春を告げる黄金 二話
「まずは、私のことからお話させて頂きます」
イジスは、今でこそ宮廷魔法使いとして魔法局に勤め男爵の位を得ているが、もとは平民だ。両親は共に冒険者で、母は魔法使いだ。幼い頃から彼らの薫陶を受け、魔法の実践と研究に魅せられた。
転機は四年前。二十歳の春、厳しい倍率の魔法局選抜試験に合格して準男爵となり、順調に功績を上げた。わずか一年で男爵位を陞爵されるにいたり、給料も段違いに上がっている。貴族の友人知人も増えた。
それでも根が庶民なので、現在も実家で暮らしている。両親は冒険者稼業で忙しいので、ほぼ一人暮らしだ。しかし、これに眉をひそめる者は多い。場所は王宮からは離れた、平民ばかりが暮らす地区だからだ。折に触れて忠告されたり、平民臭さが抜けないと陰口を叩かれたりする。
中でもしつこく忠告するのが、同僚のバンスロット・プライディア子爵だった。
『君が育った場所を悪く言うようで気が引けるんだけど、もう少し王宮に近い場所に住むべきだと思う。一代貴族ならともかく、君は男爵なんだよ?万が一、書きかけの論文や支給されている魔道具に何かあったら大変だよ』
『バンス、大袈裟だ。どれもあり得ない』
『いいや。君は自分の価値をわかっていない。君の身の安全のためにも言ってるんだ。ただの平民から見れば、君は金の卵を産む鶏だよ。イジス、私ならいつでも君に相応しい家と使用人を斡旋できる。早く決心してくれ』
『……遠慮する。気持ちは受け取っておく』
間違ったことは言われてない。気遣われている。が、忠告される度に心をざらりと逆撫でされるので、最近はバンスを避けがちだった。
そもそも、仕事絡みの論文も魔道具も、宮廷外への無断持ち出しは禁じられている。勝手に持ち出したことは一度もない。イジスは平民出だが、危機管理意識は低くないつもりだ。仕事関係のもので家に持ち込むのは、常に身につけている印章つきの指輪ぐらいだ。これも支給された魔道具ではあるが、持ち出して問題ない物だ。イジスが宮廷魔法使いで無くなるか死ぬまで外せないようになっており、他者が外そうとすれば呪いが発動する。
家には魔法書と古魔道具がそれなりにあるが、全て親とイジスが買い集めた物だ。また、イジスはヒョロリとした見た目だが、両親のお陰で腕っぷしも強い。
ここまで話して、イジスは溜息をついた。
「彼は生粋の貴族ですから、感覚が違うといいますか、平民に対して偏見があるのです。苦楽を共にした友人でもありますが、そこだけは苦手ですね」
それに、家の周りに居るのは昔からの付き合いのある者ばかりだ。彼らを疑われるのは腹が立つ。
中でもイジスが信頼し、親しいのが幼馴染のラリアだった。イジスより二歳歳下で兄妹のように育った女性だ。光の加減で赤にも見える茶髪と、同じ色味の明るい目を持つ。性格も明るく活発で、笑顔がとても魅力的で。
「そして、私が知るうちで最も強かな商売人です」
ラリアはリュトン商会の跡取り娘だ。リュトン商会は、規模こそ小さいが名が知られている。国内外の様々な酒を扱っていて、また、商会主である父親は一代で財を築いた遣手だ。子供への教育も惜しまなかったため、子供たちはそれぞれの分野で才能を発揮している。
ラリアが発揮しているのは商才だ。兄弟の中で一番、父親の才覚と辣腕ぶりを受け継いでいる。すでに様々な仕事を担当していて、中でも重要な仕事の一つが商品の仕入れと交渉だ。
仕入れ先は国内外の様々な場所。街道を進むといえど、山や森を越えることも多い。野盗、獣、魔獣、魔物に襲われることもある。大変な仕事だ。当然、何度も危険な目にあっていたが、優秀な冒険者たちに護衛を頼んでいたので滅多なことはなかった。
「その経験がかえって、ラリアと周りを油断させたのだと思います」
今から一カ月ほど前、ラリアはラング国ルルー村に仕入れに向かった。ラング国は南の隣国で、ルルー村は国境を越えてすぐにある。冬以外ならば、安全な仕入れ旅になっただろう。ルルー村はフリジア王国王都から比較的近い。馬車で片道十日前後の距離だ。街道は整備されており、関税等は安い。両国間の行き来は活発だが、見回りが多く治安が良い。野盗もほぼ出ない。だが、冬の間だけは違う。
冬は、雪の魔物である雪影女王が出るのだ。青白い鳥にも長いローブを着た人間にも見える魔物は、かなり厄介だ。冬の間だけ現れ、魔法で雪嵐を起こす。さらに、生き物を仮死状態にした上で巣に攫い、死ぬまで生命力を吸収する。実体のあやふやな存在のため魔法しか効かず、その魔法すら弱いものは無効化してしまう。
ラリアたちが向かったのは二月の初め、春まだ遠き雪影女王の群れなす頃だ。いつもなら、ラリアたちリュトン商会も仕入れになど行かない。他にも仕入れ先はあり、時期によってある程度の計画も組んでいるのだから。
それなのに、ある注文とその報酬に目が眩んでしまった。
「欲に目が眩んだというより、野心をくすぐられたのでしょう」
注文主は貴族だったという。名は教えられていないが、今まで取引をしたことが無い大物だったらしい。恐らく伯爵家以上の高位貴族だろう。
その貴族は、自らラリアに会いに来た。相場の十倍はある前払金を気前よく提示し、依頼した。
『三月までに砂糖菫青酒の新酒を用意してもらいたい』
砂糖菫青の花で作る酒だ。砂糖菫青は、名前の通り強い甘味と香りを持つ菫に似た植物だ。ただし毒があり、そのまま食べると眩暈や幻覚などの症状が出る。
ルルー村だけが、この砂糖菫青を無毒化する技術を持っている。門外不出の製法で作る菓子や酒は高級品だ。中でも砂糖菫青酒は非常に珍重されている。新酒の出来上がりは一月から二月にかけて。冬が明け雪影女王の去った三月にラリアたち商人が仕入れに殺到する。だが、それまで待てないという。
貴族はこう告げた。
『無理な注文だということはわかっている。報酬の上乗せはもちろん、今後も贔屓にする。知己への紹介もしよう。身内から名高きリュトン商会、いや、ラリア殿の活躍はお聞きしている。どうか、当家の力になってもらえないだろうか?』
知己の具体的な名前をあげた。複数の高位貴族、裕福な商人たちの名はラリアの野望をくすぐった。
ラリアの野望は、父親以上の大商人になることと、リュトン商会をさらに盛り立てることだ。
とはいえ、流石に危険が伴うので迷ったらしい。周囲の意見も割れた。が、最終的には頷いた。
「ラリアたちは、これまでも危険な仕入れ旅を乗り越えてきた自負、千載一遇の機会への野心に突き動かされて旅立ちました」
いつも以上に護衛の冒険者たちを用意し、慎重に街道を進んだ。街道はただでさえ雪と氷で進みにくく、魔物、魔獣、獣に遭遇して戦闘になったりした。それらを乗り越えラリアたちは進んだ。
半月を少し過ぎた頃、ルルー村に到着した。命知らずなラリアたちに村人は驚き呆れたそうだが、無事に仕入れ交渉は進み砂糖菫青酒を仕入れることができた。
ここまでの旅路で怪我や病を得た者もいたが、全員命に別状はない。一番恐れていた雪影女王にも遭遇せずに済んだ。半月前より春めいた今、雪が降ることも雪影女王が出ることも無さそうだった。
「それでも、気を緩めることなく帰り路を急いだそうですが……やはり油断と、疲労が溜まっていたのでしょう」
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二章完結まで毎日更新予定です。時間はまちまちだと思います。
三章連載再開しました。また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。