7、
「な、な、な……!!」
何をするんですか!
そう叫びたいのに叫べず、プルプル震える私をクスリと笑い、ヘンラオはスザンナにもう一度目を向けた。
その顔はもう、作り笑いさえ無かった。
「そもそも私はアデラと話していたんだ。いきなり割って入り自己紹介もしない。失礼極まりないな、不愉快だ」
「わ、わたくしは公爵令嬢よ!?」
「だからなんだ? 公爵家だから無礼を働いてもいいのか? そもそもアデラも公爵令嬢だ。姉に対する無礼は許されるとでも?」
姉だろうと妹だろうと。家族だろうと他人だろうと。
無礼な発言は許さない。
そう言って、ヘンラオは立ち上がった。
その長身に見下ろされ、ビクッとたじろぐスザンナ。そんな彼女を見下ろしながら、ヘンラオは冷たく言い放った。
「もう一度言うが、不愉快だ。今すぐアデラに謝罪しろ。そしてこの場から居なくなってくれ」
「な──」
もうスザンナに余裕の色は無かった。
その気迫に押され、真っ青になったかと思えば、瞬時に真っ赤になった。おそらくは怒りで。
「言われなくても居なくなるわよ! 何よ、ちょっとした冗談でしょう!? どうして私が姉に謝らなくてはいけないのよ! ふん、所詮お姉様に興味を持つだけのことはあるわ、折角私が相手してあげようと思ったのに! お姉様の相手なんて可哀そうだと思ったから来てあげたのに! こんな変な男、こちらから願い下げよ!」
とんでもなく無礼な発言を……言いたいことを言って、憤慨してスザンナは立ち去るのだった。
バタンッ
荒々しく絞められた扉のガラスが、ガタガタと振動していた。
そんな一連の騒動を、私は呆然と見ていた。この私が……様々な魑魅魍魎渦巻く貴族とやり合っている私が、何も言えないなんて。
「はは、怒らせてしまったかな。悪かったね、キミの妹に厳しく言ってしまって」
ちっとも悪いと思っていない風に笑いかけられて、私に出来ることがあっただろうか。
首をブンブンと横に振る以外、何か出来ただろうか。
そんな私にニコッと笑みを向け、ヘンラオは再び腰かけた。まだここに居てくれるということかしら。
「折角のケーキが不味くなってしまったね。別のを取ってこようか?」
私の手が止まっているのを見て、申し訳なさそうな顔をしながら言われてしまった。それにも私は力いっぱい首を横に振ってから、再び手を動かすのだった。
「こ、これで十分です! このケーキ美味しいので!」
「そう?」
正直に言えば、先ほどから味などしていない。だが兎に角早く食べ終わりたい! 食べ終わって、冷静に頭を働かせたい!
そう思いながら残り少しとなったケーキにフォークをブッ差す。もうマナーなど完璧に頭から吹っ飛んでいた。
「それ、そんなに美味しいの?」
「ええ、美味し──」
口元に運びかけたケーキ。あと少しで私の口に入ろうかというその瞬間。
フッと目の前が暗くなった。
何だ?と視線を上げれば目の前に真っ青な空。夜なのに、青い空──。
違う、これは瞳だ。青い瞳の色……。
パクリ
気付いた時には既に遅く。
私のケーキは食べられてしまった。
なのに私は怒れない。
目の前の存在から目が離せなくなっていた。
「確かに美味しいね」
「──!?!?!?」
うおへふあ!?
──叫ばなかった私を褒めて欲しい。でも限界だ、近すぎるイケメンに限界を感じて顔を離そうとした瞬間。
ガシッとフォークを持ったままの手を握られてしまった。
何を──と問う間もなかった。どんどん近付いて来る顔に吸い寄せられる。目が、離せない。
不意に。
ペロッ
「え……?」
「うん、甘い」
何が起きたのか分からないままヘンラオは私から離れ。
スッと立ち上がって歩き出すのだった。
「ごめんね、今日はもう時間が無いから。またいずれゆっくりと会おう」
そう言って、スタスタとバルコニーから出て行ってしまった。
残された私の耳に響く、テラスドアの閉まる音。
そして。
カチャーン!!
手から落ちたフォークの音で我に返った。
今しがた、唇の横をかすめた、温かくて柔らかな感触。
そこについていたクリームを舐めて離れたモノ。
それを自覚した瞬間、それは私の口から放たれた。
「なーーーーーーーーーーーーーー!?」
自制のきかぬ叫び声が、飛び出したのだった。
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