天上の青、地上の雫 六話
今日から連載再開します。四章最終話まで続ける予定です。
その後、セレスティアは無事に天上釣鐘を採取できた。ティリアの工房兼自宅に戻る。
夕暮になると、森の中はぐっと暗くなる。セレスティアは焦りから足を速めた。
「ジェド様、花染め屋様、もう少し急いだ方が良くないですか?夕闇は霊を連れてきますよ」
夜は霊が出やすい。国境周辺の街道の夜は霊だらけだった。油断すると取り憑かれたり、殺されそうになったものだ。セレスティアは恐れから顔が強張ったが、ティリアはどこか切なそうに微笑む。
「大丈夫ですよ。私に悪意を持つ者は、例え霊でもこの森には入って来れませんから」
「あっ!そうか。結界の効果ですね。失礼しました。私、ここに来るまで霊に襲われてばかりいたので……。ジェド様、国境は霊が多かったですよね」
「……そうだね。フリジア王国側にも大量に流れるくらい、霊が多かったよ」
ジェドは少し気まずそうに頷く。霊が増えた理由は、旱魃や飢饉や流通の制限で多くの民が死んだためだ。
ルディア王国の結界は、実体を持つ物の出入りだけを阻むので、実体のない霊が流れ込むのだ。物や土地そのものに憑いている霊は移動しないが。
(あれ?でも……街道で行き倒れてからは、霊を見なくなったな)
何か引っかかった。しばらく考えて、納得いく答えに至る。
(そっか。フリジア王国の辺境軍が討伐してたから減ってたんだ。ジェド様たちのお陰だな)
セレスティアは自分の考えを述べ、ジェドに感謝を伝えた。ジェドは曖昧な表情をするだけだった。
その表情にまた引っかかったが、丁度、工房兼自宅に着いたので話は終わった。
◆◆◆◆◆
ティリアが玄関のそばに置いてあるランプを手に取り軽く触れる。恐らく魔道具なのだろう。それだけでランプに灯りが点る。月色光の優しい光だ。
玄関を開けて中に入る。天井から吊り下げられたフックに引っ掛ければ、部屋は明るく照らされた。
「夕飯の前に花染めをしておきましょう」
「セレスティア、俺も見ていいか?」
「花染め屋様がよろしければ、構いません」
ティリアはセレスティアに微笑みかけ、部屋の真ん中にある大きな机の上に【ガニュメデスの水瓶】と採取した天上釣鐘のうち一輪を置くように指示した。セレスティアはその通りにし、ジェドと共に向かい側に座って見守った。
ティリアは立ったまま、天上釣鐘を手に取り、詠唱をはじめた。古代ルディア語の呪文が部屋を満たしていく。
《魔法の花よ、花ひらよ、お前の色を私におくれ。
魔法の花よ、花ひらよ、花ひらの色はお前の力。お前の命の色。
魔法の花よ、花ひらよ、お前の力を私におくれ》
天上釣鐘を【ガニュメデスの水瓶】にかざした瞬間、ティリアの体内の魔力が強まり、あふれていった。セレスティアは息を飲む。
(なんて綺麗……)
魔力を見る【魔眼】を持つセレスティアには、常人には見えない体内の魔力の色や流れまでよく見える。ティリアの魔力の色は、虹色を帯びた白色。全ての色を含む光だ。体内を巡るその光が腕を伝う。もう【魔眼】でなくても見えるほど眩しくなった光は、腕から手、手から指、指から天上釣鐘に流れるほどに、銀色をほのかに含んだ青空色になっていく。
(ああ、天上釣鐘の魔力……いいえ魔力だけじゃない。天上釣鐘が持つ水属性魔法そのものが、花染め屋様の魔力に引き寄せられて混じりあっている)
そして、混じり合って生まれた青空色が【ガニュメデスの水瓶】に注がれる。
瞬く間に魔法の青空色に染まっていく。
ヒビやカケは消えていき、艶のある青空色になっていく。ティリアは、その手に持つ天上釣鐘が枯れ果てるまで詠唱を続け、青空色を注ぎ……【ガニュメデスの水瓶】は、あふれんばかりの水属性魔法の力に満たされた。
(凄い……たった一輪で、こんなに強く早く染めるなんて)
セレスティアは四歳の時に、【染魔様】の技を見せてもらった事があった。あの時は、魔道具一つを染めるのに、両手で抱えるほどの魔法植物の束が必要だった。おまけに一日中かかった。それでも素晴らしい技に感動したものだが、ティリアの技は格が違う。
「……終わりました」
「お疲れ様。何度見ても綺麗だなあ。疲れも吹っ飛びそうだよ」
「ふふ。ありがとうございます」
二人のやり取りをぼんやり聞き流していると、柔らかな声と共に【ガニュメデスの水瓶】を差し出される。
「セレスティア様、ご確認下さい」
セレスティアは我に帰り、【ガニュメデスの水瓶】を両手で包む。
「は、はい!あの、外で少し使ってみてもいいですか?」
疑ってはいないが、念のため確認したかった。水属性魔法の適正がないセレスティアが使えるなら、魔道具として申し分ないと証明できる。
快く頷いてもらえた。早速、三人揃って外に出て使ってみる。
「水よ、水よ、天より降りる恵みの雫よ。我が手に満ちよ。【天の雫】」
試しに簡単な詠唱と共に魔力を流すと、水瓶の中はあっという間に水で満たされ、あふれた。慌てて魔力を流すのを止める。
「凄い!ほんの少しの魔力でこんな!花染め屋様!素晴らしいです!しっかり染まっています!これで故郷が助かります!たった一輪で!凄いです!」
セレスティアは大はしゃぎだ。ティリアの眩い新緑色の目が嬉しそうに細まる。
セレスティアは、旧い伝説を思い出した。
「花染め屋様は伝説の【花の愛し子様】のようですね!」
「【花の愛し子様】……ですか?」
キョトンとした様子に、セレスティアは驚いた。
「え?ご存知ありませんか?故郷に最後まで残ってくださっていた【染魔様】から聞いたのですが」
「ぜひお聞かせ下さ……」
ぐうー。ティリアが身を乗り出すとほぼ同時に、腹の音が鳴った。犯人であるジェドが気恥ずかしそうに目を逸らす。
「ご、ごめん」
「ふふふ……き、気になさらないで……うふふっ。け、健康な証拠です……ふふっ」
「そうですよジェドさ……くくっ。わ、私もお腹空きましたし……あははっ!」
「いや、いっそ指差して笑ってくれよ!」
ひとしきり笑った後、夕飯を作ることになった。
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四章最終話まで毎日更新がんばります。




