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春を告げる黄金 三話

 ラリアたちは、往路も復路もほとんど野営していた。その度に、冒険者の中で最も斥候に優れている男が最適な場所を選んでいた。しかし、男は疲労からか雪影女王スノウシャドウクイーンの前兆を見落としてしまった。


「雪影女王の前兆は、青白い水晶に似た溶けぬ雪片です。風に混じるそれを見落とした結果、ラリアたちは雪影女王に襲われてしまいました」


 現れたのはたった一体だが、強烈な雪嵐、生命力を吸い上げる力、そして魔物ゆえに物理攻撃が効かないため厳しい戦いとなる。

 冒険者たちの奮闘のお陰で、誰も巣に連れ去られず済んだ。死者もいない。だが、怪我や凍傷などの重症者が何人かいた。

 最も重症なのは、雪影女王によって仮死状態にされたラリアだ。部下と共に馬車の中にいたのだが、実態の曖昧な存在である雪影女王に入り込まれ襲われ、部下をかばったためだ。

 この仮死状態は【雪の眠り】と呼ばれ、最上級治癒魔法でしか治せない。そこまでの治癒魔法を受けれるのは、今のフリジア王国では王族かそれに近しい貴族だけだ。このままでは、ゆるやかな死を受け入れるしかない。


「十日前、ラリアの家族は私にすがりました」


 宮廷魔法使いイジス・エフォートが最も得意とする魔法こそが、治癒魔法だ。二年ほど前。その力を遺憾なく発揮し、大病を患った第三王女を治療したのもイジスである。そのような功績があったからこそ、平民出でありながら男爵位に陞爵されたのだ。

 だが【雪の眠り】を治療できるのは最上級治癒魔法のみ。宮廷から支給されるレベルの魔道具なしには発動できない。支給の魔道具は、任務以外で使えば厳しく罰せられる。平民であるラリアのために使うなど不可能だ。強力なコネがあれば別かもしれないが。

 しかし、どこで情報を得たのかある人物……イジスの同僚であり友人のバンスロット・プライディア子爵が、自分の実家にある魔道具を貸すと言いだした。


「驚きました。私は彼には何も言っていませんでしたから」


 今から八日前のことだ。イジスは終業後、ラリアの元に行こうとしていた。見舞いと、気休め程度だが治癒のためだ。魔道具なしだから低級治癒魔法しかかけれないが、かけてやると少しは青白い顔色が良くなる。魔法をかけながら、何か手はないか考えるつもりだった。


『イジス、来てくれ』


 しかし、宮廷から出る前にバンスに捕まる。バンスはイジスを自分の馬車に乗せ、自分の邸宅に連れて行った。

 イジスは、あっという間に応接室に通されバンスと机を挟んで向き合った。当惑していると、バンスは人払いしたのちラリアの件を知っていると言った。かなり驚いた。


『バンス、何故それを知っているんだ?』


 ラリアは表向き仕入れ旅に出ていることになっている。真実を知るのは、ラリアの両親をはじめリュトン商会のごく一部、護衛した冒険者たち、そしてラリアに仕入れを依頼した貴族だけのはずだ。


『そんなことはどうでもいいだろう。それより、癒しの魔道具を手に入れなければならない。違うかい?』


『いや、その通りだ。何か策があるのか?』


 バンスは力強く頷いた。


『フィランスの【慈悲の杖】を用意する。私なら可能だ』


【慈悲の杖】は、バンスの実家であるフィランス侯爵家が所有する癒しの魔道具だ。


『イジス、私は君の友人だ。君の大切な人であるラリア嬢とも、友人になりたいと思っている。私は君たちの力になりたいんだ』


 誠実な声だ。本気で言っているのだろう。平民を見下しがちなバンスだが、能力を認めた者に対しては寛容で庇護したがる傾向にあった。ラリアに対しても、以前からかなり気にかけていた。

 だがイジスは、申し出を受けることを躊躇した。理由は二つだ。

 一つ目の理由はわかりやすい。【慈悲の杖】は、かつて王家からフィランス侯爵家に下賜された家宝だ。当然、当主であるバンスの父フィランス侯爵の許可なく持ち出すことはできない。魔道具は使えば使うほど劣化する。いくら実の息子に言われたとしても、フィランス侯爵が許可するはずもない。

 そう言うと、バンスはとんでもないことを言い出した。


『私が持ち出せばバレない。宝物庫の場所はわかっているし、私の力なら開錠できる』


『馬鹿を言うな!』


 露見すればイジスはもとよりバンスも無事では済まない。


『大体、君はフィランス家を継ぐのが夢なんだろう?現当主と対立しかねない行動は慎むべきだ』


 フィランス侯爵家は、二代前までは魔法使いの名家だった。代々宮廷魔法使いを輩出していたが、魔法使いが産まれなくなっていた。バンスは、一族で久しぶりに産まれた魔法使いだ。周りの期待を背負って育った彼は、幼い頃から自分がフィランス侯爵家を継いで魔法使いの名家として復活させることが夢だった。

 しかし、バンスは顔を曇らせつつも覚悟の上だと言う。


『終わった夢だ。父上……いや、フィランス侯爵閣下は、兄上を当主にすると決めている。私は期待外れだったのだろう。その証拠に、私は本家を出されている。爵位は与えられてはいるが、贈与された財産は微々たるものだ』


『バンス、それはお父上から直接聞いたことなのか?思い込みでは……』


『私のことはいい。イジス、任せてくれるな?一刻の猶予もないぞ』


 その通りだ。雪影女王の【雪の眠り】は、半月以上経つと手遅れになる。


『いや、駄目だ』


 だが、イジスは首を横に振った。バンスとフィランス侯爵を対立させるような真似はしたくない。さらに、二つ目の理由がある。

 二つ目の理由はやや曖昧だ。ただの勘と言っていい。だが、ラリアはバンスに借りを作るのを許さない気がするのだ。ラリアの野望は大商人になること。貴族を後ろ盾にするならともかく、大きすぎる借りを作るのを望まないだろう。

 それに、ラリアはバンスに対して思うところがある様子だった。それはイジスも同じだ。


(気持ちはありがたいが、バンスのことは信じきれない)


 バンスは悪い奴ではない。イジスたち下級貴族に宮廷の慣習や礼儀を教えてくれたり、他部署への根回しを引き受けるなど、面倒見がよく世話好きな面がある。

 だがしかし、一度見下し蔑んだ相手には冷淡で、高位貴族らしい傲慢さは目に余る。また、野心も強いのにこんなにあっさり捨てるのはおかしい。

 イジスが様々な想いを錯綜させていると、バンスは焦れた様子で机を叩いた。


『イジス!まさか彼女を救いたく無いのか!』


『それは違う!バンス、申し出は有難いが受けることは出来ない』


 イジスは席を立ち、邸宅を後にした。


『イジス!考えなおせ!ラリア嬢を救うにはこれしかないんだぞ!』


 友の声がどこまでも追いかけてきたが、一度も振り返らなかった。


閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。

二章完結まで毎日更新予定です。時間はまちまちだと思います。

三章連載再開しました。また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。

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