春を告げる黄金 八話
「バンス……」
拘束の魔道具で全身をぐるぐる巻きに拘束されているのは、フィランス侯爵の息子で、イジスの同僚で友人の……バンスロット・プライディア子爵だった。
イジスは、拘束されているバンスを見て驚きつつも……納得していた。
イジスは、ラリアとの会話を回想した。
◆◆◆◆◆
今から三日前、ラリアの回復に一家は大喜びし、帰ろうとするイジスを引き留め、飲めや歌えやの宴だ。ラリアの家族はうわばみばかりだ。
宴は朝まで続いたようだが、イジスは一杯目の途中で寝落ちた。無理もない。最上級治癒魔法を使ったことと気疲れで疲労困憊だったのだ。
そのまま寝て起きたのは翌々日、つまり昨日の昼過ぎだった。帰ろうとしたが引き留められ、たっぷりの食事と称賛でもてなされる。
イジスは幼い頃から身内同然の者たちに讃えられ、照れ臭くて仕方なかった。そんなイジスの杯に、ラリアの父親は赤葡萄酒を豪快に注ぐ。かなり高価な味にまた恐縮するが、ラリアの父親はささやかな感謝の気持ちだと笑う。
『イジス、本当にありがとうな。俺ぁ生きた心地がしなかったよ。この恩は、俺が生きている限り忘れねえからな』
『大袈裟だよおじさん。それに、俺だけの力じゃないよ』
『うんうん。わかってるぜ。イジスは凄いやつだ』
会話にならない会話をしていると、エリスからラリアが呼んでると告げられた。
昨日、起き抜けの時はぼんやりしていたラリアだったが、すぐに意識がはっきりした。
まだ本調子ではないのでベッドからは出られないが、医者から後遺症も無しとのお墨付きを得ているのをいいことに、朝から仕事の状況確認と指示を飛ばしていたという。周りも止めたが、止まらなかったようだ。
イジスが部屋を訪れた時も、部下と何やら書類を見ながらやり取りしていた。ラリアはクッションを支えに半身を起こし、真剣に話していた。イジスの顔を見た瞬間、砕けた笑みを浮かべた。
『大体終わったね。みんな戻っていいよ。イジス、来てくれてありがとう』
こうして、また二人きりになった。ベッドの脇に置いてある椅子に座る。
『本当に助かった!今回かかった費用は全部アタシが払う!それとは別に謝礼も出すから受け取って!』
『いや、俺が勝手にやったことだからいいよ』
ラリアはムッとした顔になった。
『イジスはそういう所が駄目!アタシが一文無しなら別だけど、施される謂れはないから!幼馴染だろうと、親友だろうと、恋人だろうと、家族だろうと、金のことはきちんとする!貸し借り作らない!わかった?』
『わ、わかった』
『よろしい』
ラリアは太陽のように笑った。
『資金の心配はいらないよ。カルムルディ侯爵様が気にかけてくれてね。予定よりも高額の依頼達成料をくれたばかりか、見舞金までくれたんだ』
『カルムルディ侯爵?それが今回の買付けの依頼主か?』
『そう。内密の依頼だったけど、イジスは今回の関係者だから教えるよ。あっ!昨日のうちに、カルムルディ侯爵様にアタシが回復したことを知らせたらしいけど、イジスの名前は出してないから安心して!』
『いや、それはいいんだ。けど……』
イジスは記憶を探る。
(確か、カルムルディ侯爵はフィランス侯爵の弟。バンスの叔父にあたる人だったはずだ)
だからバンスは、ラリアの身に起きた悲劇を知っていたのか。と、納得しつつ何か引っかかった。高位貴族同士は数が限られる。親戚同士であることが少なくないのでおかしくはないが……。
(いや、何故バンスに話した?ラリアと知り合いだと知っていたとしても不自然だ。時期はずれの仕入れをさせたあげく、死なせかけたのだから普通は隠すはずだ。それに)
『カルムルディ侯爵は、なぜ三月までに砂糖菫青酒が必要だったんだ?』
カルムルディ侯爵は、国王軍にて要職についていた。まだ四十代半ばだが、数年前に怪我の後遺症を理由に勇退している。あまり社交的ではない印象だった。
『詳しい話は知らないけど、宴に必要だったらしいよ。カルムルディ侯爵様の手元には無かったから、アタシに頼ったって訳さ。身内からアタシの有能さを聞いてたらしいね。誰か知らないけど、なかなか見る目があるじゃないか』
『そうか……』
その身内とは、恐らくバンスだろう。おかしな話ではない。が、やはり何か引っかかる。友を疑いたくはないが、イジスは調べようと思った。
その翌日の呼び出しだったのだ。
◆◆◆◆◆
イジスは回想を終え、グラディスの言葉を待つ。バンスが何かやらかしたのはわかるが、それ以上のことはわからない。自分が抱いた疑いとは無関係かもしれない。そうであって欲しいと、強く願った。
グラディスはにっこりと笑って説明しだした。
「昨日のことだ。フィランス侯爵家から【慈悲の杖】が盗まれたのが発覚した」
予想外の話に思考が停止した。イジスの当惑をよそにグラディスは続ける様子だったが、フィランス侯爵がさえぎる。相変わらず無表情だ。声にも感情は表れていない。
「グラディス王女殿下、お言葉を遮る無礼をお詫び申し上げます。発言の許可を頂きたく存じます」
「構わない。この場にいる者は、罪人以外は自由に発言せよ。堅苦しい礼儀も不要だ」
「寛大な御心に感謝します。発覚の経緯は私がお話します。……当家の醜聞ですので」
フィランス侯爵は、隣にいるバンスを見た。たった一瞬だけだったが、その目は氷より冷たく刃より鋭かった。
フィランス侯爵の話はこうだ。昨日の朝、フィランス侯爵家にバンスが訪問した。先触れは無かったが、家を出て寄子となったとはいえ実の息子だ。訪問を受けた。応接室にて二人きりとなり、バンスは思い詰めた様子でフィランス侯爵に聞いた。【慈悲の杖】は無事かと。
「ただ事ではない様子でしたので、すぐに宝物庫を確認しました。結果、【慈悲の杖】が盗まれていることがわかったのです」
宝物庫の扉は魔法らしき力で破られていた。フィランス侯爵は驚き、なぜバンスが知っているのかと聞いた。バンスはここでイジスの名を出した。
「エフォート男爵の親しい女性が雪影女王の被害に遭われたこと、当家に【慈悲の杖】の貸し出しを嘆願することをすすめたが断られたこと、女性は無事に回復したことを話されました。
『宮廷から支給される魔道具か、【慈悲の杖】でもなければ最上級治癒魔法は使えないはず。友人を疑いたくありませんが、彼は思い詰めていました。それに、彼ならば宝物庫を破るだけの技量があります。全ては、彼に【慈悲の杖】のことを話した自分の責任です』などと言っていました」
フィランス侯爵は、バンスの話を鵜呑みにせずに疑った。宮廷政治で散々揉まれた経験が囁いたのだ。息子は何か隠しているし、演技をしている。
が、あえて泳がせた。下手に追求し、かつて王に下賜された家宝を壊されては敵わない。あえて、今後については任せると告げた。
「これは、まずはグラディス王女殿下に報告すると言い、当家を辞しました」
「ここからは私が話すよ。プライディアは盗難発覚の経緯と君の素行を報告した。君が休暇をとったのはラリアちゃんを救うためだということとか、君とラリアちゃんとの関係だとか、どれだけ君が思い詰めていたかとか、下町のあやしい店や賤しい冒険者と接触してることとかね。
最後に、君の家を捜査すべきだと進言した。私が何も知らないと思ってたんだろうね。あまりにも滑稽で笑ってしまったよ」
グラディスはにこやかに嘲り、バンスを見下した。
「私はエフォートから、ラリアちゃんの身に起きた悲劇を聞いていた。独自の伝手で魔道具を手に入れるつもりだという事もね。私は快く休暇を許可し、好きにするよう言った。必要なら監視をつけるよう言われたが、断った。君たちを任務以外で縛るのは本意ではないからね」
その通りだ。イジスは頷いた。
「まあ、別口から助言があったから、家の監視はしてたんだ」
「別口の助言?」
思わず疑問が口をついたが、グラディスはにっこり笑った。
この笑顔は「話さないよ。流しなさい」という意味だ。イジスは大人しく口を閉じた。
「二日前の深夜。監視たちが、エフォートの家に侵入しようとした男を捕まえた。男は【慈悲の杖】を持っていた。【慈悲の杖】を、エフォートの家の中に入れるようプライディアから命じられたと吐いた。男には命令をやり遂げたと報告させたよ。
さて、プライディアの狙いはなんなのか。どうすれば丸く収まるかなと考えていた所に、プライディアがのこのこと報告に来たという訳さ」
グラディスはバンスを拘束した上で尋問し、フィランス侯爵とカルムルディ侯爵を呼び出し事実確認を取った。二人の了承を得た上で、最後にイジスを呼び出したのだった。
「私がここに居る理由を話そう。エフォート卿も疑問に思っているだろうからな」
カルムルディ侯爵はイジスの顔を見て言った。声は固く厳しい顔つきだが、目には申し訳なさそうな色がある。もと軍人らしい無骨さがあるが、どことなく人の良さがうかがえた。
数日前、カルムルディ侯爵は大規模な宴を開いた。孫娘が無事に三歳になったことを祝う宴だ。赤子は死にやすい。フリジア王国では、子供が三歳まで育って初めて誕生と成長を祝う。貴族ともなれば、親しい者たち以外も招く大規模なものとなり、この宴がきっかけで子供に縁談が来ることも多い。
カルムルディ侯爵も、孫娘の縁談の布石になるようにと気合いを入れた。中でもカルムルディ侯爵たちが注目していたのは、王弟の一人であるサイラス公爵だった。孫娘と歳の近い男子が三人いる上に、人格者であり領地運営に関しても手堅い。身分については言うまでもない。
なんとか孫娘、引いては自家を気に入ってもらおうと、宴にはさりげなくサイラス公爵の好みを取り入れた。その好みの一つが砂糖菫青酒の用意だ。
「王都中の砂糖菫青酒を買い占めたが、数が明らかに足りない。どうしたものかとバンスロットにたずねた所、リュトン商会のラリア殿をすすめられた」
(バンスに家の事情を話すほど親しい仲だったのか)
顔に出ていたのか、カルムルディ侯爵は頷いた。
「もともと、サイラス公爵の好みを教えてくれたのがバンスだ。社交に明るく情報通なので重宝していた。なにより、魔法局での実績がある。……私はお前を信頼していたよ。バンス。まさか下らない嫌がらせのために利用されるとは思わなかった」
カルムルディ侯爵は、怒りと悲しみに満ちた眼差しをバンスに向けた。グラディスが後をつづける。
「プライディア曰く、カルムルディ侯爵から伝手を聞かれた時に思いついたそうだ。難題をふっかけてラリア君を困らせてやろう。いくら大商人を気取っていても非力な女だ。きっと断る。激情家の叔父は怒るだろうし、リュトン商会の悪評も流してやれる。とね」
カルムルディ侯爵は吐き捨てた。
「愚か者が。無理難題なのは理解していた。断られたとて誰が怒るか。ましてやラリア殿を見くびりすぎだ。
バンスが私を利用したことは腹立たしいが、気骨ある商人と縁ができたことは感謝している」
ラリアの評価が高い。こんな状況だが嬉しくて顔がゆるんだ。カルムルディ侯爵に気づかれたらしく、微笑ましげな眼差しを向けられる。
「予想が外れたプライディアは、次の手を打った。ラリアちゃんに同行した冒険者の一人を買収したんだ。怪我でも病気でもいい、ラリア君を傷つけて仕入れを失敗させろってね。そして、買収された冒険者は見回りの手を抜き予想以上の悲劇が起きた。ラリアちゃんは仮死状態になる」
「……何故、そんな事を……?」
閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。
二章完結まで毎日更新予定です。時間はまちまちだと思います。
三章連載再開しました。また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。