秋薔薇は復讐の真紅 十一話(六章最終話)
グラディスは【踊り子】の無表情を見て『いつもの余裕のある表情よりも好ましいな』と、内心で呟いた。
「あれは父親じゃないわ」
「そうか。では、訂正しよう。復讐相手であるセネカ公爵に会う気はないか?これを逃すと、恨み言をぶつける機会はなくなるぞ」
(最も、これ以上のない形で復讐を果たせたのだろうが)
セネカ公爵は、城内にある貴族牢に収監された。皇弟との交渉はまだだが、恐らくギース帝国に移送されて裁かれることになる。
そうなれば、失脚だけでは済まない。誓約書には『誓いを破った場合、命を持って償う』と書いてあったのだから。
おまけに友好国での大き過ぎる失態だ。皇弟の怒りはどれほどになるか。
(ティリアたちの前では言わなかったが、処刑されるか自害を強要されるのは間違いない。大事になりすぎたな)
グラディスらフリジア王国王家としては、ここまでの大きな失態を犯させるつもりはなかった。
そうさせたのは、セネカ公爵と因縁がある【踊り子】だ。
二十年以上前の話だ。
皇弟の腹心セネカ公爵はフリジア王国の侯爵令嬢を見初め、かなり強引に娶った。
セネカ公爵なりに妻子を慈しみ、妻子もそれなりに情をいだいていたらしいのだが……。
(まさか、夫を襲う魔獣を倒したせいで放逐されるとはな)
それは、セネカ公爵が妻子と共に自領に向かっていた時に起こった。
馬車で山道を進んでいたのだが、魔獣の群れに遭遇してしまったのだ。
ギース帝国はフリジア王国ほど魔獣が多くない。セネカ公爵も護衛騎士たちも魔獣相手の戦いに不慣れだった。あっという間に劣勢となり追い込まれてしまう。
その時、妻が魔獣たちを炎で一掃したのだ。
フリジア王国なら、妻の勇姿を讃えるところだが……。
(魔獣を一掃するほどの火属性魔法を見たセネカ公爵は『妻と娘は精霊の末裔に違いない!化け物だ!』と、思い込んで山道に捨てた。ギース帝国民には精霊嫌いが多いが、それを踏まえても救いようのない愚か者だ。
そもそも、彼女が強力な火属性魔法を使えたのは魔道具【真紅の腕】のお陰だというのに)
妻も説明した。しかし、セネカ公爵は信じず妻子を山道に放置したのだ。
行方不明となった妻子だが、フリジア王国が秘密裏に保護した。保護されて帰国するまでに紆余曲折はあったそうだが。ともかく、これが【踊り子】とその母親の顛末である。
二人とも存命とはいえ、恨み言もたまっているだろう。グラディスはそう考えたのだが。
「うふふふ。アタシに恨みなんてありませんよ。今回のことも本当に予想外でした。まあ、少し揶揄ってやろうとは思いましたがね」
「ほう。どう揶揄ったんだ?変装上手の【踊り子】が、変装をしなかったのもその為か?」
【踊り子】は赤葡萄酒を味わいつつ同意した。
「流石は【姫さま】。鋭いですねえ。ええ、母そっくりのこの姿で、母から譲り受けた【真紅の腕】で炎を操る。それだけであの臆病者は動揺するだろうと踏んだんですよ。相変わらず武器を手放せないみたいでしたしね」
「あのセネカ公爵が臆病者?武人としての誇り故、愛剣を手ばなせないのでは無かったのか?」
「あはは!違いますよう。あの爺はね、大きな武器を持ってないと怖くて泣いちゃうんです」
「はあ?それはまた、気の毒というか何というか。まさか、お前たちを精霊の末裔だと決めつけて放逐したのも……」
「精霊嫌いというよりアタシらが怖かったんでしょうね。慣れない魔獣相手の戦いで震え上がってましたし。まあ、ビビりながらもアタシらを守ろうと奮闘してました。
……だから母も、あの爺を助けるために戦ったんですけどね……」
憂いを帯びた表情に、グラディスにある考えが浮かぶ。
(【踊り子】は、本当に復讐する気はなかったのかもな。セネカ公爵に自分たちの生存を伝えたかったのか、あるいは自分たちへの情が残っているか確かめたかったのか……)
グラディスはあえて聞かなかった。そこまで【踊り子】の内面に踏み込む気はない。
(何事も明らかにすれば良いというものでも無いのだ。
それはそうとして)
グラディスはグラスを【踊り子】に突きつけて言った。
「お前、そんな美味しい情報を隠すんじゃないよ。報酬から引いておくからな」
「ええ~!隠してませんよう!黙ってただけです!報酬減らさないで下さい!」
「それだけじゃない。色々とやり過ぎだ。下手をすればもっと悲惨な結果になっていた」
事実、【踊り子】はセネカ公爵に襲われたのだ。【踊り子】は確かに手練れだが、不必要に危険な目に合わせる気はない。
しかし、危険な目にあった本人は納得いかないようだ。ソファにしどけなく身を任せ、流し目で抗議する。
「【姫さま】のケチ。いいじゃないですかぁ。ルギウスとの縁談もぶち壊せたんですし」
「どうせまた言い寄ってくるさ。何度でも断るがな」
「ですよね。【姫さま】の婚約者は、ルディア王国の王太子殿下だけですもの」
「……【踊り子】」
悪戯に輝く真紅の目を睨む。
真紅はゆっくりと細められた。獲物を狙う猫の眼差し。
「おお怖い。そろそろお暇しましょう。また呼んでくださいね。【踊り子】は、【姫さま】のためならいくらでも踊りますから」
【踊り子】はさっとソファから身を起こし、部屋から出て行った。
グラディスはそれを見送り、己のグラスに残った赤葡萄酒を飲み干した。絹のように滑らかな喉越しの蜜のように甘い美酒のはずだが、妙に喉に絡んで苦い。
(そういえば、彼は赤葡萄酒が苦手だったな。苦くて渋いと言っていたっけ)
今もなお生死不明の青年を脳裏に浮かべる。
(もうすぐだ。やっと、君に会いに行ける)
グラディスは苦い酒の余韻に浸った。
六章完。七章に続く。
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