春を告げる黄金 十話(第一章最終話)
「はあ……そりゃお幸せでよかったな」
相変わらず、【古道具の迷宮】の、店主は態度が悪い。気のない返事にイジスは苦笑いだ。
ラリアのプロポーズから十日後、イジスは【古道具の迷宮】に居た。ラリアが回復したことの報告と、あらためてお礼をするためだ。
【黄金の慈悲】と、花染め屋の件だけではない。グラディスにイジスの家を監視するよう言ったのは、この店主だと確信している。
あの監視がなければ、バンスの企みが成功していたかもしれない。
(ほとんど根拠のない勘だが、きっとこの人はグラディス殿下と通じている)
店の奥に大量の魔道具があるのも、グラディスの指示ではないだろうか?その場合、理由が知りたいが、あの飄々とした上司も、この気難しい店主も答えないだろう。
今回の事件は、安易に口に出来ないことが多すぎる。直接聞けない、言えないのがもどかしい。せめて感謝の想いだけは真っ直ぐ伝えたくて、ラリアに持たされた砂糖菫青酒を差し出した。
「本当に世話になった。感謝している。これは今回の礼だ」
店主は眼鏡の奥の目を盛大にしかめた。
「あんた、【黄金の慈悲】のお代はばっちりもらってるんだ。それ以上はいらねえよ。そもそもエフォート男爵ともあろう宮廷魔法使い様が、こんな場末の古道具屋に来るなよ。また疑われたり嵌められたりしてえのか。しかも結婚したんだろ?もう少し貴族らしく落ち着きをだな……」
「すまない。迷惑だったろうか?私は本当に感謝している。ただそれを表したかったんだ。それに、ここには興味深い古魔道具があるし、貴方と話すのは楽しい。これからも通いたいのだが……」
「いや、迷惑とまでは言ってねえよ。本当あんた真面目というか馬鹿正直だな」
店主の言葉尻が弱々しくなる。イジスが「なにか困らせただろうか?」と考えていると、店の奥から笑い声がした。
淡い色の花びらを思わせる笑い声だ。
「そうですよ。おじさ……店主は、お客様が優しい方なので心配してるだけです」
若い女性が、奥からひょっこりと顔を出した。
この辺りに多い淡い茶色の髪と目をしている。着ている服も、ありきたりの町娘らしいものだ。しかし顔立ちと所作は整っていて品があり、目を引いた。少女の軽やかさと妙齢の女性の落ち着きが矛盾なく同居している。
店主は女性を睨みつけた。
「うるさい。適当なことを言うな」
「素直じゃないんだから。エフォート様にまた来て欲しかった癖に」
「なっ!お前!」
店主は絶句し、女性はまた淡い花びらを思わせる柔らかな笑い声を上げる。
イジスはおや?と首を傾げた。
(この笑い声を知っている気がする)
こんなに美しく、淡い色の花びらを思わせる笑い声を持つ女性なんて、どこで知ったのだろうか?
「ティリア!無駄口叩いてねえでさっさと行け!」
「はいはい。お駄賃はずんでくださいよー」
ティリアと呼ばれた女性は蓋つきの手籠を手に、イジスの脇を通って店を出ていく。
すれ違い様、イジスに小声で囁いた。
「お客様、ゆっくりしていってくださいね。……森の方にもまた来てください」
一瞬、茶色い目が鮮やかな緑色に光った。
イジスはあっ!と、声を上げかけたが、悪戯に輝く目を見て口を閉ざす。
(花染め屋様、ありがとうございました)
黙って頭を下げて見送り、店主に視線をやる。
店主は面白くなさそうに手を出した。イジスは砂糖菫青酒の瓶を渡す。深い深いため息がこぼれた。
「こんな場末に高級品を……しかも特級じゃねえか。ああ、そんな顔をしなさんな。迷惑じゃねえよ。茶でも淹れてやるから、古魔道具でも見るかそこらの椅子に座ってろ」
つまり、イジスをもてなしてくれるし、長居していいとの事だ。なるほど素直ではない。
「ああ!そうさせてもらうよ!」
イジスは心から笑って頷き、店を出たティリアこと花染め屋にも聞こえるよう、大声で返事をしたのだった。
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二章完結まで毎日更新予定です。時間はまちまちだと思います。
三章連載再開しました。また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。