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本作は今回の新潮新人賞に応募し、落選した作品です。(ルビは応募時そのままです。)


 私は小松(こまつ)という娘です。


 三浦の初声(はっせい)にある池のふもとに姉と弟、そして姉の旦那さんとお姑さんと一緒にくらしています。姉が旦那さんにとつぐことになって、家族は大よろこびでしたが、しばらくして両親がはやり(やまい)で死んで、仕方なく私と弟が旦那さんとお姑さんの家に住まわせてもらうことになりました。お(しゅうとめ)さんは私が嫌いなようで、私のことをよくばかだと口をきわめて言います。自分ではそんなにばかではないと思うのですが、私はたびたび失敗をするので、そう思われるのも仕方ないのかもしれません。


 同じ村のほとんどの人間は、海辺の方に住んでいて、三浦海岸沿いにのきを並べて漁師(りょうし)をしています。私がいたその頃はまだこの辺りも山が多い頃だったので、三浦で農業をするのも手間でした。まずは森や林を切り開かねばなりませんが、父は先日死んでしまったばかりだし、兄はどうも頼りになりません。兄は力仕事をするとすぐに息を切らしてしまうのです。ですから私たちはこの時期は花など作り、時間を見つけては浦賀(うらが)衣笠(きぬがさ)の方へ売りに行くのです。それほどもうけにはならない商売ですが、「はたらかざるもの食うべからず」とも言いますしね。


 久里浜の方に「黒船(くろふね)」がやって来たという話がそんな折、私の耳にも入り、黒船が浦賀の(みなと)にはいったと聞きました。この辺りでは浦賀はかなり大きな町です。何せ奉行所(ぶぎょうしょ)がありますから。黒船にいる異人(いじん)というひとたちを私は見たことはありませんが、私はそれほど実は心配していないのです。つまるところ、異人の方々も人間なのだろうと。


 ですが世の中はそう思っていない人々が大半らしく、お上をなげく声が(ちまた)にはあふれています。黒船を見に行ったのは半年ほど前のことでした。


 農作業を朝に終え、姑さんの目を見計(みはか)らって、私は家を出、小高いおかの上から久里浜(くりはま)の方を見たのです。その丘の上からはこの三浦いちめんを見晴(みは)らすことができます。海の上に浮かんでいる黒船が私の目に留まりました。ですがそこでおしまいです。私はこのままでは叱られると思い、姑さんの家に戻り、また洗濯の続きを始めました。当時は私のような娘っ子に、なんの自由も与えられていない世の中でした。私もそれに逆らうことができませんでした。


 洗濯物は板をつかって洗います。洗濯機(せんたくき)などもちろんありません。ここは水だけは豊富でしたから、水をたっぷり使って、(よご)れが落ちるまで板に着物を何度もこすり合わせます。そうした毎日を何度も送っていました。私は、正直なところ、あの黒船が自分をどこか遠い所へ連れて行ってくれるのではと期待していたのです。それは異国かもしれません。どこだってかまいません。ここでなければいいのです。


 ですがそんな日はやってきません。


 私と違って弟には学問の才能(さいのう)がありました。たぶん男の子だから親が期待(きたい)をよせてくれたのでしょう。それに弟の翔太(しょうた)は見るからにかしこそうな顔をしています、姑さんからの評判もすこぶる良く。私とは大違いです。兄の利一(りいち)は、弟にいい教育を受けさせてやりたいと思っていたようです。これはこの時代にあっては、なかなか珍しい心がけでした。親の大半は子供に教育など受けさせずに、自分の家業を継がせたいと思う時代でしたから。


 姉の(かな)は普段村のみんなから「おかな」と呼ばれています。これは私の亡くなった両親が浦賀の叶神社(かのうじんじゃ)にお参りに出向いたときに「子供が欲しい」と神さまに「(がん)」をかけてできた子どもだからだそうです。とても落ち着いていて、「よらば大樹(たいじゅ)のかげ」といった感じのできた姉さんですが、少し(たよ)りないのが悩みです。


 弟がかぞえ年で八つ、私が十三、姉が今年で十六の(とし)のことでした。今は三月です。


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