怠け者の翠風 四話
翌日の夕方、カイは【古道具の迷宮】に来た。メンダーも一緒だ。冒険者ギルドで審査と登録を済ませてから『その長槍は手入れと【染魔】をし直した方がいいね。当てがあるから着いてきて』と、案内されたのだ。
(手入れはともかく【染魔】し直す?何言ってんだコイツ)
カイは不信感を抱いたが、とりあえず着いていった。
(俺が何も知らないと思って、担ぐ気か?)
魔法使いではないカイだが、基本的な知識はある。
かつてと違い、人間の魔法は弱くなってしまった。その魔法を補強するためには魔道具が必要だ。
魔道具さえあれば、物によっては魔法使いでなくても魔法を使える。そしてその魔道具には【染魔】という、魔法植物の持つ魔法の力を染める必要がある。
ただし、この【染魔】が出来るのはルディア王国にいる【染魔の一族】あるいは【真の魔法使い】と呼ばれる魔法使いたちだけである。
(ルディア王国が引きこもってから、魔道具を【染魔】し直すのは王侯貴族でも難しいはずだ)
現に、まだ使える魔道具は古魔道具でも高額で取引されている。
『今から行く所で話すことは内緒にしてね。カイさんを信用して案内するんだから』
『そりゃどうも』
(会ったばかりで何言ってんだこいつ)
カイは呆れたが、同時に毒気も抜かれた。いざとなったら逃げればいいだけだと切り替える。メンダーは意味深に笑うばかりだった。
たどり着いた場所は古道具屋だ。てっきり、古魔道具専門店か武具の工房に連れて行かれると思っていたので驚いた。
『おっさん、この人と長槍見て。使える?ギルドマスターの許可は取ってるから安心してね。しかも、今日冒険者になったばかりなのに、青銅ランク認定が降りた実力者だよ。おっさんの目で見ても問題ないなら、手入れ他諸々よろしく』
『挨拶も出来ねえのかクソガキ』
カウンターに座る店主は思い切り顔をしかめた。眼鏡をかけた四十代くらいの男だ。白髪混じりの灰色の髪と、似たような色の目をしている。店主はギロリとカイと、カイが持つ長槍をにらんだ。腹の底まで探るような目だ。
(面倒くせえ目だ)
カイは少し身を引き、長槍を握り直した。ややあって、店主の眼差しが僅かに緩み、何かを納得した様子で頷いた。
『まあいいだろう。おい、長槍を寄越せ』
釈然としなかったが、素直に渡す。店主はまず刃の革鞘を外し、刃の切先から石突までじっくりと眺め、形を確かめるように触れた。
『風属性の魔道具だな。魔道具として使われたのは十六年前が最後、それからお前さんが手に入れて武具として使っていた。お前さん自身が魔法を放ったことはない。違うか?』
『は?なんでわかった?』
『その程度のことは見ればわかる。傷みはひどいが魔道具としては問題ない。【染魔】し直せば充分使えるだろう』
店主は長槍をカイに渡し、そのままカイに向かって手をかざした。
『おっ。魔力量もそれなりにあるな。無茶な使い方さえしなきゃ死なねえだろう』
『おっさんが言うなら間違いない』
メンダーはニヤッと笑ってカイを見た。カイは首を傾げるばかりだ。
『なあ、あんた魔法使いか?【染魔】できるっていうと、ルディア人か?』
『【染魔】するのは俺じゃない』
『うん。この近くの【静寂の森】にいるよ』
質問を微妙にはぐらかされた。追求しようとも思ったが『面倒くせえ』ことになる気がしてやめる。
『うんうん。カイさんのそう言う面倒くさがりというか、余計なことを考えないというか、勘のいい所が気に入ったんだよね。都合がいいから。おっさん、こう言う人だし静寂の森に案内していいよね?』
『まあ良いだろう。相性のいい魔法植物の名前を書き出してやるから、後は勝手にしろ』
『はいはい』
店主は幾つかの魔法植物の名前を書きつけ、メンダーに渡す。
『この中だと【風切矢車菊】が一番楽に採取できるよ。近くの丘とか草原にいくらでも生えてる。魔獣への警戒は必要だけど』
【風切矢車菊】は、風属性の魔法植物だ。鮮やかなエメラルドグリーンで、矢車菊に似てるからこの名前がつく。名前の通り風を巻き起こし、風属性の魔獣が食べるとその力を補強する。また、日当たりのいい丘や草原によく生えるので、風属性以外の魔獣や動物からも好まれている。
メンダーは、なぜ魔法植物の採取が必要なのか、そして【静寂の森】に住む【花染め屋】と、【染魔】の対価について説明した。
【花染め屋】とは、霧に閉ざされた不思議の森に暮らす【染魔】ができる魔法使いのことだ。
【染魔】を頼むには、魔法植物の花が二輪と、客がなぜ依頼に至ったか物語るのが必要なのだという。
胡散臭い話だが、とりあえず言う通りにすることにした。店を後にしようとして、ふと思いついて首飾りを外し、店主に見せた。
『あんた、この首飾りの台座に何が嵌っていたかわかるか?』
店主は空っぽの台座を少しだけ観察し、カイに返した。
『何も嵌ったことはない』
『……それは確かか?』
『ああ、そもそも何かを嵌めていれば、台座に跡がつくはずだ。多少の傷みはあるが、台座の爪をいじった様子も、何かを接着した様子もない。新品だな』
そんなはずはない。言いかけて、カイはやめた。なんとなく、店主は嘘をついていないという確信があった。
カイは店を出て、メンダーと別れて宿に戻った。食べる気がしなくて、寝台に座って首飾りをいじった。
この首飾りは母親の形見だった。
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三章完結まで毎日一度か二度更新予定です。




