17、
海より深く広い心を持っておられるんじゃないだろうか。
そう思うくらいに、王は父に対して寛容だった。というより、もう諦めているのかもしれない。呆れているのかもしれない。
王の考えは分からないが、表面上は馬鹿な父に怒ることなく、ニコニコされている。
とはいえ、私の胃の痛みを理解している人が、この場にはたしているのだろうか……。
「今日来てもらったのは他でもない」
顔に縦線入った状態で真っ青になっている私に誰も気づくことはなく、王は言葉を続けた。
「我が息子についてなのだ」
「クロヴィス様について、ですか……?」
言われて父と私、二人揃ってソファに座ったままのクロヴィス様を見た。無言で微笑みながらこちらを見ておられる。
クロヴィス様を見る私達に対して、王は首を横に振った。
「いや、クロヴィスではない。もう一人の息子……第二王子のほうだ」
「第二王子……?」
思わず呟く。第二王子……そういえば居たわね、という程度の知識しかないからだ。
なんでも勉強のためと称して、異国で幼少の頃から最近まで過ごしていたそうな。国に戻ったのがたしか二年前? 現在王太子が24歳に対して、第二王子は確か20歳だったかな?
私と年は近いが、異国に行っておられたので会ったことはない。
その第二王子がどうしたというのだろうか?
思わず首を傾げていたら。
「アデラ嬢」
「はい!?」
いきなり呼ばれて思わず声が裏返ってしまった。見れば優しい笑みを浮かべたクロヴィス様がこちらを見ている。
「貴女には、確か婚約者が居ませんよね?」
「え? は、はい……」
いきなり何だろう?
確かに私には婚約者は居ない。縁談の話がきたことも一度も無い。
え、ちょっと待ってよ。
さすがにそこまで鈍くない私は、これから出る話の予想を立てて、内心焦るのだった。
私には婚約者が居ない。
そして確か第二王子にも──
内心汗が噴き出そうな私をよそに、今度は王が口を開いた。
「実はうちの第二王子──ヘンリーとだね」
待って。
「アデラ嬢、貴女と」
ちょっと待って。
だって、私には──
「婚約を提案したい。もちろん、結婚を前提に」
待って──!!
私の心の叫びを聞き取ることなく、父は口をアングリ開けている。
その呆けた顔のまま、言葉を発した。
「え、うちのアデラと第二王子とですか?」
「そうだ。ボルノ公爵、確かヘンリーとは何度か会っているだろう?」
「ええ、大してお話をしたことはありませんが……」
「君から見て、うちの息子はどうだね?」
「そ、それはもう。異国で様々なことを学ばれただけあって、博識で武も備え、国のことを王同様にお考えになっていて……心技体揃った大変素晴らしいかただと……」
「ではどうだろう?」
そう言って、今度は王がチラリと私を見た。ビクッと肩が震える。
第二王子と公爵令嬢。身分としては申し分ない。
そして我が公爵家に男子は居ない。第二王子が養子として公爵家に入ってくれたら──願ったり叶ったり、だ。
行き遅れどころか、そもそも結婚することは出来ないだろうと思っていた。スザンナとトラドスの子供が後継に、なんて恐ろしいことにならないよう養子を迎えねばとも思っていた。
だが。
私が、結婚──?
こんな良い話、今後絶対ないと思う。
きっと以前の私なら、愛情よりも実利をとった結婚を、喜んで受け入れていただろう。
でも。
でも今は──!!
「なんともありがたいお話かと! いやあ今までそういった話が来なかったアデラに、勿体ないくらいに良い話です」
「では?」
「喜んでお受けいたし──」
「待ってください!!」
これまで、父が私に確認しないで話を受けることは、多々あった。以前の私なら、それに文句を言うこと無く、従っていただろう。内心舌打ちしながらも、表面上は文句を言わずに受け入れていたに違いない。
でも今は違う。
今の私には、無理だ。婚約だなんて話、今の私には無理なのよ!
「アデラ?」
「ありがたい話だと思います! でも申し訳ありません、本当に申し訳ありません! 私には心に思うかたが──!!」
初恋を諦めたのは数日前。
ヘンラオ様と共にありたいと願いながら、けれどそれは駄目だと諦めたばかり。
それでも気持ちはまだ消えることはなかった。
こんな話を持ってこられて、初めて気付く。
ああ、私はこんなにも彼のことを好きだと──愛しているのだと。
出会って過ごした時間は短い。
それでも。
それでも!!
「こんな気持ちのまま、この話をお受けするわけには……」
「アデラ! 何を言って──」
断りの言葉を口にする私に、真っ青になって慌てる父。首を傾げる王に、何を考えているか分からない表情の変わらぬ王太子。
その場が凍り付きそうになったその時だった。
カチャリとノックもなく、扉が開いた。
そして一人の人物が姿を現す。
「遅くなりました。──おや、どうかしたんですか?」
「え──」
入って来た人物を目にして、私は目を見開いた。
どうしてこの人がここに現れるんだろう?
「ヘンラオ様──?」
私は呆然としながら、その人の名を無意識に呼ぶ。
彼は私を見て、ニッコリと微笑むのだった。
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