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春を告げる黄金 七話

 静寂の森から王都に戻り、ラリアの家に着く頃には昼過ぎになっていた。


「間が空いてごめん。ラリアに治癒魔法をかけさせて欲しい」


「ごめんなんて言わないで!私たちみんなイジス兄さんに感謝してるんだから!」


 対応してくれたのはエリス。ラリアの歳の離れた妹だ。他の家族は仕事中でいないらしい。快く部屋に通してくれる。予想していたが、冷気に身がすくむ。

 ベッドで眠るラリア。最後に見た時と同じだった。


「ラリア……」


 傷はないが、あまりに痛々しい。

 あの、魅力的な明るい笑顔はどこにもない。光の加減で赤にも見える茶髪にも、健康的な肌にも薄らと霜が降りている。顔色はどこまでも青白く、生き生きとした茶色い眼差しは凍えた瞼の下。


「エリスちゃん、悪いけどしばらく二人きりにしてもらえるかな?」


「うん。わかった」


 目を潤ませて頷いてくれた。姉ほどではないにしても、気丈な彼女が憔悴している様は痛々しい。


(もう大丈夫だと言ってやりたいが、先に最上級治癒魔法をかけてやらなければ)


 部屋の中は、ラリアの身体から発する冷気で寒い。部屋には暖炉が赤々と燃えているが、吐く息は白く一息ごとに喉が凍るようだ。

 まるでここだけの真冬のようだが。今は三月。春だ。


「冬は去った。雪影(スノウシャドウ)女王(クイーン)、ラリアを返してもらうぞ」


 イジスは懐から【黄金の慈悲】を取り出し、ラリアに掲げた。【黄金の慈悲】は淡い光を放ち、ラリアの顔を照らす。イジスは、全身の魔力を【黄金の慈悲】に注ぐ。


「全てを癒す光よ。我が求めに答えよ。我が声に応えよ。か細き命に光を注ぎ、その命を長らえさせよ【最上級治癒魔法】」


 詠唱と共に【黄金の慈悲】の輝きが増していく。まるで小さな太陽が出現したかのようだ。同時に、部屋を覆っていた真冬の冷気が去り、春の陽気が訪れ……ラリアの髪と肌の霜は消え、頬に赤みがさしていった。

 やがて光は消えた。後には、再び白茶けた【黄金の慈悲】が残った。イジスは一気に魔力を失ったことによる疲労感に崩れ落ちそうになりつつ、ラリアの容体を確認しようとして……ぱちりと開いた目に固まる。


「……春の……におい……が……する……ルル村……仕入れ……いかなきゃ」


 ラリアは掠れた声で呟き、眩しそうに瞬いた。


「ラリア!」


 ラリアは仮死状態から生き返ったのに、こんな時まで仕事の話だ。イジスは、らしすぎて笑った。


「ラリア!ラリアよかった!よかった……!」


「イジ……ス……?……どうしたの?」


「どうしたじゃない!よかった!よかっ……!ううっ!」


 イジスはベッドに突っ伏して泣いた。ラリアは横になったまま、不思議そうな顔でイジスを見ていたが、手を伸ばして頭を撫ではじめた。


「イジス、そんなに泣いて……あの、気取った……坊ちゃんに、虐め……られた?……大丈夫だよ……アタシも……力をつけてきたから……守れるよ」


 気取った坊ちゃんとは、バンスのことだ。やはり、ラリアはバンスを嫌っているらしい。貴族相手にも引かない商売人と、平民に偏見たっぷりで傲慢な貴族だから仕方ないと言えば仕方ない。また、第一印象も最悪だ。

 バンスはラリアと初めて会った時『君、立場を弁えなさい。イジスは下位とはいえ貴族になったんだ。平民風情が気安く話しては、彼の品位を下げる』と言って激怒させた。リュトン商会の跡取り候補と知って、すぐに手のひらを返したが。

 とにかく傲慢さが抜けない男だが、バンスにも良いところがある。イジスのような平民出の魔法使いたちに礼儀作法を指導したり、折衝役を買って出たりと、縁の下の力持ちだ。それに、イジスから見ても努力家だ。社交的で卒のなく愛想がいいのは、イジスにない美点だ。

 なにより、バンスはラリアのために家宝を持ち出そうとした。

 けれど、ラリアがバンスを嫌っていて安心している自分もいる。

 それはともかく、イジスは友の疑惑を否定した。


「バンスじゃない!ラリアのせいだ!心配したんだからな!ああもう!商売第一も大概にしろ!」


「そっか……よく……わからないけど……イジスが……言うなら……そうなんだろうね……ごめんね、イジス」


「いいよもう……ラリアが生きてくれるなら、それで」


「イジス……ありがとう……」


 イジスの泣き声を聞きつけたエリスが部屋に入り泣いて喜ぶまで、二人はずっと寄り添い言葉を交わし合ったのだった。


 ◆◆◆◆◆



 ラリアを助けて三日後、イジスは今だにラリアの家にいた。家に返してもらえないのだ。それをどこで知ったのか、昼前に宮廷から迎えが来た。まだ休暇中だが拒絶できない。何故なら、呼び出したのは直属の上司であり、魔法局の局長だからだ。しかも、迎えに来たのはその側近でもある副局長。逆らってはならない上司の二位である。一位は副局長を使いに出した局長だ。頭脳明晰で魔法使いとしても剣士としても突出しているが、人使いが荒く、厄介な人物である。

 イジスは大人しく、副局長と馬車に乗って王宮に向かった。

 魔法局は王宮の一角を敷地としており、その中には密談に適した来賓室がいくつかある。副局長はその一つにイジスを連れて行き、扉を叩いて自分とイジスの来訪を告げた。


「入れ」


 涼やかな女性の声で入室を許可されてから、側近とイジスは中に入った。

 まず目に入ったのは、品の良いソファセットだ。真ん中の机を囲むように、扉側をのぞく三方にソファが置かれている。

 次に、扉の対面に置かれたソファに座る局長と目が合った。

 局長……フリジア王国第一王女グラディス・アーシャ・フリジアが微笑む。白銀の魔法姫とも呼ばれる銀髪銀目の美女だ。歳は二十八歳。女性騎士服に宮廷魔法使いのローブを組み合わせた独特の装いをしており、凛々しく優美である。


「エフォート、休暇中に悪いな。お前にも関係のある話なので来てもらった」


 グラディスは、実に朗らかに内向きの話し方で話すが……イジスは固まって返事ができない。

 イジス、つまり扉から向かって左右のソファに座る面々のせいだ。

 向かって左側の奥にいるのはグリフトン・フィランス。フィランス侯爵だ。広大な領地を収めつつ、宮廷においては財務局にて要職にある有能な人物である。彼の顔は常と変わらぬ無表情だ。なんの感情も浮かんでいない。

 その向かい、右側のソファの奥に座るのはクレオン・カルムルディ。カルムルディ侯爵だ。こちらは怒りも露わに、フィランス侯爵の隣、扉から手前側に座り、机に頭を突っ伏している人物を睨んでいる。

 その人物がこちらを見た。


閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。

二章完結まで毎日更新予定です。時間はまちまちだと思います。

三章連載再開しました。また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。

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