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気分は基礎医学  作者: 輪島ライ
2019年4月 生化学基本コース

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34 気分は劣等生

「ちょっと話は戻るけど、珠樹君はいつから化奈さんが好きだったの?」


 模試についてのコメントが続くとしんどいだろうと思って、僕は気になっていた話題を率直に聞いてみた。


「俺はカナちゃんとは2歳違いで、親も職場が同じなんで昔から姉弟(きょうだい)みたいに過ごしてきたんです。中学生くらいまでは本当の姉みたいに思ってたんですけどカナちゃんは高校生になってからどんどん綺麗になって、そうなると俺も昔みたいに話せなくなって……」

「うーん、確かに化奈さんは美人だよね。僕が言うのも変だけど」


 カナやんの従弟(叔父の息子)であるところの生島珠樹君は憧れの従姉であるカナやんに惚れている。


 日本の法律ではいとこ同士は結婚できるので珠樹君がカナやんを愛しても求婚してもいわゆる近親相姦にはならないのだが、現代日本では道徳的な観点からいとこ婚は一般的ではない。


 珠樹君がカナやんに告白して振られる分には(親戚同士で気まずいのは置いておいて)特に問題ないのだが、珠樹君はカナやんを振り向かせたいと思うあまり彼女が在学している畿内医科大学の医学部医学科を目指すと公言している。



 ここで問題なのは、カナやんは畿内医科大学に研究医養成コースで入学したので株式会社ホリデーパッチンの後継者にならないことが確定しているという事実だ。


 会社を順当に継承できるのは珠樹君一人になってしまった今、珠樹君まで医者になってしまえばホリデーパッチンという会社は正当な後継者を失い創業時からの親族経営は簡単に崩壊してしまう。


 珠樹君のご両親は彼を名門大学の経営学部に入学させ、卒後は大企業に就職させて次期社長となるための経験を積ませるつもりらしく親戚一同もその方針に賛同している。


 当然ながらカナやんを追いかけて医学部に入ることを認める親戚は一人もいないし、そもそも従姉に恋している時点で親戚一同はドン引きしているのが現状だ。



 とはいっても珠樹君にも自分の人生を自分で決める権利があるし、一度好きになってしまった気持ちを忘れるのは難しい。


 そういう経緯で、カナやんは自分に彼氏ができたことにすれば珠樹君も諦めるだろうと考えて僕を今日この場に連れてきたのだった。



「珠樹君は確か男子校に通ってるんだよね?」

「そうです。大阪の月光学院高校です」


 珠樹君が通っているという大阪月光学院高校は大阪府内の私立高校ではトップクラスの進学校で中高一貫の男子校だ。


 愛媛県出身の僕でも昔から名前は聞いたことがあり畿内医大の学生にも何人か出身者がいるらしい。


 ちなみにカナやんの母校である神宮寺(じんぐうじ)高校は大阪府内でトップクラスの中高一貫の女子校なので、二人とも似たような立ち位置の高校を卒業していることになる。


「嫌な言い方になったらごめんだけど、男子校で女の子とあまり会わないから他に好きな人が見つからなかったとか?」

「そう思われがちですけど、剣道部は結構よその高校とも交流があって近くの共学の女の子と付き合ってる友達もいます。実はこれまで他校の女子から何回か告白されたんですけど、カナちゃんに比べるとどうしても見劣りしてしまって全部断りました」

「そ、そうなんだ……」


 珠樹君がリア充スペックを自ら殺しているのにも驚くが、他に選択肢があってもカナやんが好きなのかとドン引きしてしまった。


「珠樹君が化奈さんに惚れたのは誰も批判できることじゃないと思うけど、彼女を振り向かせたいからってわざわざ同じ大学に入る必要はあるの?」


 気になっていたことをもう1点聞いてみた。



「それは俺自身悩んだんですけど、カナちゃんはうちの実家の仕事には全然興味がなくて、だからこそ研究をする医者になりたいんだと思うんです。それなのに俺が粉もんチェーンの経営者になったら彼女は絶対に振り向いてくれないんじゃないかと思ったんです」

「まあ、気持ちは分からなくもないかな……」


 珠樹君自身はよく分かっていないようだが、カナやんは株式会社ホリデーパッチンの仕事を嫌っている訳ではなくあくまで文系よりも理系の学問に興味があったから医学部に入ったに過ぎない。


 そのことを理解していれば彼女を追いかけて医学部に入るのはナンセンスだと気づくだろうが、そういう事情は僕から話しても信用されないかも知れない。


 となると、僕が指摘できるポイントは一つだけだ。



「珠樹君が化奈さんを好きなのは理解できるし、同じ大学に入るために努力するのも悪くないと思う。ただ、今の君はこのまま受験しても畿内医大には絶対受からないし、何年間も浪人したら化奈さんは確実に振り向いてくれなくなる。珠樹君は自分はこのままでいいと思ってる?」

「もちろん、このままじゃ駄目だと分かります」

「それなら大丈夫。今は高3の序盤だしこれぐらいの成績ならギリギリ間に合う。この成績表だけの話になるけどアドバイスしてみていい?」

「お願いします!」


 僕は大学受験の塾や予備校で継続的にアルバイトをした経験はないが、1回生の頃は友達のピンチヒッターとして何度か家庭教師の臨時アルバイトをやっていた。


 何より自分自身が二年間も浪人した関係上成績が上がらない受験生にありがちな問題点はよく知っていて、珠樹君の成績表はその典型例だった。

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