22、
この場合、私の反応はどういったものが正解なのだろうか。
簡単に譲られちゃった、トラドスを憐れと思うべきか。
目の前の妹に殺意を抱くべきか。
当然だけれど、はいどうぞ、とヘンリー様を譲る気はさらさらない。
私は眼鏡をクイッと上げて……いや無いな、私眼鏡してなかったわ! なんとなくエアー眼鏡をクイッと上げてみたくなった。そんな気持ち。
私は冷静に、必死に気持ちを抑えながら、努めて冷静に口を開いた。
「スザンナ、婚約者は簡単に譲り合うものではないですよ。そしてトラドスは、貴女が結婚したいと駄々をこねた相手でしょう?」
そうなのだ。
当初、落ちぶれ侯爵家の嫡男にして唯一の子供であるトラドスとの婚約に、我が公爵家のメリットは皆無だった。なので話が持ち上がった時は、父も断ろうと思っていたのだ。
だ。
が。
『やだやだやだ~! トラドスじゃなきゃ、い~や~! もしトラドスと結婚できなかったら、スザンナ死んじゃいますぅ!!』
などと、とんでもない駄々をこねたんだよこの娘!! 死んどけ!
結果、スザンナに甘い父は、仕方ないなあと婚約オッケー。対して落ちぶれ侯爵家である、トラドス側にも否やがあろうか。
そんなこんなで決まったバカップルの婚約。
なのにだ。
のにだ!!
「え~、だってえ~。トラドスってエッチが下手なんですもん」
「放送禁止ーーーー!!」
どこの世界に、妹の情事に関する話を聞きたがる姉が、いるだろうか!?
「貴女の婚約者の、ピーがピーでピーだとか聞いてません!!」
「何ですかお姉様、そのピーって」
「子供は知らなくて良いことです!」
「またまた~、私よりお子様のくせに」
うるさい! どうせキスくらいで真っ赤になるお子ちゃまですよ!! ほっとけ!!
「とにかく! 王子様がいいとかいう、夢見るお年頃発言は受け入れられません!」
「理由はそれだけじゃないですよ?」
じゃあ他にどんな理由があるのだ。
「ヘンリー様ったら、毎日お姉様に会いにくるでしょ? ほんとラブラブですよね~」
それがどうした。
そう言いたいが、思わず顔が赤くなって返答のタイミングを失ってしまった。
そうなのだ。
婚約してから数日、されど数日。
もうね、毎日来るんですよヘンリー様。一緒にお茶して何気ない会話して、でもってふとした瞬間にあんなことやこんなことを……ふおおお! 放送禁止ぃっ!!
──まあなんですか、つまるところは溺愛されておるわけです。でもって私も悪い気はしないという。
もうすぐ19歳になる女が何を初心なことを、と思われるかもしれないけど。
ほんっとーに免疫ないからね、私!
そんなこんなで幸せな日々を送っていたわけです。おかげで仕事もはかどるったらありゃしない。
そんなことを私が考えているとは知らないスザンナ。
「でもね、でもね」
楽し気に言う。
「さっきも言いましたが、可愛いスザンナのほうがヘンリー様とお似合いだと思うんです! まさに美男美女! ヘンリー様も、きっと毎日どころか一日中スザンナと一緒に居たいと思われるはず! 超ラブラブ決定! そしてヘンリー様は王子様だから超お金持ち! 贅沢三昧! スザンナハッピー、ヘンリー様も可愛いスザンナと結婚出来てハッピー。トラドスも仕事してくれるお姉様と結婚できてハッピー、公爵家安泰でお父様もハッピー。あら、みんなハッピーになりますね、最高!」
おい、私のハッピーはどこに行った。