26、
ガタガタと揺れる馬車の中。
私は神妙な面持ちで、目の前の人物から──ベントル村の使いである、初老の男性から話を聞いていた。
公爵家の馬車に領民が同席なんて、普通なら有り得ないだろうが、事が事だ。そもそもそんな小さなこと、私は気にしない。
時間が惜しい。
あらましを出発前に、詳細を現在聞きながら、馬車はベントル村へと向かう。
現地に向かう公爵家の人間は、当然のように私一人だ。父はといえば
『暴動だと? お前がちゃんと対応しないから起こったのだろうが! 自分の不始末は自分で責任を取れ、私は忙しいのだ!!』
そう言って何処かへと行ってしまった。
期待してはいけない。期待するだけ無駄。
分かっていたことなのに、それでも胸中に去来するこの虚しさは……悲しみは、いつまで経っても慣れることはないのだろう。
「アデラ様?」
不意に黙り込んでしまった私を、訝しげに呼ぶ声。
私はハッとなって目の前の男性を見た。
(いけない、今は集中しなければ──)
謝罪して、私は話の続きを促すのだった。
要約すれば、暴動とは言っても、一部の人間の不満が爆発したというもの。
その一部の村人が村長宅へ押し寄せ、公爵家と話すから待てと言う村長の意見に納得せず、怒り暴れ出した……というものだった。
放っておけばそのままの勢いで、公爵家に殴り込みに来そうな雰囲気だとも。
激しい対立は今のところ避けられてるが、怪我人も出始めて、いつ激化しないとも分からない状況。
──ということらしい。
「私がちゃんと視察して、対応していれば……」
「いえ、アデラ様の責任ではありません。いくら日照りが続いたとはいえ、未だかつてなかったこと……川が干上がり井戸が枯れるなど、誰が予想出来ましょうか」
「それでも私の責任です」
今年の日照りは、ついぞ見ない酷いものだった。大きな湖や川が近くにあり、水不足とは無縁のはずの王都やその近辺でさえも、取水制限を出した場所が出ている。
辺境の村は特に農家が多い。干ばつがどれだけの影響を与えるか……考えずとも分かったはず。
もっと早くに対応すべきだった。
自身の無能さを理解しながら対処が遅れた。
「情けない……」
独り言ちて、私は頭を抱えた。
だがウジウジ悩むのは後だ。そんなことをしても事態は良い方向に行くわけはない。
私は無い頭をフル回転させて、今後の対策を練るのだった。
※ ※ ※
村に着いてすぐ、私は暴動を起こした者達と対話した。
彼らは意外にも素直に話に応じてくれた。上が動いたことで、ようやく冷静になってくれたのかもしれない。
彼らは単に、ただ困っていることを訴えたかったのだろう。──暴力に訴えるのは感心しないが、それだけ追い詰められていたのだ。そして追い詰めたのは、私の責任だ。
村長を始めとした全ての村人に心から謝罪し、今後について話し合った。
少し離れた場所にある大きな川。そこから水を引いて来る治水工事。
それは簡単なことではない。
元からその川を利用している村々とも話し合わねばならないし、工事そのものもどのようにしていくか、専門家をまじえて話し合わねばならない。
その間の村人の生活の保障。
工事業者との交渉。
関係する村々との話し合い。
簡単に列挙しただけでも仕事は山積みだ。実際はもっとすべきことがあるだろう。
当分屋敷には戻れない。
ということはだ。
「は~~~~~……」
長~いため息が出る、というわけだ。
「マイヤ、ここ以外で緊急を要する仕事って、ある?」
「そうですねえ。リブット村が課税額についての要望があるそうです」
「それは……まあ、面倒だろうけど、こちらまで足を運んでもらうしかないわね」
話ならどこでも出来る。
「養護院を兼ねた教会が、施設の老朽化に伴った改装の助成金を申し出てます」
「老朽化は危ないわね。急ぎ対処してあげたいけど……現状を見ないで好き勝手やってと言うわけにも……。教会って何処の?」
「ここから馬車で一日の距離にある、ラオドンの町ですね」
「火急の案件がある程度済んだら、急ぎ対処すると伝えて」
「旦那様に頼んでみては?」
「一応お願いしてみるわ」
まあ期待しないけど。
あの父と妹が何かしてくれるなど、もう思わない。考えない。
ただ、『言わなかったじゃないか』と言われても腹が立つので、一応打診はしておく。
そうして。
目まぐるしい程に忙しい日々が続き──
あっという間に2ヶ月が過ぎたのだった。