31、
「何をしているの」
問いかけても返事は無い。体を押しのけようとするも、両腕を上から押さえつけられ動けそうにない。
恐怖よりも怒りが勝り、私はもう一度問いかけた。
「何をしてるの、放しなさい──トラドス」
名を呼べば、押さえつける力が少し弱まった。だが放すつもりは無いようで、未だ私は組み敷かれたままだ。
「あ、気付いてた?」
「気付かないわけがないでしょう?」
軽い口調。人をイラつかせるのがうまい──悪い意味でスザンナに似た男。スザンナの婚約者トラドスは、飄々とした顔と口調で、私を組み敷いていた。
体が少しずれて光が当たる。見えた顔は、やはりトラドスだった。
どうしてここに居るのか。
なぜ私の上に跨っているのか。
聞きたいことは山ほどあるが、全ては後だ。まずはこの馬鹿をどけないと。
「お疲れだったのに、起こしちゃってごめんね」
「いいからすぐに退いて」
「嫌だと言えば?」
「大声出すわよ」
もし何かしてみなさい。貴方も侯爵家もただじゃ済まさない。
そう脅すが、トラドスは軽く肩をすくめただけだ。
「それは困る」
「じゃあ──」
「だったら既成事実を作ればいいかな?」
「は?」
早く退け。
そう言おうとした私に向けて、軽くトラドスは言い放つ。
何を言っているのだ、この馬鹿は。
既成事実?
本当に何を言ってるの。
「いいから早く──」
「俺の手で穢してしまえば、もう誰とも結婚出来ないだろう? そしたら、はれて俺は次期公爵となれるってわけだ」
どういう理屈だ!
怒鳴ってやりたいが、怒りが大きすぎて声は絞り出すようにしか出てくれない。
「私がそんなこと許すとでも?」
「許す許さないの問題じゃないんだなあ。これは──決定事項だ」
そう言って。
「ひ……!!」
トラドスは私の首筋に顔を埋める。
途端、体を駆け抜ける悪寒!
気持ち悪い
気持ち悪い
気持ち悪い!!
「この……」
気持ち悪さと怒りで目の前が真っ赤になる。
腕を動かそうとしても、女の力ではビクともしなかった。
だが。
足は動く。動くのだ。
いつ危険な目に遭うかも分からない公爵令嬢が、何も出来ない無力だと思うのが浅はか!
「はな──せえぇぇぇ!!!!」
「アデラあぁ!!!!」
叫んで渾身の蹴りがトラドスの股間に炸裂するのと。
大きな音を立てて扉が壊れ、私の名を叫びながら誰かが入って来るのと。
それはほぼ同時だった。
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