37、最終話
切っ先が近づく。
けれど私の体に刺さる直前に、それは叩き落された。ヘンリー様の手によって。
「痴れ者が!!」
叫んで、スザンナを思い切り殴り飛ばした!
「ぐげっ!!」
醜い叫びと共に、スザンナは床に崩れ落ちる。もう、ピクリとも動かない。
父は蒼白な顔で、床に膝をついたまま動かなかった。
トラドスは涙でグシャグシャになった顔をそのままに、ただひたすら泣き続けた。
「アデラ、行こう」
呆然とする私の手を、そっととって。
ヘンリー様はこの場から私を連れだすそうと、手を引いた。
最後にチラリと部屋を見る。
動かない妹に父、泣きじゃくるトラドス。
一瞥して、私は前を向いた。ヘンリー様の後へと続く。
家族との、訣別の瞬間だった──
※ ※ ※
「ア~デラ、何してるの?」
「──! ヘンリー様、驚かさないでください! またノックもせずに入って来たんですか?」
「ちゃんとしたよ。集中してて気付かなかったみたいだけど」
突然肩にのしかかる重みの原因に、顔が真っ赤になるのを自覚しつつ。咎めると反論されたので、マイヤを見れば頷かれてしまった。
「アデラは仕事熱心だなあ」
「性分です」
あれから一ヶ月が過ぎた。
公爵家は新たに私が当主となって再出発。毎日やってくるヘンリー様に、お手伝いと称した邪魔をされつつも、どうにか公務をこなす日々だ。
これまで仕事は全てやってきたとはいえ、当主交代となると色々手続きがかかるのだ。お披露目や挨拶も忙しい。
邪魔と言ったが、正直ヘンリー様は非常に仕事が出来る方なので、本当は大助かり。
でも、どうにも集中をかき乱されて困る。
「今日のお仕事は?」
「終わったよ」
流石ですね。なんて言えばご褒美は~? とか言ってキスしようとしてくるのは……経験済みなので、心の中でだけ言うことにしよう。
「私も少し休憩しますね。マイヤ、お茶の用意を」
「本日はどちらで?」
「そうね、天気もいいし中庭で」
「かしこまりました」
一礼してマイヤは去って行った。
彼女が居なくなるタイミングを待っていたのだろう。
スッと真剣な顔に戻って、ヘンリーが小声で私に言った。
「処分が下ったよ」
誰の、とは聞かない。分かっていたから。
息を呑んで私は彼の顔を見た。少し悲し気な顔の彼が、視界に入る。
悲しんでいるわけではない。彼には『奴ら』への情は無い。ただ、私の気持ちを思いやって、悲し気なだけだと分かる。
「どのようになりました?」
だから私は悲しい顔をしてはいけない。彼に心配させたくないから、敢えて気丈に振る舞う。
冷静に問えば、ふう……と息をついて、彼は話してくれた。
「ボルノ公爵は、予定通りに爵位剥奪。これからは平民となる」
「生きていけるでしょうか」
「さてね」
軽く肩をすくめるヘンリー様。どうするつもりもないのだろう。
まあ……私もどうするつもりもないから、実は私は性悪なのかもしれない。
「トラドスと侯爵家も同様」
「あそこはほぼ潰れかけてましたからねえ」
大して変わらないんじゃないでしょうか。
無駄に根性出して、生き延びそうな気もするけど。
「トラドスは処刑でも良かったんだけどね」
その言葉の裏に潜む闇を感じて、苦笑する。
「君を襲ったこと……死に値すると今でも俺は思ってる」
そう言ってジトッと恨めしそうに見られては、ますます苦笑するしかない。流石に処刑は……と言ったのは、私なので。
「まあ未遂に終わりましたから」
「でも許せん」
せいぜい極貧生活を送って苦しめばいいさ!
憎々し気にヘンリー様は言う。きっとトラドスは、これから何をしても、絶対貧乏生活から出れないことだろう。
そして。
「──スザンナは?」
どう、なったのでしょう。
そう問えば。
少しの間を置いて、答えて下さった。
「──彼女は……処刑だ」
未遂でも、姉を──王子の婚約者を殺そうとした。
手紙を偽造して姉を騙した。
王印を盗むのも全て、彼女の計画だと──指示だと発覚した。
もう、擁護する理由はどこにもなかった。
「そう、ですか……」
「一週間後、刑は執行される。……会いたいかい?」
問われるも、迷いなく私は首を振った。
「いいえ」
いいえ、会いたいとは思いません。
会えば、きっと彼女は泣き叫ぶだろう。
助けてと、涙ながらに──情に訴えようとするだろう。
それを無視できると断言は出来なかった。甘いと言われるかもしれないが……確かに私は甘いのだろう。
だから会わない。
キッパリと言い放つ私をどう思ったのか。黙ってジッと見ていたヘンリー様は、けれど何も聞いてはこなかった。
ただ一言「そうか」とだけ言って、私を抱きしめてくれるのだった。
かつては愛した父に妹。
確かに大切だった人々。
情が完全に消えることはない。喪失感はきっと永遠につきまとうだろう。
それでも。
「愛してるよ、アデラ」
「私も愛してます、ヘンリー様」
彼の愛が、それら全てを埋めてくれるだろうことを。
私は信じて疑わない。
~fin.~
最後までお読みいただき、ありがとうございました!