表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/37

37、最終話

 

 切っ先が近づく。

 けれど私の体に刺さる直前に、それは叩き落された。ヘンリー様の手によって。


()れ者が!!」


 叫んで、スザンナを思い切り殴り飛ばした!


「ぐげっ!!」


 醜い叫びと共に、スザンナは床に崩れ落ちる。もう、ピクリとも動かない。


 父は蒼白な顔で、床に膝をついたまま動かなかった。


 トラドスは涙でグシャグシャになった顔をそのままに、ただひたすら泣き続けた。


「アデラ、行こう」


 呆然とする私の手を、そっととって。

 ヘンリー様はこの場から私を連れだすそうと、手を引いた。


 最後にチラリと部屋を見る。


 動かない妹に父、泣きじゃくるトラドス。


 一瞥して、私は前を向いた。ヘンリー様の後へと続く。


 家族との、訣別の瞬間だった──


※ ※ ※


「ア~デラ、何してるの?」

「──! ヘンリー様、驚かさないでください! またノックもせずに入って来たんですか?」

「ちゃんとしたよ。集中してて気付かなかったみたいだけど」


 突然肩にのしかかる重みの原因に、顔が真っ赤になるのを自覚しつつ。咎めると反論されたので、マイヤを見れば頷かれてしまった。


「アデラは仕事熱心だなあ」

「性分です」


 あれから一ヶ月が過ぎた。

 公爵家は新たに私が当主となって再出発。毎日やってくるヘンリー様に、お手伝いと称した邪魔をされつつも、どうにか公務をこなす日々だ。

 これまで仕事は全てやってきたとはいえ、当主交代となると色々手続きがかかるのだ。お披露目や挨拶も忙しい。


 邪魔と言ったが、正直ヘンリー様は非常に仕事が出来る方なので、本当は大助かり。

 でも、どうにも集中をかき乱されて困る。


「今日のお仕事は?」

「終わったよ」


 流石ですね。なんて言えばご褒美は~? とか言ってキスしようとしてくるのは……経験済みなので、心の中でだけ言うことにしよう。


「私も少し休憩しますね。マイヤ、お茶の用意を」

「本日はどちらで?」

「そうね、天気もいいし中庭で」

「かしこまりました」


 一礼してマイヤは去って行った。

 彼女が居なくなるタイミングを待っていたのだろう。

 スッと真剣な顔に戻って、ヘンリーが小声で私に言った。


「処分が下ったよ」


 誰の、とは聞かない。分かっていたから。

 息を呑んで私は彼の顔を見た。少し悲し気な顔の彼が、視界に入る。


 悲しんでいるわけではない。彼には『奴ら』への情は無い。ただ、私の気持ちを思いやって、悲し気なだけだと分かる。


「どのようになりました?」


 だから私は悲しい顔をしてはいけない。彼に心配させたくないから、敢えて気丈に振る舞う。

 冷静に問えば、ふう……と息をついて、彼は話してくれた。


「ボルノ公爵は、予定通りに爵位剥奪。これからは平民となる」

「生きていけるでしょうか」

「さてね」


 軽く肩をすくめるヘンリー様。どうするつもりもないのだろう。

 まあ……私もどうするつもりもないから、実は私は性悪なのかもしれない。


「トラドスと侯爵家も同様」

「あそこはほぼ潰れかけてましたからねえ」


 大して変わらないんじゃないでしょうか。

 無駄に根性出して、生き延びそうな気もするけど。


「トラドスは処刑でも良かったんだけどね」


 その言葉の裏に潜む闇を感じて、苦笑する。


「君を襲ったこと……死に値すると今でも俺は思ってる」


 そう言ってジトッと恨めしそうに見られては、ますます苦笑するしかない。流石に処刑は……と言ったのは、私なので。


「まあ未遂に終わりましたから」

「でも許せん」


 せいぜい極貧生活を送って苦しめばいいさ!


 憎々し気にヘンリー様は言う。きっとトラドスは、これから何をしても、絶対貧乏生活から出れないことだろう。


 そして。


「──スザンナは?」


 どう、なったのでしょう。

 そう問えば。

 少しの間を置いて、答えて下さった。


「──彼女は……処刑だ」


 未遂でも、姉を──王子の婚約者を殺そうとした。

 手紙を偽造して姉を騙した。

 王印を盗むのも全て、彼女の計画だと──指示だと発覚した。


 もう、擁護する理由はどこにもなかった。


「そう、ですか……」

「一週間後、刑は執行される。……会いたいかい?」


 問われるも、迷いなく私は首を振った。


「いいえ」


 いいえ、会いたいとは思いません。


 会えば、きっと彼女は泣き叫ぶだろう。

 助けてと、涙ながらに──情に訴えようとするだろう。

 それを無視できると断言は出来なかった。甘いと言われるかもしれないが……確かに私は甘いのだろう。


 だから会わない。


 キッパリと言い放つ私をどう思ったのか。黙ってジッと見ていたヘンリー様は、けれど何も聞いてはこなかった。


 ただ一言「そうか」とだけ言って、私を抱きしめてくれるのだった。


 かつては愛した父に妹。

 確かに大切だった人々。


 情が完全に消えることはない。喪失感はきっと永遠につきまとうだろう。


 それでも。


「愛してるよ、アデラ」

「私も愛してます、ヘンリー様」


 彼の愛が、それら全てを埋めてくれるだろうことを。


 私は信じて疑わない。




  ~fin.~

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ