29、
『ごめんね』
その言葉の真意も分からず、落とした手紙を拾うことも出来ないで呆然とする。視界の片隅で、手紙を拾うスザンナが見えた。
「あ~あ、ふられちゃいましたね」
手紙を見てそう言う。だが驚いた様子も無いことから、彼女が何かを知っているのは明らかだ。
そもそも『ごめんね』の一言だけで、意図を解することなんて出来るわけが無い。なのにスザンナは、私がヘンリー様に[ふられた]と判断したのだ。
「何を……したの?」
震える声を内心叱咤するも、震えは止まってはくれない。
瞬きすら忘れてスザンナの顔を見る。そんな私に、妹はヒョイと軽く肩をすくめた。
「別に? ただ、ヘンリー様の婚約者、私じゃ駄目ですかって打診しただけです。こんな、仕事ばかりで恋人を放っておくような姉より、私の方が断然いいですよ~って」
「……それで?」
「それでも何も、これがその答えじゃないですかあ?」
「一言じゃ分からないわよ」
私の指摘は、スザンナには届かない。
「あの夜会の日のことは、今でも腹が立ちますけど。まあ王子様だし? 王家のバックがあるということで許してあげましょう。やっぱり王子様は見る目がありますねえ!」
そう言ってクスクス笑い出した。
その顔を思いきり引っぱたきたかった。掴みかかって大声で怒鳴って……。
だがそんなことをしたところでどうなると言うのか。
無意味だ、時間の無駄だ。
今私がすべきことは一つだけ。
「スザンナ、仕事の邪魔よ。帰りなさい」
「へ?」
早く仕事を終わらせて帰ること。
直接ヘンリー様に真意を尋ねること。
──こんな一言だけの文と、スザンナの言葉だけで何が分かるというのか。それにスザンナの言葉なんて、私は信用していない。
ちゃんと、本人に会って話をしなければ……。
だからこそ時間は惜しかった。スザンナに怒る時間すらも無駄でしかない。
私はバッとスザンナから手紙を奪い取り、それを机の上に置いた。
書類を出して執務にかかる。
もっと私が喚き散らすと思っていたのか、スザンナは呆気にとられてそれ以上突っかかってくることは無かった。マイヤにやんわりと、けれど有無を言わせず部屋から追い出される。
スザンナのことなどどうでもいい。私はやるべきことをするんだ。
そう思いながらも視界の片隅に映る手紙を意識しつつ、目の前の書類にペンを走らせる。
一言だけの手紙の最後に、確かにある王家の印を認めながら……。
※ ※ ※
「痩せましたねえ」
部屋に入るなり、開口一番マイヤがそう言った。
あの意図不明の手紙が届いてから、更にひと月が過ぎた。不眠不休とまではいかないが、食事時間も惜しいと働き続けていたら、随分貧相な体つきになった自覚は……まあ有る。だがわざわざ指摘しないで欲しい。
「ちゃんと休息もお食事も、お取りにならないと……」
「もう少しで終わるわ」
「その発言、何度目ですか」
終わる終わる詐欺を働いている自覚はあるけれど、でも今回は本当だ。
「本当にあと少しよ」
そう言って、私は最後のサインを書き終え、ペンを置いた。ほう、と息を吐く。
「終わった……」
「え、本当だったんですね」
だからそう言ってるでしょうが。
驚いた顔でコチラを見るマイヤをジトッと見てから、もう一度書類に目を通した。うん、これで問題無いはず。
「マイヤ、これを村長さんに渡してきて。済んだら帰り支度を」
「帰り支度ですか」
確認の問いに私は大きく頷いた。
「ええ。帰りましょう、我が公爵邸へ」
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