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春を告げる黄金 九話

「……何故、そんな事を……?」


 イジスは、友だと思っていた存在を見つめた。確かに、ラリアの悲劇に関してはバンスの関与を疑ってはいた。だが、ここまでしていたとは完全に予想外だった。

 バンスもラリアを嫌っていたのだろうか?いや、それにしてもやり過ぎだ。

 バンスはギラギラした目でイジスを睨む。拘束の魔道具は口もふさいでいるので話せない。代わりにグラディスが答えた。


「理由は君だよ。イジス・エフォート。ラリア君になにかあれば君は傷つく。そこに付け込んで足を引っ張ろうとした。さらに罪を着せようと画策したのが、今回の窃盗事件のあらましだよ」


「は?わ、私が?」


「そうさ。君は平民出でありながら、若干二十四歳で男爵に陞爵した。研究でも業務でも、数々の功績を立てた天才宮廷魔法使いだ。末は王族の専属か、魔法局のトップかと囁かれている……プライディアが出世するにあたって、君は一番の邪魔者だ」


 イジスは、胸に穴が空いたような痛みと喪失感に襲われた。確かに、バンスから対抗心や嫉妬心を向けられたことは一度や二度ではない。

 けれど、間違いなく同僚として友として高め合っていたはずだ。


「何かの間違いでは……」


「確かめてみるかい?シールダー、口だけ緩めてやれ」


 副局長であるシールダーが、バンスの口元に触れた。わずかに隙間ができる。


「うぅ……!イジス……!」


 獣のような唸り声がこぼれ、憎々しげにイジスを呼んだ。ギラギラと怒りで燃える、見たこともない形相でイジスを睨む。

 それでも、イジスは友を信じようとした。


「バンス、誤解だよな?なにかの間違いだよな?」


 嘘でもそう言って欲しかった。しかし。


「賤しい平民出がああ!この私の名を気安く呼ぶなあ!」


 バンスの叫びが最後の希望を砕いた。


「何が天才だ!いい気になるな!未だに貴族としての心構えもない半端者が!私の方が血筋も身分も優れているというのにいい!」


 イジスの全身から血の気が引く。倒れそうだ。

 グラディスは見苦しく騒ぐバンスを鼻で嗤った。


「くそぉ!嗤うな!嗤うな!部下どもも!あの女も!どいつもこいつも貴様ばかり評価する!父もそうだ!私を家から追い出した!誰も私を正しく評価しな……」


「それは違う」


 イジスは、ほとんど衝動的に口を開いていた。声は思いの外響き、バンスは口を閉ざした。


「俺たちは、バンスが堅実に仕事をしていることを評価していた。貴族出の宮廷魔法使いには腰掛けも多いのに、お前は仕事にも研究にも真摯だった」


 バンスの良いところはいくらでも浮かぶ。


「平民出を見下すが、彼らと違って下らない嫌がらせはしなかった。雑務を嫌っていても、やるべきことはこなした。嫌味ったらしくても、部下をちゃんと指導してた。宮廷政治をなんなくこなして、俺たちの仕事を支えてくれた。

 お前は、生粋の貴族じゃない俺には出来ないことをしてくれた」


 気づけば、イジスの目から涙が流れていた。その涙を、バンスが見つめる。顔いっぱいに広がっていたドス黒い怒りが引いていく。

 イジスのよく知る、バンスの顔になる。


「バンス、俺はお前を尊敬していたし、要領のよさと貴族としてのそつの無さが羨ましかった。そんなお前が友人と言ってくれて、どれだけ嬉しくて誇らしかったか。

 ……なんで俺なんかに嫉妬するんだ。なんでこんな事をしたんだ。この馬鹿野郎!」


「イジス……」


 バンスは狼狽えた様子で視線をさまよわせる。

 この場にいる者たちと眼差しと目を合わせては、びくりと肩を跳ねさせた。

 叔父であるカルムルディ侯爵の怒りと悲しみに満ちた眼差し、グラディスの嘲り混じりの冷徹な眼差し、シールダーの憐みと諦念の眼差し、そして実父であるフィランス侯爵の眼差しと目が合う。

 フィランス侯爵の冷たい眼差しに、かすかな熱が浮かんで揺れた。


「私もバンスロットに期待し、働きを評価していた。だからこそプライディア子爵家を継承させたのだ。【慈悲の杖】も、いずれはお前に継承させるつもりで話をすすめていた。残念だよ。バンスロット、我が息子だった者よ」


 バンスの目から涙がこぼれ、重い沈黙が降りた。


 ◆◆◆◆◆


 バンスは全ての財産と爵位を剥奪され、王都から追放された。そして、辺境に拠点を置く白龍騎士団に送り込まれた。表向きには、宮廷支給の魔道具を無断使用した上に、横流ししたことになっている。

 平民であるラリアと平民出のイジスへの害はともかく、王の下賜した家宝を盗み出したにしては温情ある罰だ。

 しかし、白龍騎士団は辺境を回り魔獣魔物を討伐し、開墾するのが務めだ。常に死と隣り合わせの環境で、バンスがいつまで生き残れるかはわからない。


「それでも、いつか功績を挙げて返り咲いたなら、また友として言葉を交わしたい」


 イジスはバンスの無事を強く祈った。


「いや、お人好しすぎでしょ。アタシはぜっっっっったい!いっっっっっしょう!アイツを許さない!」


 ラリアはジョッキを机にドンっと置き、叫んだ。ジョッキから赤葡萄酒がこぼれ、【戦士の胃袋亭】名物の串焼きの盛り合わせが崩れた。今日の串焼きの肉はラリアの好物、大一角羊だ。

 ラリアが助かってから半月経つ。本調子になった祝いに、二人で店に来たのだった。楽しく話していたが、いつの間にかバンスの話題になり、ラリアを怒らせてしまったのだった。


「ラリア、嫌なことを思い出させて悪かった。けど物に当たるな。危ないし店の迷惑だ。あと声が大きい」


 バンスの話題になったので遮音の結界を張っていたが、そろそろ効力が切れる。

 イジスは淡々とラリアをなだめた。が、ラリアはジト目でイジスを睨み、憎々しげに呟いた。


「あんなのが切っ掛けなんて最悪だけど、仕方ないな。……イジス、結界を消して。もうアイツの話はしないから」


「あ、ああ。それならいい。……解除したぞ」


「よろしい。イジス・エフォート。心して聞きなさい」


(まさか酔い潰れるまで説教する気か?勘弁してく……)


「一生愛して守ってあげるから、私と結婚しなさい」


「は?」


「返事は『はい』か『はい』!返事は?」


「え?いや、は?ラリア?なんでいきなり?」


「いきなりじゃ無い。父さんから会頭の座を奪ってから言おうと思ってたけど、ずっと前から決めていた。アタシはイジスが大好き。愛してる。だから結婚して欲しい」


 イジスは硬直した。

 心臓がうるさい。声が出ない。目を閉じて何とか気を鎮めようとして、ふと暗い考えになる。


(ラリアは、命を救われたから錯覚してるんじゃないか?)


 しかし、まるで心を読んだかのように否定される。


「助けてもらった身で守るだなんておかしいけどさ。アタシは、小さい頃からずっとイジスが好きで守りたかった。イジスを守れるよう努力してきた。まだまだ未熟だけど、損はさせない。幸せにすると誓う。なんなら契約書も用意するから……結婚しよう。イジス」


 嬉しくて眩暈がした。しかし、華やかで社交的なラリアに、自分は相応しいのか。ラリアの仕事を支えれる誰かの方が、よほどいいんじゃないか。


「俺と一緒になれば、また狙われるかもしれない」


「今更だし、次は倒すから大丈夫」


「なんでそんなに好戦的で自信満々なんだよ。大体……」


(……俺に、そんな価値なんてない)


 他人の力を借りなければ何もできない。友人の憎しみにすら気づけなかった間抜けだ。


(こんな間抜けにラリアは相応しくない)


 口に出そうとして、唐突に花染め屋の緑色の目と柔らかな微笑みが浮かんだ。


『特に人望です。これを築くのは難しいことです。エフォート様だからこそ、ラリアさんのご家族もエフォート様には打ち明け、偏屈な古道具屋は協力し、ジェドさんは助けてくれたのでしょう。少し羨ましいです』


 花染め屋、真の魔法使い。彼女は、そう言ってくれた。

 ラリアの家族は、イジスを信頼してくれている。

 古道具屋の主人は、イジスの要望に応えてくれた。

 ジェドは、イジスに力を貸してくれた。

 そしてラリアは、ずっと好きだったと言ってくれた。


(俺には、俺の価値があるのだろう。ラリアに相応しいかはわからないが……)


「俺もラリアが好きだ。ずっと昔から好きだ。結婚しよう」


「うん!うれし……」


「ヒュー!めでてえなあ!仲良くやれよ!」


「結婚おめでとうー!」


「若い二人に乾杯だー!」


 ラリアの喜びの声は、野太い祝福の声に遮られた。客も従業員も、固唾を飲んで見守っていたらしい。


「イジスさん!ラリアさん!おめでとうございます!これは店からです!」


 馴染みの従業員たちが赤葡萄酒を持って来た。まさかの樽でだ。当たり前だが、飲みきれないので周囲に振る舞うように言う。野太い祝福の声が大きくなる。

 その中には、聞き慣れた声もあった。


「イジス!ラリア!おめでとう!やっとくっついたんだね!ずっと見守ってたよー!」


 二人の幼馴染であり、イジスの冒険に付き合ってくれたジェドだ。偶然居合わせたのだろう。イジスとラリアを揶揄いつつも祝福してくれた。


「ジェド!ありがとう!結婚式には来てくれよ!」


「もちろんだよ!お祝いは期待してて!」


「よーし!めでてえ席だ!歌うぞ!」


「おう!明るい奴だな!今日は喉が枯れるまで歌うぞ!」


「歌だけじゃ盛り上がりに欠けるぜ!だれか楽師呼んで来い!」


「てめえが行けよ!」


 あっという間に、【戦士の胃袋亭】はイジスとラリアの結婚の前祝い会場と化した。しかも騒ぎを聞きつけたのか、どんどん人数が増えていく。


「あーあ。もっとムードのあるプロポーズをするはずだったのに。うるさいったらありゃしない」


 ラリアは悪態をつきつつも、これ以上ないくらい幸せな笑顔だ。


(きっと、俺も似たような顔をしている)


「俺は皆に祝ってもらえて幸せだ。ラリアがここでプロポーズしてくれてよかった」


「ふふ。なら良いよ」


 イジスは最愛の人と微笑みあい、幸福を噛み締めたのだった。


閲覧ありがとうございます。よろしければ、ブクマ、評価、いいね、感想、レビューなどお願いいたします。皆様の反応が励みになります。

二章完結まで毎日更新予定です。時間はまちまちだと思います。

三章連載再開しました。また、2023/07/24。「プロローグ」を「はじまりの章」と改題。大幅に加筆修正しました。花染め屋の過去と、一章直前までの話を盛り込んでいます。修正前のプロローグを読んだ方にも、ぜひ読んで頂きたいです。

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