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気分は基礎医学  作者: 輪島ライ
2019年6月 薬理学基本コース

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67 気分は統計学

 それから教授室を後にした僕はヤッ君先輩に連れられて大学図書館のコンピュータルームに来ていた。


 本地先生の課題であるデータ出しの実習にはパソコンが必要になるが僕は大学には自前のパソコンを持ってきていない。


 薬理学教室には学生共用のパソコンは設置されていないので、僕は今後ヤッ君先輩と一緒に作業する際は図書館のコンピュータルームを使うことになった。



 分厚い封筒をキーボードの横に置いてデスクトップPCを起動させると、ヤッ君先輩はキャスター付きの丸椅子に腰かけた。


 リュックサックは床に下ろしてそのままパソコンの前の椅子に座る僕に話しかけてくる。


「いやー、さっきは疲れたでしょ」

「ええ、結構難しかったです。データ出しなんて言葉は今日初めて聞いたのでそこまで重要とは知りませんでした」


 将来的に基礎医学の研究者になるために3月から研修を受けている訳だが、6月の段階で早速「医学研究の神髄」を教わることになるとは思わなかった。


「本地先生は大げさに言ってるように思ったかも知れないけど、データ出しは本当に大事だよ。地味な作業の繰り返しだし最初はしんどいけど慣れてくるとスムーズに済ませられるようになるから、まずはボクと一緒に手を動かしてみよう」

「分かりました。お世話になります」


 そう言って頭を下げるとちょうどデスクトップPCのホーム画面が開いた。


 図書館にある共用のパソコンは大半が旧型のOSなので起動にも時間がかかるが、WordやExcelなどのソフトは一通り揃っているので1回生のレポート作成でも自前のパソコンがない学生はこの部屋を利用していた。


 それから18時ぐらいまでかけて人生初となるデータ出し作業に取り組んだのだが……



「じゃあ、さっき打ち込んだシートを基にとりあえずグラフを作ってみて」

「えっ、グラフってExcelで作るんじゃないんですか?」

「確かにExcelでも作れるけど、研究では統計処理専用のソフトを使うの。JMP(ジャンプ)って聞いたことある?」

「……漫画雑誌じゃないやつですか?」


 僕の知識があまりにも足りなかった。


 パソコンでデータ出しをやるといってもせいぜいWordとExcelが使えれば十分だろうと思っていたし、パソコン入力さえおぼつかない学生が大多数の現2回生ではタッチタイピングができるだけで尊敬されていたのでデータ出し以前にソフトの使い方を一から学ぶ必要があるとは思わなかった。


 それからヤッ君先輩はJMPという統計処理ソフトを起動し、習うより慣れよということで僕に実際に統計処理をやってみるよう指示した。


「シートを読み込んだらまずは列ごとに種類を確認してみて。ここの列はマウスが途中死亡したかどうかを表してて、途中死亡は0、最後まで生存したのは1って書かれてるよね。これは名義尺度として扱う必要があるんだけどこのソフトでは自動的に連続尺度として扱われちゃうの。ここをクリックして切り替えてみて」

「あのー、名義尺度って何でしたっけ……?」

「あれ、情報科学とか数理科学で習ってない?」

「数理科学ではおそらく習ってなくて、情報科学の講義は既に記憶の彼方で……」

「そっかー」


 知識が足りないのはソフトの使い方だけではなかった。


 ヤッ君先輩が普通に使っている統計用語が僕にはさっぱり分からず、これではソフトの使い方だけを覚えても仕方がない。


 18時半ぐらいまで肩を並べて頑張った結果、いきなり課題に取り組むのは無理そうなので明日から放課後は毎日ヤッ君先輩がレクチャーしてくれることになった。


 しばらくは統計学の簡単な解説から始めて、来週月曜には少しでも課題に取り組んで提出できる状態まで導いてくれるという。



 先輩のご厚意に感謝していると、そろそろお腹も空いたということでそのまま大学周辺の店で夕食をおごってくれることになった。


 雑談しながら夜の街を歩き、案内された先は僕も行ったことのある中華料理のチェーン店だった。


 この前食事をご一緒したのはパフェが美味しい喫茶店の廻船屋(かいせんや)だったのでヤッ君先輩もこういう大衆店に行くのかと少し驚いた。


 価格の割にボリュームが素晴らしい天津飯(ラージサイズ660円)は空腹を満たしてくれて、ビールジョッキに注がれた水を飲むと僕はようやく一息ついた。



「先輩、今日は散々ご面倒をおかけしたのにご飯までおごって頂いて申し訳ないです。僕自身ここまで統計を分かってないとは思いませんでした」

「あはは、大事な後輩と夜まで作業したのにご馳走せずに帰せないよ。美味しく食べてくれたならボクは満足です」


 豚肉と玉子のいりつけ(レギュラーサイズ500円)という通好みのメニューとライスを頼んでいた先輩はそう言うとビールジョッキの水を小さな口でこくこくと飲んだ。


 その様子はやはり愛くるしく、中華料理店に来てもヤッ君先輩はヤッ君先輩なのだなあと感じた。



「もう何か頼まなくていい? 餃子とビールぐらいなら全然いいよ?」

「ありがとうございます。まだ週始めなのでまた週末にでも食事する機会があればお願いします」

「なるほどね。お酒と程々に付き合う姿勢、すごくいいと思うよ」


 僕の前での先輩の振る舞いはとても優しくスマートで、この前の東医研のお茶会で看護学部生を冷たく叱っていた姿には少し引いてしまったがヤッ君先輩を怒らせるのはよほどマナーに反した態度の後輩だけなのだろう。

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