21、
後にしろという私の言葉はスルーして、スザンナは言葉を続けた。
「スザンナ、欲しいものがあるんですぅ~」
「駄目ですぅ~」
「やだお姉様、気持ち悪い」
「グーパンしていい?」
愚昧の真似をしただけでしょうが! 私が気持ち悪いならあなたも気持ち悪いのということに気付きなさい!
「スザンナは可愛いから似合いますが、お姉様はそういうの似合いませんよ。お願いだから気付いてください」
未だかつてこれ程までにムカつくお願いがあっただろうか。とりあえず手元にあるインク壺をその水色の頭にぶっかけてやろうか。
だがそんなことをして困るのは私なのだ。スザンナがインクまみれになるのはいいが、ここは私の執務部屋。書類やら床やら、汚れるのは困る。
そんなわけで必死に理性を働かせて、動こうとする手を止めるのだった。
と、そこへマイヤがお茶を持って入って来た。良かった、第三者が居れば私はもう少し冷静になれる。マイヤは黙って私の前にお茶を置いた。
こうなっては仕方ない。スザンナの「お願い」とやらをとっとと聞いて、さっさと追い出すに限る。勿論お願いを叶えるつもりは毛頭ないけれどね。
冷静になるために、私はお茶を飲む。そっと一口。
「それで、今度は何が欲しいの?」
そして二口目を口にする前に、問うのだった。ああ、今日もマイヤの淹れるお茶は美味しいわ。
「えっと~ええっとぉ~」
早く言え、イライラするわあ!!
落ち着かせようとお茶を口にする。と、スザンナが頬をポッと染めながら(キモイ)言うのだった。
「ヘンリー王子様をスザンナにくださいな☆」
「ぶーーーーーーーーーー!!!!」
思い切りお茶吹いたわ! ──スザンナに向けて。
「きゃーーーー!!!! お姉様、汚い!」
「ゲホッゲホッ! き、汚いじゃないわよ! ゲホッ! 今なんて……!!」
むせて涙目になりながら、私は必死の体で聞いた。聞き間違いであって欲しいと思いながら!
「ちょっとマイヤ、タオル持ってきて! ──んもう、お姉様ったら耳が遠くなってません? もうお年ですかあ? 高齢なんだからご自愛くださいね」
こんな時だけまともな言葉を使うんじゃないわよ! そして私はまだ18歳です!
立場上、メイドとして動かないわけにいかないマイヤは、そっとスザンナにタオルを差し出した。あの顔! すんごい無の表情! ものすごい怒ってる顔だと分かるのは……きっと付き合いの長い私だけだろう。
バッと奪うようにタオルを受け取ったスザンナは、顔を吹きながらもう一度言った。
「ですからあ、ヘンリー王子様をください」
「はああああああああ!?」
え、どゆこと?
頭に疑問符だらけなんですけど!?
「だってえ、あのイケメンで王子様だなんて夢のようじゃないですか! 超優良物件! スザンナにピッタリだと思うんですぅ!!」
何を言ってるのか分からないですぅっ!!
「スザンナ、ヘンリー様と私は先日婚約したばかりで……」
「ですからあ!別にお姉様じゃなくてもいいと思うんです! 公爵家にはスザンナと言うとお~っても可愛い子がいるんですから! お姫様のように可愛いスザンナこそが、王子様に相応しいと思うんです!」
手元でグシャリと書類が音を立てる。知らず握りしめていたようだ。ああ、大事な書類が……。
けれど私には、それを気にしている余裕は無かった。
ただただ、目の前の異質な存在に目を向ける。
これは本当に我が妹だろうか? 公爵令嬢なのだろうか?
異世界からやってきた異星人なのではないか?
本気で疑いたくなる。
いや待て、スザンナが馬鹿なことを言うのは、これが初めてでは無かったはず。
そして私はいつだって、このおバカな発言を、冷静に対応してきたじゃないか!
冷静に、冷静に……。
私は深々と、大きく溜め息をついて、椅子に腰かけた。マイヤが淹れ直してくれたお茶に手を伸ばし、ゆっくりと口に含んだ。
温かいお茶が染みる……。
少し冷静になった私は、ようやく口を開いた。
「スザンナ」
「はあい?」
「冷静になりなさい。そもそも貴女には婚約者が居るでしょう?」
不本意な、だが妙にお似合いの。
あの! トラドスが!
居るじゃないか!!
ギロリと睨むように視線を向けたが、そんな睨みを華麗にかわし、ニッコリとスザンナは微笑んだ。
「あ、トラドスはお姉様にあげます」
そして爆弾投下。
もう私、爆死寸前です!!
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