30、
ようやく全ての仕事を終えた私は、急ぎ帰途についた。
ガタガタと揺れる馬車内には、私とマイヤだけ。話を聞いて欲しい時は、いつも一緒に乗ってもらっているのだ。
「村の皆さん、喜んでおられましたねえ」
「そうね。良かったわ」
村の水確保への工事は始まった。直ぐには終わりそうにないが、幸い日照り続きも終わりそう。先日、久々にまとまって降った雨のおかげで、復活した川。それを横目に、私は微笑んだ。干ばつの終わりは見えたが、また同じことが起きないとも限らない。確実な水確保の工事は、きっと今後意味が出る。何より安心材料となるだろう。
ベントル村の件はこれで一旦終わりだ。
私は頭を切り替えた。
「公爵邸に入ったら、一日休息をとるわ」
「はい」
「頭と体がスッキリしたところで、直ぐに向かうわ」
「どちらへ?」
「分かるでしょ?」
問いに問いで返せば、心配そうなマイヤの瞳とぶつかった。
安心させるようにニコリと微笑む。
何かを言いたそうにして、けれど言葉を呑み込んだ風に一瞬マイヤは黙る。
「かしこまりました。では屋敷に着き次第、王宮へ──ヘンリー様へ知らせを出します」
「うん、お願いね」
マイヤの言葉に頷き、視線を窓の外へとやった。流れる景色は確実に公爵家へと向かっている。
三ヶ月会えなかった愛しい人、ヘンリー。
彼は一体どう言って来るのだろうか。あの手紙の意図は何なのか、どう説明してくれるのだろう。
さあ。
決戦の時はもうすぐだ──
※ ※ ※
屋敷に戻るという知らせが届く前に私が帰宅したものだから、屋敷の使用人達は慌てていた。が、それも最初だけで、すぐにテキパキと環境を整えてくれた。さすがプロだ。
むしろみっともなく慌てふためいているのは、スザンナだけかもしれない。
「え、ええ? お姉様? どうして!?」
「どうしても何も、ここは私の家よ。帰ってくるのがそんなにおかしい?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
などとゴニョゴニョ言っているので、何となくは分かった。
案の定、家の中は目を閉じたくなるような状況だった。
「何これ……」
屋敷内は、部屋から廊下まで見たことのない調度品で溢れかえっていた。無駄に大きな壺なのか花瓶なのか。
何をそんなに照らす必要があるのか? と思うくらいに派手で豪華なシャンデリアに、ランプの数々。カーテンも高級素材で、無駄に派手なものに変わっていた。
人はこれを無駄遣いと言う。
「スザンナ」
「は、はい、お姉様?」
ギギギ、と音がしそうな動きで、私はスザンナを見た。視線をそらすな馬鹿者。
「あとで貴女の部屋に行きます」
「え、なぜに」
「持ち物チェックです!!」
まずは汗をかいた体を清めてからだ。話はそれからよ!
慌てて部屋に戻っていくスザンナを見送って、絶対ベッドの下から天井裏までチェックしてやると心に決めるのだった。
「はあ~~~~~……」
久々の自分の部屋に入るなり、長いため息が出るのも仕方ないというもの。
予想はしていた。
あの二人のことだ──特にスザンナ──絶対とんでもないことしてると思っていたけど。
散財しないようにと公爵家の財産管理人に口酸っぱく言って聞かせておいたはずなのに。
公爵本人の命令には、逆らえないということか。
三ヶ月でこれなのだ。もしもっと不在にしていたらと思うとゾッとする。
──ちなみに、机の上に山積みになってる書類にもゾッとした。ここは自室で執務机ではないのだが。執務室の方はどうなっているのか。考えたくもない。
「王宮への使いを出しました」
「ありがとうマイヤ」
いつの間にと思うくらいの仕事の早さに、感心する。
一瞬の間を置いて、私は立ち上がった。
「入浴してから少し横になるわ」
「スザンナ様のお部屋へは?」
「どうせ直ぐに行っても行かなくても、同じよ」
あの子の行動なんて手に取るように分かる。
苦笑を浮かべる私にマイヤは頭を下げて、入浴の支度にかかるのだった。
※ ※ ※
「ふう、サッパリした」
入浴を済ませ、自室に戻る。留守中も毎日掃除してくれていたのだろう、私の部屋は三ヶ月前と同じ、綺麗な状態だった。ベッドに横たわる。そうすると、やはり疲れがたまっていたのだろう、急に睡魔が襲って来た。
少し眠ってからスザンナの部屋に行って。
そして王宮からの返事があり次第、行けるように準備をしなくては……。
そう思って。
ウトウトと重たくなってきた瞼を、私は抵抗することなく閉じた。
・
・
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どれくらい眠っていたのだろう。不意に目が開いた。
一瞬状況が掴めず、そしてすぐに思い出す。
ああそうだ、私は帰って来たのだ。この公爵邸に。
そして今は自室で眠っている。
やけに暗いなと思った直後、ギクリと体が固まった。
暗いのではない。視界に人が居るのだ。
明かりを背にして、私の上に圧し掛かる誰かがそこに居る。
影になっているせいで、相手の顔が見えない。
「誰!?」
「なんだ。もう起きちゃったのか」
恐怖を感じながらも震える声で誰何する私に、返事はすぐにあった。
その声は確かに聞き覚えのあるものだった。