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 さて、そのべっこう藩の武士たちですが、いざ鎌倉などといって、ある日こつ然と家を出て行ってしまいました。おそらく大仏を見にでも行ったのでしょう。あれほど先生先生と言っていたのにのんきな人たちです。


 姑には一人弟がいます。私はそのおじと一度会ったことがあるのですが、ずいぶんな巨漢で、今では江戸の方で、すもうの興行(こうぎょう)というのに出させてもらっているそうなのです。


 すもうは子供のころに一度だけ、海南神社(かいなんじんじゃ)の境内で見たことがありますが、なかなか迫力があっていいものです。大きい男同士がぶつかり合うさまはやはり何とも言えませんが、大男をそれよりも背の低い男が、技を使って投げ飛ばすさまの方が私は好きです。ただの力よりも技がある方が私は好きです。それに力士(りきし)のなかにはなかなかの色男がいるのです。けれど、今年で十三にしかならない私が色男などという言葉を使ったら、それこそ物笑いの種になるかもしれません。


 その年の八月に力士のおじさんは帰ってきました。おじさん((げん)という名前でしたが、いまでは(げん)()衛門(えもん)という名前に改名(かいめい)していました)は地方の政治状況など話して、姑さんを退屈がらせ、極めつけにショウイン先生の名前を取り上げました。この先生の名前を聞いて姑さんの目の色が一変します。「オヤそんなにすごいお人だったのかえ」姑さんは興味をもって源左衛門おじさんの話しに聞き入りますが、聞いていくにつれだんだんと目の色がけわしくなっていきました。つい私が、


 「そのひと知ってるよ。その人のお知り合いがたくさん泊ったんだ」といいますと、

 

 「オウ本当かい」源左衛門おじさんが言います。


 「馬鹿言うんでないよ。この子は本当に馬鹿だよ。義姉さんは馬鹿な子を産んだよ」


 私は気まずくなって、二人に茶を出すと奥の部屋に隠れてしまいました。先ほどまでいた部屋の中から「なんだいこの茶は。出がらしじゃないか」と、声が漏れ聞こえてきました。


 その頃はまだ三浦にも森が残っているころだと書きました。おそらく未来の三浦でも森は残っているのでしょうが、当時は更にもっとあったのです。


 森の中には自然の恵みの数々の木のみ、ビワやグミやアケビなど。そしてじねんじょがありました。粟飯にかけて食べるじねんじょは非常においしいものです。私も大好きですが、これが白いご飯であったらいいのになと時々思います。


 弟に庭先の池で魚釣りをやらせ、私は源左衛門おじさんにたのんで一緒に森にじねんじょを掘りに出向こうとおもいました。といっても見つけるのが私で、掘るのはおじさんの仕事です。


 するとお姑さんに大声で怒鳴られて説教されました。曰く「嫁入り前の娘が男と二人きりで森に入るなんてどういう了見(りょうけん)だい。男は皆けだものだよ」云々(うんぬん)。とにかく長い説教で、その矛先(ほこさき)は源左衛門叔父さんにも向きます。


 「この子に何かする気だったんだろ、エ。このろくでなしが。とっとと江戸にけえんな」

 

 私は、これは少し理不尽ではないかと思いましたし、そのことを口に出してみたのですが、一言目で頬を張られていました。手加減のないぶち方です。気づくと私はその場で声をあげて、大声で泣いていました。やがて釣りから帰ってきた翔太が私を見つけて、なんで姉ちゃん泣いてるのと尋ねました。「悲しいからだよ」私は答えました。


 「姉ちゃんは泣くのに合わないよ。お日様の子どもなんだから」

 

 私が生まれたのは元日の初日の出の時で、村の人たちは三浦(みうら)海岸(かいがん)に出てしまっていて、その場には居あわせませんでしたが、私たちの両親はこのことをとても(うれ)しがったと聞きます。


 私は泣くのをやめました。そうです。太陽は何度でも昇るのです。願いさえすれば、一日に二度だって太陽は昇るのです。ええ。そうに違いありません。奇跡を起こす力を私たちは持っているのです。私はそう思います。


 そして海南神社の境内(けいだい)で行われたすもうの興行(こうぎょう)で、私は「奇跡(きせき)」を見たのです。相手はヒグマのような大男で、源おじより頭二つ分は背が高く、体の節々がりゅうりゅうと盛り上がっている大巨漢でした。彼に比べると源おじはいく分貧相な体格に見えました。けっして源叔父が小柄な体形をしているわけではないのです。ただ比べる相手が大きすぎるのです。


 行事(ぎょうじ)の一声で、とっくみ合いが始まりました。二人ががっぷり四つに組み合い、観衆は興奮の声を荒げます。すもうの勝敗に賭けをしているものも多く、源おじは大穴でした。源おじが勝てば大損(おおぞん)する人間と(おお)(もう)けする人間がいて、後者の人間は一人か二人でした。


 張り手が源おじの顔を直撃(ちょくげき)し、叔父が土俵(どひょう)(ぎわ)まで退()がります。そこで源おじは相手の回しを取りました。おじが回しを取って相手の(もり)(さと)を持ち上げ、浮いたところに足をかけました。相手の体が横に揺らぎます、そしてそのまま、なだれ込むように二人は土俵を転げ落ちていきました。行事が軍配を上げます。


 勝ったのは、源叔父でした。


 しかし、これから最後の取り組みが待っていました。観衆の声に押されて、源おじが前に進むとさらに大柄な相手がそこにいます。しかも今度は技も多彩な相手です。行事が軍配を下ろし、にらみ合いの時間が過ぎます。それは永遠とも思える時間でした。長いにらみ合いの後、行事が「のこった!」と言いました。そして組み合います。おじは相手の攻撃をするりとよけ、難なくかわすと、それを後ろから押し出しました――。


 叔父のすもうをここだけ切り取るとどうもできすぎた話のように聞こえますが、おじは弱い力士です。幕内というものでした。大関(おおぜき)横綱(よこづな)には手が届きません。私が本当におじは奇跡(きせき)を起こせる人だと思ったのは、それから一週間もしないうちに手紙でおじが、(なつ)場所(ばしょ)で優勝を飾ったと書いてきたからでした。


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