みそっかす王女と氷の公爵☆恋のかくれんぼ実況中
最近まとめて文字を書いていないので、リハビリ作です。
参ったー、これは抜け出すのが難しいなあ。
はあっとため息をついた私は、庭園の植木の茂みの陰になんとか体を隠しているところでございます。
少し離れたところには、別れ話(?)をもつれさせ始めた男女が、尻上がりに険悪な雰囲気を漂わせながら向かい合っていました。やだ、二人の間の冷気がここまで来るみたいな、さむっ。
神様、お願いです!
このまま、なんとかあの男女とは関わらずにやり過ごしたい。
だいたい、ここにいることがバレること自体望ましくないのです、わたし。本当なら、今夜は体調を崩し夜会には出られずお部屋で伏せっていると言う設定なのに。
けれど、そういうささやかな望みほど、神の手の平から零れてしまうようで。女性に詰め寄られた男性が、ふと目をそらした拍子に私の隠れる茂みに目をよこしました。
おっと、こちらに気づいた!?
夜目に目立たぬように暗色のお仕着せを選んだのですが、ホワイトブリムがまずかったか。手伝ってくれた侍女のメリムの手際が良すぎるんだ、ああ、彼女の有能さが憎い!
などと一瞬で理不尽な憎しみに駆られているうちに、男性はすでに女性に向き直っていました。ホッ。
おや、何だか男性の雰囲気が変わりましたよ?先程までの逃げ腰な感じから、一転して姿勢も良く突き放すように女性に何かを告げています。
おやおや、女性も態度が変わりました。先程までの泣いてすがるような雰囲気から、冷めた表情で男性に答えています。さっきまでさめざめとした涙で濡れていたはずの瞳は、今は半眼になり眉間には深いしわ。上目づかいと言えば聞こえが良いが、とても淑女がして良い表情ではありませんね、あれ。
おっと、男性が一歩後ろへ下がりました。別れ話(?)の決着がついたようです。すると突然女性が髪を乱して大声を上げようとするではありませんか。
すかさず男性が私のいる茂みを指さします。ハッと振り向く女性。一瞬だけ顔をゆがめて悔しげな表情を作ると、チッと舌打ちが聞こえました。え、舌打ち?淑女どこ行った?
一度男性をにらみつけ、私のいる方をにらみつけ、乱した髪をササッと整えると、ぶわんっとドレスの裾を翻し、夜会会場へ向かう小道へと姿を消しました。
こ、怖かったぁ。お姉様たちがこっそり貸してくれる恋愛小説に載っていた「修羅場」っていうやつでしょうか。リアル修羅場、こわっ!
は、でもとにかく『リアル修羅場』は無事に解散でーす、はい散った散ったー!
……男性、散ってくれません。そ、それどころかこちらに向かって歩いてくるではありませんか?し、茂みよ、広がれ!私を隠すんだ!
「……ミースン王女、ごきげんよう」
全然隠れていない!しかも正体がバレている!
しかたなくのそのそと茂みから立ち上がります。お膝の汚れもちゃんとパタパタしましたよ。せっかく用意してくれた可愛いお仕着せを汚したら、あとでメリムに怒られちゃいますからね。
「ご、ごきげんよう」
あらためて男性に挨拶するものの、この方はどこのどなた?わかりません。日頃の社交逃れのツケがこんなところで自分自身を追い詰めるのですよ。あれ、なんだろう?メリムの小言の空耳が。
今や夜の庭園は、向こうがこちらをわかっているのにこちらはサッパリという、非情に苦しい社交の場と化しています。
焦る心をひた隠し、あらためて男性をじっくりと検分すれば、とてつもなく整ったお顔立ち。サラッとした銀の髪に冬の湖のように澄んだ水色の瞳。細身ながら頼りない感じはみじんも無く、姿勢の美しさから気品と自信がうかがえます。
やだ、まるで氷の彫刻で作られた男神のような、そんな高位貴族の噂聞いたことが――――
「……氷のエーリズ公爵」
「ええ。王女に呼ばれるなら、その二つ名も許しましょう」
はっ!俗称つけて呼んじゃった!
失礼ですよ!あれほど言ったのに!まったくこれだから!などとメリムの怒る顔が脳裏に浮かびます。
けれど、当の公爵様は優しく微笑んでいらっしゃる。まるで氷が溶けて春になったかのよう。ほわ~ん。
たしか、氷の公爵様ことエーリズ公爵は、国内の5大公爵家の中でも特に魔力に優れた家の若き当主です。先代の公爵様が次代の有能さに早々に隠居を決め込まれて、4年前に家を継がれました。
確か、珍しい4属性『水・土・風・火』の魔法の使い手で、特に水に関しては水蒸気から分厚い氷にまで自在に変化させることが出来るため、氷の公爵と呼ばれるようになったとか……
いや、多分この冷たく整ったご尊顔からですよね?そうだ、そうに違いない、今は春のように温かだけど。
ついついぽーっとしていたせいか、公爵様が何やらいつの間にか私の手を取り語られていた内容を聞き逃しました。
「というわけで、先ほどはありがとうございました。王女がいなければおかしな噂を立てられ、苦しい立場に追いやられていたでしょう」
「あ、はい」
「本当に助かりました。何かお礼をさせていただきたいものです」
「あ、はい」
「まずは、先ほどの件を内々に片付け、それからきちんと手順を踏んで、またお目にかかりたいのですが」
「あ、はい」
「良かった」
「あ、はい」
淡い庭園の灯りの下で、麗しい姿に麗しい声、至近距離で顔をのぞき込まれながら、請うように話しかけられれば、私の口から零れるのは短く是という返事ばかり。だって仕方ないですよ、こんなステキな夜のお散歩したことないし。
私の呆けた返事にもイヤな顔一つせず、エーリズ様がホッとしたように柔らかく微笑まれます。
氷の公爵なんて、ウソじゃ無いですか?私たちの周り、春の穏やかな陽光のような風が吹いてますよ、さっきから。
「さあ、ここからならば戻れますね?」
気付けばいつの間にか庭園を抜けて、私の部屋のある棟の入り口まで着いていました。
氷の公爵に手を取られ、お仕着せで現われた私に、番兵が目を丸くしています。
おっと、中からメリムが飛びだしてきました。元々の目的が達成できず、今夜の首尾は下の下でありながら、私的には上々。一瞬でそんな私の胸の内を読んだ優秀な侍女は、まるで初めから予定されていた出来事のようにエリーズ様に礼を取ります。
「ミースン様をお連れいただきありがとうございます」
深々とお辞儀をしながらも横目で私に「要報告!」と視線を飛ばしてきます。
「あ、ありがとうございました」
ようやく私も「あ、はい」以外の言葉が出てくるようになりました。
今夜の私は、お姉様の婚約者候補の一人、隣国の王子の為人を確かめるため変装して夜会に忍び込む手はずでした。
忍び込む前に庭園で険悪な雰囲気の男女に遭遇し、期せずしてリアル修羅場を解散させ、氷の公爵様に手を取られ、今に至る。
どうしよう、メリムに「このドジっ子!だから無茶すんなって言ったのに!」などと罵られる未来しか見えない。有能な侍女は容赦ない幼馴染みでもありました。
「では、ミースン王女、また」
メリムにこってりしぼられる空想に浸っている間に、麗しの公爵様が私の手を取り、チュッと口づけて去って行かれました。
え、今の何?気絶して良い?
読んでくださってありがとうございます!
この後、お姉様方や侍女の厳しい適正検査をクリアして、氷の公爵様が春のようなうららかな微笑みでミースン王女をがっちり捕まえるまで、あと数ヶ月……