10、
初恋は一目惚れから始まりました。
という言い方をすると、なんだかとてもロマンチック、乙女な感じがして良い。
初恋は顔で落ちました。
という言い方をすると、何だかとても下衆い感じがするのはなぜだろう。
18年間、色気より食い気、恋よりお仕事で生きてきた私が、まさか一目惚れすることになろうとは。
イケメンって恐ろしい。
とはいえ、これまで会ったことない相手なのだ。おそらくこれからも会うことはないだろう。またどこかのパーティで偶然出会うでもなければ、きっと一生縁のない相手。
そう考えたらちょっとばかし胸が痛んだが、まあそれも仕方ないこと。この痛みもきっといずれは自然治癒することだろう。
そう、思っていたのに。
のに!
「仕事が手に付かない……」
「めんどくさいですねえ。まさかお嬢様が、ここまで恋愛に対してポンコツだったとは……」
「ポンコツ言うな」
地味に傷つくので、やめていただけますか?
それ以上言う気も失せて、私は机に突っ伏すのだった。
正直に言おう。私もまさかここまで重症だとは思っていなかった。すぐに忘れられると思っていたのに……。
「恋って恐ろしい」
「まあ濃い味付けの料理はある意味恐ろしいですよね。体に悪いし下手すりゃ病気になりますから」
「その『こい』違う!」
分かってて言ってるでしょ!?
睨んでも平然としているマイヤに、内心歯噛みする。が、このメイドに勝てないことは十年以上の付き合いで分かっている。何も言えない自分が情けない。
「そんなに悩むなら、とっとと相手を探せばいいじゃないですか」
そこにマイヤが至極真っ当なことを言う。
確かにそれは考えた。嫌と言う程考えた。それなりにツテはあるから、あんな目立つ容姿の人物、きっと簡単に見つかることだろう。
だがしかし。
その勇気がどうしても出ないのだ。
「見つかったとして……もし相手が私のこと忘れてたら、どうするの?」
「うわ、ネガティブ思考ですねえ!」
だってさあ!
もし会いに行って、『どちら様ですか?』とか言われてみ!? もう二度と立ち直れない気がする!!
「だったら諦めますか?」
「う、う~~~~~~ん……」
それもなあ~。そもそもそれが出来るなら、こんなに悩まないのだ。
「ああ! 恋ってめんどくさい!!」
「それが楽しいんじゃないですか」
「何それ! マイヤ、恋愛経験が!?」
「無いとは言ってません」
「マジか!」
「有るとも言ってません」
「どっちやのん!!」
つまるとこはあれだね。
恋愛に疎い二人があーだこーだ言っても、何の進展も成さない。まあそういうことよ……。
はあああ……
深々と溜め息をついても仕方ない。仕事するか。
「はあ、仕事しましょうか……。マイヤ、ベントル村の干ばつについてなんだけど」
「ああそれでしたら近日中に視察を……」
やっとこさ重い腰を上げて仕事に集中しようとした、その時。
玄関が騒がしくなって、お邪魔虫連中の帰宅を知らせるのだった。
そして聞こえる足音は、真っ直ぐこちらに向かってるのが聞いてとれた。
ああ、また邪魔が入る……。
私の予感はきっと的中することだろう。