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そしてその年の夏、姑さんにこの池を田んぼにしようという提案を出され、私たちは久里浜まで行っていやがる農家の方からしぶしぶ稲の苗を分けてもらい、その日の朝早くから私と翔太とで田植えをはじめました。お昼前には翔太はすっかりばててしまい、私もへとへとになりながら田植えの労働を続けました。
お昼にはめずらしく、おおきなお米のおにぎりが出ました。とても貴重なものなので、私と翔太はそれを味わって食べます。田植えは一日では終わらず、翌日も続きそうでした。
家に帰ると、姑さんに私たちは怒られました。なぜきょう一日で田植えを済ませられないのか、早く米の飯が食いたいのに、と。翔太は立腹しました。姑さんはあわてて翔太の機嫌を取り、明日仕事をするのは私だけでいいといいました。翔太はそれにも非常に立腹しましたが、私がそれを受け入れたので、翔太もそれ以上は何も言いませんでした。
「姉さん、こんな家出よう」私たちが寝るとき翔太が言いました。「あの鬼婆め。一人で田植えでも何でもしてりゃいいんだ」
「そんなこと言っちゃだめよ。私たちの家族なんだから」
「いうよ」
「早く寝なさい。とても悪い予感がするの。……誰かに翔太が連れ去られてしまうんじゃないか」
「僕はどこにも行かないよ。姉さん、おやすみ」
「おやすみなさい」
翌日は日照りでした。カンカン照りの太陽が私を照らしました。私は汗みずくになりながら、稲の苗を植え、布巾で汗を拭き、水筒の水を飲みました。太陽は酷でした。私は太陽の子です、そうです、しかし太陽は残酷にも私から体力を奪っていきます。
昼頃、姑さんが来て私に言いました。「日没までに間に合わなかったら、翔太を殺すよ」と。太陽の熱で私がおかしくなったのでなければ、姑は確かに私にそう言いました。私は耳を疑いました。殺す? そして姑はそれが出来る人間だと思いました。姑はやろうと思え翔太を殺せるのです。
熱で疲弊した私の頭はそう結論付けました。私は急ぎました。体力の続く限り、稲の苗を植えました。太陽は後半刻もすれば沈むでしょう。苗を植えていない面積は城が一つ立つほどありました。どうすればいいのでしょうか。このことを姑はどう思っているのでしょうか。姑はこの場に姿を見せませんでした。
神さま! 天照大御神さま!
私は祈ったのです。心を込めて、それがばかげていることだと知りながら、太陽をもう一度昇らせてくれと、神に仏に祈ったのです。辺りがしんと静まり返り、私はついに覚悟しました。もうだめだ、と。
そのとき太陽の動きがまるでさかさまになったかのように逆に回り出したのです。日はついに二度上り、私はしばらくポカーンとしていましたが、思い出したように仕事にとりかかりました。そして、ついに私は田植えを済ませることが出来ました。
姑がそこに立っていました。「なんだいそんなに汗を流して、翔太がわたしに殺されるとでも思ったのかい? バカおいいよ」
案著したと同時に、私ははじめて人を憎いと思いました。そのとき、私たちのいた大地が崩れました。「何だい?」姑がそう言う間もなく、地面の裂け目に飲み込まれました。辺りは泥で真っ黒になり、私は足元がすっかりぬかるんだ地面にはまってしまって身動きが取れなくなっているのを知りました。
泥の大津波が起こり、私の体を攫って行きました。沼に飲み込まれた私の体は泥に分解されてばらばらになっていきます。そして重さを失い、やがてはこの世界のあらゆるものと同じように、消えてなくなるでしょう。
*
この泥に埋もれた少女を偲んで、やがてこの沼は小松が池と名付けられたそうな。
(三浦半島に伝わる伝説より)