5、
「そうか、キミはボルノ公爵の──」
「はい、娘でアデラと申します。名乗るのが遅くなり申し訳ありません」
「俺はヘン──ラオ」
「ヘン──ラオ様、ですか?」
「いや、間は無くていいので。ヘンラオだ、ヘンラオ」
変わった名前ですね。などとは流石に言えない。
ヘンラオ、ヘンラオ……はて?
私は聞き覚えの無い名前に首を傾げた。父の影として色々動いている私だ、当然貴族の名前は大体覚えている。だが有力なのを除いてはまだ怪しくて、覚えてない家名や貴族名だって当然ある。
だが、こんな変な名前、一度でも見聞きしたら頭の隅に残るものなのだけど……。
「ひょっとして、外国から来られてます?」
だから考えられるのは、国内の貴族ではないということだ。だがそれはアッサリと否定されてしまった。彼は首を横に振ったのだ。
「いや、この国で生まれ育って今も住んでいるよ。ちょっと事情があって表には出てないけど」
「そうなんですか」
じゃあどうしてこの夜会に出たの?
その疑問は見事に顔に出ていたのだろう。彼は苦笑して肩を竦めた。聞いてくれるなということか。なら詮索はすまい。
貴族なら、色々あって当然だ。表では動けない裏の仕事をしている者だって当然いる。その存在こそが王家を支え国を支えていることだって、当然知っている。
──私だって、表には出ていないのだから。父の影武者として働いているのだから。
「そうですか」
もう一度言って、再びケーキを口にしたら軽く目を瞠られた。何かおかしなこと言ったかしら? それとも実は聞いて欲しかったとか? 自分のこと知って欲しいちゃんなのかしら? でも私は詮索屋ではないのですよ。
黙々と食べていたら「面白いなあ……」などと言われてしまった。
私に言わせれば、貴方の方がよっぽど面白いですよ。
そう思いながらも口に食べ物が入っているので、ひたすら黙って聞き流すのだった──。
※ ※ ※
ガチャッ
不意に、会場とバルコニーを繋ぐガラス扉が開かれた。顔を覗かせたのは──
「あらお姉様、お邪魔だったかしら?」
我が愛し──くない愚妹だったりする。その名もスザンナ。
「──スザンナ? どうしたの?」
間があったのは別に鬱陶しくて、ではない。鬱陶しいけど。単にケーキを咀嚼してたがための間だ。間ではなく、むしろ魔ならあるのかもしれないが。
私の問いにニコニコしながら、遠慮なくそばまで近寄って来たスザンナ。お邪魔だったかの問いに対する返事もしてないんだけどね。気遣いなんて言葉、知らないものね貴女。
「いえね、お姉様がどこかの殿方と連れ立ってバルコニーに出ておられると聞きましたので。男っ気が全く無かったお姉様に、ついに春が来たとめでたく思い、お祝いの言葉を言おうと駆けつけましたの」
どの! 口が!
どの口が言うかそれ!
常日頃から、私のような女に男が寄り付くはずもないと言っている口が!
スザンナは、とにかく私に対してマウントを取りたがる。自分のほうが可愛くて愛されると思っている。……まあ確かにそうかもしれないが。
スザンナは、亡き母似で可愛い顔立ちをしている。対して私は父に似て、普通にしてても、怒ってる? と聞かれるような顔立ちだ。当然父の愛がスザンナに偏っても──仕方ないわけではないが、まあしゃあないよね。てなもんである。
そんな溺愛されたい構ってちゃんな彼女は、私に少しでも男性の影があれば寄ってくるのだ。そしてさも私のことを思いやっているような言い方で、けれど私を貶めるのだ。
「お姉様は、男性よりも賢いですからね。頼る必要のない強い女性ですから。いつも難しい事ばかり考えておいでのせいで、18歳にもなって色気も飾り気も胸も無く……スザンナは心配しておりました。このままでは本当に行かず後家になられるのではと。あまりにモテなさ過ぎて怖かったです」
なに言うとんねんお前は。
私に男の影が出たら、必ずその男性の元に行っては、横から誘惑してきたくせに。そして、かっさらっていくのが大好きなくせに。
そのせいで、こちとら婚約者どころか恋愛もまともにしたことないんですけど。
そして胸も無いは言う必要なくね!?
私から男を奪って、自分のほうが可愛い、愛されている! と思いたいのだろう。
だから奪ってしまえばもう興味は無くなる。男性がスザンナに夢中になったところでいつもポイ! なのが彼女だ。
私に男っ気がないのは認めよう。
だが半分はお前のせいだという自覚、あるのかな?
──まあ残り半分は、本気で興味ないからなんだけどね。ふんっ。
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