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春を告げる黄金 五話

今回は少し長めです

 店から出ると、夕方にさしかかっていた。急いで冒険者ギルドがある地区に向かう。そこに目当ての冒険者がいるはずだ。

 同僚であるバンスに知られれば『薄汚い冒険者ごときに頼るな!』などと言われるだろうが、バンスは迷わず頼るつもりだ。


(やはり俺は『お貴族様』にはなれないな)


 冒険者ギルドは大通りに面している。周囲には、武具や防具を扱う店、古魔道具屋、マントなどの衣類および装備品を扱う店、干し肉などの保存食を扱う店、薬屋、公衆浴場などが並び、活気にあふれている。

 体力勝負の彼らを当てこんだ飯屋と屋台も多く、美味そうな臭いが辺りに広がっている。


(確か、大口の依頼から帰ってきているはずだ)


 イジスは、中でも美味そうな臭いをさせている【戦士の胃袋亭】に入った。この店は少し値がはるが、値段以上に美味い。食材の多くを冒険者ギルドからおろしている上に、料理人たちの腕がいい。有名店でもあるので、いつも満席に近い。今日も所狭しと並んだ卓に客がひしめき、思い思いに料理と酒を楽しんでいた。


『いらっしゃい!あらイジスさん!お久しぶり!』


『ああ、久しぶり』


 馴染みの給仕と軽く挨拶を交わつつ、目当ての男を探す。依頼で出ていない限り、男は夕食をこの店で食べるはずだ。案の定、夕陽のような赤毛と真紅の革鎧の男が見つかった。小さな卓に一人で座っている。


『ジェド、今いいか?』


 ジェドは人懐っこい笑顔を向けた。明るい琥珀色の目がキラキラ輝く。


『やあイジス。もちろんいいよ。一緒に食べよう』


 イジスは早く用件を話したかったが、ジェドの朗らかさに勢いを削がれた。食べながらでも話せる。切り替えて座った。

 ジェドもイジスの幼馴染だ。同い年で、名の知れた(ゴールド)ランクの冒険者だ。ランクに相応しい鍛えられた体を持ち、まとう空気は強者のそれだ。使い込まれた革鎧も長剣も物々しい。


『一緒に食べるのは久しぶりだなあ。元気だったか?』


 だが、話し方と眼差しは優しく愛嬌たっぷり。顔立ちが整っているのも相まって、笑顔は周りを和ませる。

 イジスも笑みを返し、肩の力を抜いた。


『お偉いさんにいたぶられつつ、なんとか元気にやってるよ』


『それはお疲れ様。宮仕は大変だな』


『まあな。で、何を頼んだんだ?』


『角大猪の赤葡萄酒煮込みを二人前と、黄金芋の香草焼きを二人前。追加で串焼きの盛り合わせも頼もうかなって考えてた』


 一人でそれだけ食べる気だったらしい。しかもすでに陶器のジョッキで一杯やってる。冒険者らしい飲みっぷりと大食漢ぶりだ。ますます気が抜けていく。


『いいな。ジェドが飲んでるのは麦酒か?俺は赤葡萄酒を頼もう』


 ちょうど通りかかった給仕に追加分を注文する。

 間もなく、赤葡萄酒の入った角杯、角大猪の赤葡萄酒煮込み、黄金芋の香草焼き、黒パンの入った籠などが運ばれてきた。煮込みの入った深皿からもうもうと湯気が立っている。乾杯し、互いに熱いそれを匙ですくって口に運ぶ。

 分厚く切られた角大猪の肉は、崩れる寸前まで煮込まれている。赤身肉の野生的な旨味と脂の甘味が絡み合い、赤葡萄酒によって深い味わいを得ている。柔らかな肉を咀嚼する喜び。口いっぱいに味わってから飲み込み、余韻が引かぬうちに赤葡萄を一口。

 至福の時が訪れた。


『……美味い……』


 イジスは泣きかけた。考えてみれば、今日は朝から何も食べていなかったし、ここ数日はろくなものを食べていなかった。舌にも腹にも美味さが染み渡っていく。ジェドは感動するイジスに目を細め、のほほんと頷く。


『うん。やっぱりここの料理は最高だなあ。ほら、黄金芋も食べなよ』


 カリッと焼かれた黄金芋は、ローズマリーやパセリが香る。齧るとほっくりと身が解けた。


『ああ、美味い。最高だ』


 イジスは半泣きになりながら食べた。ありきたりな黒パンすら、煮込みの汁につけて食べればご馳走だ。


『串焼きも楽しみだな』


 ここの名物である串焼きの肉は、その日の仕入れ状況によって違う。イジスは皮をパリッと焼いた七尾鶏や白銀鱒が特に好きだ。わくわくしていると、大皿に盛られた串焼きをドンと置かれる。


『今日の串焼きは大一角羊ビックホーンシープだよ』


 香辛料をきかせた脂滴る一品。イジスはもちろんこれも好きだ。けれど。


『ラリアの好物だ。ラリアもここにいたらよかったのに』


 思いの外、弱々しい声が出た。目の前がまた涙でにじむ。情け無い。何が宮廷魔法使いだ。一人ではラリアを助けられない癖に。自己嫌悪と卑屈と不安が波のように押し寄せ、涙があふれた。


『……イジス、ラリアに何があった?』


 イジスは涙を流しながら、ジェドに全てを打ち明けた。


 ◆◆◆◆◆


 その三日後、今から四日前の朝。イジスとジェドは雪深い山を登っていた。山の名はシャンダリアン。王都から東へ馬を飛ばして二、三日の距離にある。

 ここへは、光属性の魔法植物【(ゴールデン)輪花(サンシャインフラワー)】を手に入れるために来たのだった。

 ここまで来たのは、用意する魔法植物に色々と条件があった為だ。

 まず、今回は癒しの古魔道具【黄金の慈悲】を染めるので光属性の魔法植物でなければならない。

 さらに、その魔法植物には花が咲いていなければならない。

 止めに、枯れたり腐っていない状態でなければならないときた。


『難題だな……』


『ああ……』


 魔法植物の大半が危険で扱いが難しい。少し扱いを間違えれば魔法が発動したり、枯れて粉々になったりする。また、魔獣や魔物の好物や嗜好品であることが多い。特に光属性の魔法植物は好まれやすく、ワイバーンが守護することすらある。下手を打つと災害になるため、ごく一部の安全に採取できる魔法植物以外は滅多に出回らない。出回っても乾燥した状態か粉だ。

 今回採取する金輪花もそうだ。近場で採取できる光属性の魔法植物の中では、周囲の条件が一番マシだったが、危険なのには変わりない。


『やるしかない。ジェド、頼む。ギルドを通さない仕事だ。言い値を払う』


『もちろんやるよ。イジスが心配だ』


『そこはラリアを心配するところだろう』


『いや、イジスだよ。相変わらず危なっかしいから』


 心外だが、言い返せない程度には自覚があった。それに、危険がともなう素材採取は冒険者の領分だ。大いに頼らせてもらおう。

 その後急いで馬を用意し、明朝旅だったのだった。


『イジス、辛くなる前に声をかけて』


『わかってる』


 二人は馬を引きつつ、山道を上へ上へと歩きながら金輪花の群生地を探す。

 イジスはむくむくに着込んでいる。分厚い冬用のローブだの長靴だの毛皮だの身体を温める古魔道具だの各種道具の詰まった背嚢だのの重装備だ。

 ジェドはいつも通り軽装だ。胴体を真紅の革鎧で覆っているが、その下のシャツもズボンも薄手だ。足首まで雪の積もった山道を歩く格好ではなく、見ているこっちが寒い。

 なのにジェドはすいすいと雪に埋もれた山道を歩く。時々、馬をイジスに預けては茂みや木立の中に入っていく。イジスはあらかじめ言われていたように、その場に低級の結界を張って待機する。


『光よ。我が敵から我を隠し守護せよ。【結界】』


 腕につけた腕輪型の古魔道具が光り、魔法が発動する。ジェドから言われない限りは山道から出ない。

 しばらく待つとジェドが山道に戻ってくる。その顔は固く、目的の物がなかったと語る。イジスとジェドは再び山道を登り出した。これを昼過ぎまで繰り返した。

 昼過ぎ、木立から山道に戻ったジェドが口を開く。


『イジス、馬を繋いで。この先に群生してる。遠目だったけど、あの光は間違いない』


 吉報に心が舞い上がるが、すぐ叩き落とされた。


『微かだけど羽音がした。恐らく奴らだ。ここから先は絶対に声を出さないでくれ』


『わかった。ジェドも出来るだけ俺の結界から出るなよ』


 イジスの結界は、たった直径三メートルで、隠密も防御もお粗末だが、ないよりはマシだ。


『もちろんだ。頼りにしてるよ。下町の凄腕魔法使いさん』


『その呼び名は止めろ。炎剣の守護者殿』


 軽口を叩きあってから、木立の中に入って行った。

 山道以上に不安定な足元な上、木に積もった雪がばさばさと落ちる。頭から被った時は叫びかけたが、なんとか耐える。耐えなければならない。


(奴らに気づかれれば厄介だ)


 やがて、開けた場所の手前まで来た。

 昼の光の下でも眩い、金輪花の群生地だ。なだらかな野原のような場所に、雪を割ってびっしりと咲いている。


(あとはたった二輪採取すればいい。採取道具もある)


 だが、ここで焦ってはならない。

 ジェドに合図され、索敵の魔法で群生地を探る。これも古魔道具で威力を底上げしているので、半径二十メートルはありありと聴こえて見えた。


(……聴こえる、見える、二……いや、最低でも四匹はいる)


 痺れるほど寒いのに冷や汗が流れた。

 ジェドに手で情報を伝える。ジェドはイジスに待機するよう指示し、なんと駆け出した。


(ジェド?!)


 索敵を解除してないイジスには、全てがありありと見えた。

 ジェドは木立の中を恐ろしく静かに駆け、長剣を抜き、群生地に飛び出した。


『ヴゥウウー!ヴッウウン!』


 すぐさま独特の羽音が激しくなり、その姿を現した。ジェドに向かって真っ直ぐ飛んでくるのは大嵐雀蜂(ストームホーネット)

 雀蜂に似た、子犬ほどの大きさの魔獣だ。毒針と風魔法で攻撃する。毒針に刺されれば半時間もかからず死ぬし、翅から放つ風魔法は人体なぞやすやすと切り刻む。非常に危険な魔獣だ。

 冬の間は活動が鈍るが、大好物の金輪花が咲いたので活発化しているのだろう。


(やはり四匹!同時に風魔法を放つ気か!ジェド逃げろ!)


 しかし、ジェドは逃げない。長剣をかざして跳ぶ。


『ヴゥウウー!……ガシュッ!ザシュッ!』


 そこからは、ほとんど一瞬だった。凄まじい速さで刃が閃き、大嵐熊蜂四匹が粉々に切り刻まれた。


『は?』


 思わず間抜けな声が出た。大嵐熊蜂は身体も鉄のように固いはずだが?


(確か、いまのジェドの剣は古魔道具ではないただの剣のはずだ。名工の品だったかもしれないが……これが金ランク冒険者の実力か)


 呆然としていると、ジェドが手振りでさっさと来いと合図する。こうして、イジスは金輪花を採取することが出来たのだった。

 後はまた馬を飛ばして王都に戻り、花染め屋の元まで来たのだった。


閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。

二章完結まで毎日更新予定です。時間はまちまちだと思います。

三章連載再開しました。また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。

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