(4)猫の集会のうわさ
2024年8月8日に投稿した短編の再掲です。
猫の集会は、うわさ話の宝庫だ。
「あの三毛猫が子どもを産んだらしい。」
「最近見ないと思ったらそういうことね。」
「向こうの家の人は、野良猫にも餌をくれるらしい。」
「その家の子には気をつけた方が良いわよ。石を投げられた猫がいるんですって。」
「橋の下にいた黒猫は誰かに拾われて、今では立派なデブ猫になったらしい。」
こんなふうに、猫たちは日常で仕入れたうわさ話を集会で交換していく。
ボクは、白猫から変なうわさを聞いた。
「猫にとって天国みたいな所があるらしい。」
「どこに?」
「それが分かってたら、こんな話せずにその天国に行っている。」
「そりゃそうだ。」
猫のうわさとはそんなものだ。誰かから聞いた話ばかりで、自分で体験した話はほとんどない。しかし、猫は嘘をつかない。間違いはするけれど。
年長のどら猫が話に入ってきた。
「猫の天国か。ワシも聞いたことがある。沢山の猫たちが幸せに暮らしている家があるってな。」
ボクは興味を持った。
もともと家猫だったボクは、引っ越しの時に捨てられた。
家で飼われる生活に戻りたかった。
ボクは「猫の天国」のうわさを集めた。
いくつかの猫の集会をハシゴすれば、多くのうわさが聞ける。
うわさには推測や勘違いが紛れ込んでいるけど、その中から正しいうわさを探していく。
「天国にはカリカリが沢山あって、いつでも食べ放題らしい。」
「家の中でどれだけ爪研ぎしても怒られないそうだ。」
「お婆さんが遊んでくれるらしい。きっと優しい人だ。」
「猫だらけの家の話なら、三角公園の集会で聞いたことがある。」
「隣町の猫が、天国にいた猫に会ったことがあると聞いたな。」
「天国かは知らないけれど、沢山の猫がいる家なら、この通りにある。」
ボクはその家に向かった。
古いけど大きな家。猫の匂いがいっぱいする。
間違いない、ここだ。
窓から家の中を覗いてみた。
中に居たのは、沢山の汚い猫たち。弱々しく鳴いている。野良のボクの方が太っているくらいだ。
他にも毛が全部抜けたのや、全然動かないのもいる。
ボクは身の毛がよだった。
天国? これはまるで地獄じゃないか。
いや。ここは猫が死ぬ場所という意味での「天国」なんだ。
猫のうわさは、やっぱり猫のうわさだ。伝聞や推測ばっかりで真実は少ない。
一匹と目があった。見開いた真っ赤な目。
助けを求める目。
「あら、可愛い猫ちゃん。」
いつの間にか後ろに立っていたお婆さんが、ボクを見つけて手を伸ばしてきた。
ヤバい。
ボクは咄嗟に身を躱すと逃げ出した。
お婆さんは足を引きずっていて、追ってはこなかった。
「猫の天国は見つかったのかよ。」
数日後の集会で、白猫に聞かれた。
その瞬間、脳裏にあの真っ赤な目が蘇り、毛が逆立つ。
もしあの時、お婆さんに捕まっていたら?
ボクは今頃、天国に居たかもしれない。
天国を見てきたなんて言うと、いろんな猫から聞かれるのは間違いない。聞かれるたびにあの目を思い出すことになる。
だから、あるんだとは答えたくない。かと言って、嘘はつけない。
ボクはやっと答えを絞り出した。
「猫の天国は本当にあるらしいよ。」
こうして猫の集会のうわさは、不確かなまま広がっていく。
もしかしたら、ボクみたいな好奇心を持った猫がまたいつか…
いや、考えないようにしよう。