(5)巷でウワサのラーメン屋
2024年8月10日に投稿した短編の再掲です。
僕は自称グルメ評論家。今まで、あらゆる店の料理を食べてきた。
今日は巷で噂のラーメン屋。
だが、ネットの評価は星二つ。決して評価の高い店ではない。
面白いのは、ほとんどが星一つのレビューばかりだということ。星一つの判断基準は「他の選択肢がなければ来る」。星無しの「もう来ない」よりは上だが、決して褒められた評価ではない。
ただ、星五つのレビューに必ず出てくるのは「幻のチャーシュー麺」。噂によると「殺人級の旨さ」らしい。
数量限定で、店主が肉の仕入れに成功した時にしか出てこない。それが出てきた時の評価とそうでない時の評価が雲泥の差なのだ。
グルメ仲間の噂によると、今日はその幻のチャーシュー麺が出るらしい。
(これは是非とも食べておかないと…)
噂どおりの小汚い店構え。独特の匂いのする店内。
店主は愛想の悪い親父でレシピについて聞いても答えない。メニューもラーメンぐらいしかなく、選べるトッピングも少ない。
客を選ぶ店だとすぐに分かる。決して万人受けはしない。
他にも数人の客が来ていたが、見知った顔もいる。彼らは僕のように情報を聞いて集まったグルメばかりだ。
特に並ぶこともなく、カウンターに座った僕は噂に名高いチャーシュー麺を注文する。
注文が通ったことが分かるように、赤い札がカウンターの前に置かれるが、店主は何も喋らずに黙々とラーメンを作り続けている。
まもなく、ラーメン鉢が目の前に運ばれてきた。僕はじっくりとそのラーメンを俯瞰して見る。
(このために朝を抜いて腹を減らしてきたんだ。)
チャーシューは独特の色をしている。スープの香りは……香味野菜をふんだんに使っているから臭みはほとんどない。
魚介や鶏の出汁ではない。豚だろうか?
まずはスープから味わう。
その深い旨味に衝撃を受ける。目の裏で電気が走り、脳汁が溢れ出す。思わず意識を持っていかれそうになる。
舌の上を流れる旨味、口の中に広がるコク。脳髄を刺激する脂。
そして鼻腔へと抜ける香り。どれをとっても最高だ。
(…もしかすると、あの出汁か。)
スープを飲みたい欲求を我慢して、具材を掻き分けて麺を引出す。と言っても、そんなに具材は多くない。チャーシュー六枚と刻み葱のみ。メンマすら乗っていない。
麺を持ち上げる。
太めの縮れ麺。二十番あたりの太さだろうか。
すする。
麺の硬さは普通だが、歯ごたえがしっかりしていて、スープとよく絡んでいる。
もう一口すする。
麺を噛むと、仄かに小麦の香りが広がり、スープの匂いと一緒になって楽しませてくれる。
食べ応えのある麺が僕の胃袋を掴む。僕の口が、もっと食わせろと腕に命じるかから箸が止まらない。
呼吸を忘れて麺をすすってしまい苦しくなる。しかしその苦しみよりも麺を楽しみたいのだ。
「ぷはぁ。」
僕は何とか理性を取り戻し、一息入れる。
(そうか!)
僕は気付いてしまった。
この麺は、このスープでなければ輝けない。
もっとあっさりしたスープだと、麺に負けてしまい、物足りなさを加速させてしまう。これよりも濃いスープだと、麺が脂まみれになってしまい、しつこくなる。
丁度良い脂加減。
この店主は、あの食材からの出汁の取り方がよく分かっている。まだ若い肉だろう。かなり手に入りにくいはずだ。
逆に言うと、特定の食材でなければ成立しないラーメンだとも言える。だから、仕入れに成功した時しか、星五つがつかないんだと腑に落ちた。
ということは、この幻のチャーシューも……
僕はそんな事を考えつつ、幻のチャーシューを一口。
(やっぱり……)
チャーシューも予想以上の味。柔らかさと弾力を兼ね備えた食感。
一口食べるごとに背徳感が体中を駆け抜ける。
いつまでも口の中で味を楽しみたくなる。チャーシューと一緒に、自分の舌ごと噛み切ってしまいそうだ。
スープと麺とチャーシュー。
このチャーシュー麵に星五つがつけられるのに納得してしまう。
「ごちそうさまでした。」
僕はスープも残さず完食し、満足してお金を支払った。
「殺人級の旨さ」という噂は本当だ。これが巷で噂になるのは当然だと思う。
…しかし、
あの肉は誰でも食べて良い肉じゃない。僕みたいなグルメだけに許された美食なんだ。どうやって店主はあの肉と、あの味を手に入れたのか。…悪魔と契約でもしたとしか考えられない?
僕は店を出ると、すぐに警察と保健所に通報した。
翌日のニュースで、あのラーメン屋が取り上げられていた。
「人肉を使用したラーメンを提供したラーメン屋の店主が逮捕されました。被害者は若い女性で、警察は行方不明となっている女性とみて捜査を進めています。」
僕は、もう噂のチャーシュー麵が食べられないことを残念に思ったが、後悔はしていない。
ニュースキャスターは淡々と原稿を読んでいく。
「警察によりますと、客から『以前食べたことのある味だ』との通報があり……」