怠け者の翠風 一話
2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。
思うところがあり、ジャンルを「ハイファンタジー」に変更しました。
連載を再開します。三章の最後まで執筆済み、四章は8月以降更新予定です。
「どうぞお召し上がりください」
五月の半ば、爽やかな初夏の日のことだ。
【花染め屋】ことティリアは、客の前に紅茶を注いだティーカップを置いた。ふわりと爽やかで甘い、紅茶にいれたレモンの薄切りとフラワーシロップの香りがただよう。
客は手をつけず、ティリアをじっと見た。
男は「空っぽのカイ」と名乗った。三十代半ば頃だろうか。黒っぽいクシャクシャの栗毛、紫ががった灰色の目。くたびれたシャツの上に革紐の首飾りをつけて、胴体を革鎧でおおっている。
首飾りにはペンダントトップがついているが、奇妙なことにその金属の台座には何も付いていない。空っぽだ。
これといって特徴がない。あえて言うなら、目から感じる気力の無さだろうか?いや、目だけでなく全身から気力を感じないし、お世辞にも態度がいいとは言えない。
(けれど、悪意も感じないわね。それに、確かにうちのお客様だわ。この長槍を【染魔】したいと仰っていたし、なにより全てそろっている)
ティリアは新緑色の目を細め、カイの向かいに座る。視線を机の上に移し、向かって斜め左に乗せられた長槍と二輪の花を見た。
長槍は刃部分を革の鞘でおおっている。木製の柄は使い込まれていて、細かい傷だらけだ。だがよく見ると、柄に装飾が彫られている。独特の模様は、この長槍が魔道具であることを示していた。
花は鮮やかなエメラルドグリーン。矢車菊によく似た風属性の魔法植物【風切矢車菊】だ。
【染魔】を施したい魔道具と、染魔に使う魔法植物、そして対価の一つである二輪目の魔法植物が揃っている。
かつてと違い、今の人間は強力な魔法が使えなくなってしまった。その為、魔法の力を持つ植物のその力で魔道具を染める必要があるのだ。人はそれを【染魔】と言い、ティリアたちを染魔の一族と呼ぶ。もっとも、ティリアは思うところがあって、染魔を花染めと言い、自らを【花染め屋】と名乗っているが。
ともかく、後はもう一つの対価である【客がここに来るまでの物語】だけでいい。
「それでは、願いに至る物語をお話くださ……」
「面倒くせえなぁ」
実のこもった声に、ティリアは思わず固まった。
「古道具屋どもから聞いてたけどよ。要するに過去を話せってことだよな。俺に話すような過去なんてねえよ」
「なんでも良いのです。どこで生まれたとか、これまでどんな仕事をしてきたかでも。過去を話したく無いなら嘘でも構いません」
「ふうん……妙な話だ。なんの企みか知らねえが……」
カイは興味無さそうに呟き、カップを鷲掴みにして紅茶を飲んだ。
片眉を上げ、飲む速度がゆっくりになる。どうやら口にあったらしい。ティリアは少し安心した。
「まあ良い。この長槍をここに持ってきた理由を話せばいいんだな」
こうしてカイは、心底面倒くさそうに話しはじめた。
とはいえ、話すのが得意ではないらしい。最初は上手くいかなかった。ティリアが質問をすることで、なんとか形ある物語になっていった。
おおよそ、こういった物語だ。
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三章完結まで、毎日更新予定です
また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。
2023/08/19。二章「桃色は爛漫の恋をする」一話追加して全九話になりました。九話(最終話)は、三章につながるお話です。ぜひご一読ください。




