第2話 違う、そうじゃない
ご飯はすぐに食べ終わり、それからはお水を飲みながらもう少し話していた。
そんな時……
「あの……ヤッ君先輩。以前から気になってたことがあるんですけど、教えて頂いてもいいですか? その、先輩のような人を理解するために当事者から事実を聞いておきたくて」
「何でもどうぞ。ボク個人の話にはなるけどちゃんと答えるよ」
恵理ちゃんはゲイの人の性質に関する情報をボクに聞こうとしていると察し、ボクは椅子に腰かけたまま姿勢を整えた。
そして恵理ちゃんは緊張した表情のまま口を開いた。
「ヤッ君先輩は女の子と間違えそうになるぐらい綺麗ですけど……恋人さんの前では女装されてるんですか? あるいは、自宅ではずっと?」
「……ああ、うん。えーとね」
投げかけられた言葉に絶句しそうになったが、ここで黙り込むと悪意なく質問をした恵理ちゃんに余計な心配を与えてしまうのでボクは必死で言葉を探した。
「あのね、ボクみたいな人は男性が好きだけど女の子になりたい訳じゃないんだよ。あくまで男性としてそのままの状態で男性と付き合いたいし、実際にそうしてる。もちろん女装をする人もいるけどそれはスタンダードじゃないってこと。何て言えばいいのかな……」
「ご、ごめんなさい。ヤッ君先輩はご自宅で女装されてたりする訳ではないんですね。全員がどうこうというよりあくまで人によると」
「そうそう。だから何にしても最初から決めてかからない方がいいんじゃないかな。色んな関係の形があるからね」
申し訳なさそうな表情をしている恵理ちゃんに明るい調子で返答するとボクは会話を切り上げてレジで2人分の食事代を払った。
その日はそこで解散して、またご飯おごらせてねと伝えて恵理ちゃんと別れてからは大学に戻って研究を再開した。
1週間だけの春休みに行った動物実験のデータをまとめながら、ボクの脳内には先ほどの質問がぐるぐるしていた。
傷ついたとか腹が立ったとかいうことは一切ないし、同じようなことを男友達から聞かれたこともあるので慣れてはいる。
だけど日本国内では一般的なゲイの人の習性はまだ十分知られていなくて、「ゲイ」と「トランスジェンダー」との区別がされていないから「ゲイカップルはどちらかが女装している」という発想になる。
恋愛はあくまで男女間のものという価値観は伝統的な固定観念であり差別意識に基づいている訳ではないから性的少数者の側からそれを問題だと言い立てることは決してすべきではないけど、ボクは周囲から女装家と思われているのかと考えるとやはり憂鬱だった。




