8、
夜会から数日後。
私は公爵邸の自室で仕事をしていた。
いつものように山積みの書類と睨めっこ。
していたと思ったら。
「んもおおお!!!」
急に頭を掻きむしって額を机にぶつける。
かと思えば、印鑑を手に持ったまま、ボーッと何もない空を見つめ、鼻を膨らませて二ヘラ~と笑ってみたり。
どこをどう見ても奇行。誰が見ても
「変態ですか」
変態だった。
てちょっと待て、今変態って言った? 変態って言ったよね?
私はハッと我に返って、そばにいる存在をジトリと睨むのだった。だがそんな睨みも何のその。シレッと彼女は──私専属のメイド、マイヤはお茶を入れる手を、動かし続けるのだった。
「何か言った、マイヤ?」
「変態ですかと言いました」
言ったんだ! やっぱ言ったんだ!
正直だね、そういうとこ好きだよ!
「私のどこが──」
「今しがたされていた百面相を、ぜひともお嬢様に見せて差し上げたいです」
百面相……そうか、百面相。
「見たくない」
「私ももう見たくありません」
正直だねえ!!
「はああ……仕事に集中できない」
「お疲れなんですよ。お茶を飲んで休憩なさってください」
「ん、ありがとう」
確かにここ数日忙しい。……正確にはもっと前からなんだけど。
特にここ数日、やたらとやるべきことが増えてきた。
なんのこたあない、私が仕事をこなすもんで評判の上がった公爵──つまりは父が調子に乗っているのだ。
なんか彼方此方から依頼というか頼まれごとをされているようで、それを安請け合いしてくる。そして当然のように私に丸投げ。ふっざけんな!!
『少しはお父様もお仕事なさってくださいな』
『何を言うか、私は十分すぎるくらいに忙しいのだ。私を過労死させようというのか? 娘のくせになんと冷酷な。おっとスザンナと買い物に行く約束をしておったのだ。ああ忙しい忙しい』
ちょっと待て、ホント待て。スザンナと買い物だあ? それのどこが忙しいのよ!!
『お父様~早く行きましょうよ。新作のドレス、楽しみですわあ!!』
『うむ、そうだな。スザンナは何でも似合うからな。早く行くとしよう』
ちょおっと待てえええ!
そのドレス購入費用はどこから!? ねえどこから!?
私が汗水流して働いた結果得た物ですよね!? もうちょっと自粛できませんか!? 無理ですか、そうですか、ふざけんなー!!
と叫んだのは先ほどのこと。
イライラしながら仕事してもはかどらないよねえ。そりゃ集中できないわ。
「集中できないのは、本当に旦那様とスザンナ様のせいですか?」
お茶を飲んで心を鎮めようとしていたら、マイヤが何かを探るような目で問うてきた。
「ん? どゆこと?」
「例えば先日の夜会で何かあったとか──」
「ぶーーーーーーーーー!!!!」
とんでもないマイヤの発言に、思わず飲んでたお茶吐いたよ!
うわ、汚っ! とか言いながら飛びのくな!
「あああ、書類が、書類がああああ……!!」
「何やってるんですか、まったく」
慌てる私に対して、冷静にマイヤが書類が汚れないよう動いてくれた。
優秀なメイド。幼い頃から一緒の親友。
私の事を最も理解してくれる彼女。
慌てて書類を除けながら、私は。
「ねえマイヤ」
「何ですか」
「話、聞いてくれる?」
「なんなりと」
唯一の相談相手とも言える彼女に、先日の事を……先日会ったヘンラオのことを。
話して聞かせるのだった。