが、組み手も強いし形もきれいだし。奈々子に組み手の手合わせを申し込んできた時は、ちょっと期待した。
ある時体育館を出る時に、奈々子が踵のあるサンダルを履こうとしてそれがコロリと倒れた時に、自分の靴を履いていた壮太が、それをちょいと直してくれてびっくりした。
そんなことする男の子っている?
「そりゃ気があるでしょ。」
奈々子の友達はそう言った。
「えー、そうかな?」
「だって、憧れの先輩って言ったんでしょ。それが目の前にいたらさ、嬉しくなって当然じゃん。」
「そうそう。真鍋君いいよね。男前だし、女の子にやさしいし。奈々子とお似合いだって。」
「そおぉかなぁ?私の方が年上なんだけど?」
まんざらでもない奈々子である。
「デートに誘ってみなよ。気があったらOKしてくれるって。」
どこにデートに行くかすごく悩んだ。
共通の話題と言えば空手だが、だからといって空手の試合を見に行くなんて、あんまり色気がなさすぎる。
遊園地。水族館。美術館。
候補はいろいろだが、壮太の好みがわからない。
あと、どうやって誘ったらいいかも分からない。
サークル終わりにさりげなく、晩ご飯一緒に食べない?、と誘ってみる。
新歓コンパの時は、ほとんど話ができなかったし。ちょっと好みとか聞いてみたいし。
と思ったら
「いいっすよ。おーい、一緒に飯食いに行かねぇ?」
壮太はあっけらかんと、他の同級生も誘い、なんだかよく分からない飲み会になった。
気を取り直して、数日後。
気になっていた映画が封切りになるので、GWに見に行きたいなぁ、一緒に行かない?と壮太の前で言ってみた。
しかし遠回しの映画デートはあっさり断られた。
「弟に、空手部の指導を頼まれてんですよねー。俺が作った部だから、なるべく面倒見てやりたいし。またそのうち誘ってください。」
これは、どうも気がなさそうな気配がする。
それでいて、帰りが遅くなったりするとちゃんと駅まで送ってくれるのだ。
優しい。
「私、空手強いから、痴漢なんて蹴り飛ばしちゃうよ。」
とか言ってみたが、
「確かに。でも蹴られるまで、先輩が強いかどうか判断できないじゃないですか。」
と壮太は笑って、やっぱり送ってくれる。
なんかすごくいい。
ここはやっぱり、夏休みの合宿で距離を詰めるしかない。
去年も行った、群馬の山間にある民宿。近くに町営の体育館があり、昼間は練習、夜は花火。町の夏祭りなんかもかぶっている。
去年だって、二組のカップルが出来た。
よし、可愛い浴衣なんかも持って行こう、と思っていると。
夏休みに入って、みんなその話題でノリノリの所に、
「あ、すみません。俺、しばらくサークル休みます。」
と壮太は宣言したのだった。
「えー!なんで。サークル活動、これからじゃん!」
男子たちは騒いだが
「いや、俺の親父が昨日、ぎっくり腰やってさ。うち喫茶店だから手伝わなくちゃいけないんだよ。」
えええ。うそー。
なんてタイミングの悪さ。
奈々子もがっかりしたが、仕方ない。
まあ、お父さんの腰が治ったら壮太も復帰するだろう。