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気分は基礎医学  作者: 輪島ライ
2021年10月 大人のカンケイ

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第6話 女子医学生VS女子医学部受験生

 そして来たる土曜日、うちは校舎の開校時間を少し過ぎた14時ちょうどに北辰精鋭予備校の天王寺校を訪れた。


 あらかじめスーツを着て校舎に向かう珠樹に合わせて、うちも生徒たちが違和感を覚えないように解剖実習慰霊祭の時に着たスーツを着てきていた。



「カナちゃん、もし気分が悪くなるようなことがあったら帰ってくれてええからね。これは本来俺の問題やから」

「逃げの姿勢やったらあかんで。あくまで悪いのは相手や!」


 生徒との話し合いを前にして緊張している珠樹にそう言い聞かせ、うちは3階建ての校舎の2階に階段で上った。



「よく来てくださいました。生徒はもうすぐ到着しますので、どうぞ奥の面談室にお入りください」

「ありがとうございます。ほら、行くで」

「う、うん。真崎(まさき)先生も今日はよろしくお願いします……」


 うちと珠樹を丁重に迎え入れてくれた真崎塾長の指示を受け、校舎の最奥にある面談室に入る。


 そこには4人が座って話せるように2つの長机と4つのパイプ椅子が並べられていて、うちはその一側に珠樹と並んで座った。



 そのまま無言で待っていると、校舎のロビーから人が歩いてくる音がした。



「さあ、どうぞ。関谷(せきたに)さんは化奈さんの向かい側に座ってくれるかな」

「……分かりました」


 真崎塾長と共に面談室に入ってきたのは今現在珠樹を困らせている京大医学部志望の女子生徒らしく、うちは振り向いて相手の姿を見た。


 関谷という名字らしいその女子高生はそれなりの美人ではあるものの長髪は全く整えられておらず、2年生のうちから難関校を目指しているということに嘘はないらしかった。



 女子生徒がうちの向かい側に、真崎塾長が珠樹の向かい側に座り話し合いが始まった。


 張り詰めた空気を少しでもほぐすべく、真崎塾長は落ち着いた面持ちで口を開いた。



「今日は皆さん忙しい中ここまで来てくださってありがとうございます。まず関谷さんに言っておくけど、僕はこの話し合いでは誰の肩を持つつもりもない。僕個人は生島先生がこの校舎を辞めるほどの悪いことをしたとは思っていないが、ここはあくまで話し合いの場だから決して誰かを支持したり誰かを否定したりはしないと約束しよう。あくまで見守りに徹して、その結果を公平な立場から保護者の方にお伝えする。では、どうぞ話してください」


 中立的な立場で話し合いを見守ると宣言した塾長に女子生徒は黙って頷いた。


 何かを言い出そうとして言い出せない様子の彼女に、うちは話を切り出す。



「関谷さん……やったっけ。リストカットしたって聞いたけど、これまでも何回かやったことあるん? 今回が初めて?」

「初めてです。痛くって、しっかり切れなかったけど」

「そうなんや。傷口って今も残ってるん? 包帯とか見せて貰える?」

「今はほとんど塞がってます。見せるようなものなんてないですし、見せたくもないです」

「あー、もう塞がっとるんや。ごめんな、もうちょっと本格的なリストカットやと(おも)てたわ」

「……!」


 畳み掛けるように言葉をぶつけると、女子生徒は敵意をあらわにした表情で黙り込んだ。



「うちは医学生やから精神科の授業でリストカットした患者さんの写真見たことあんねん。痛々しかったで。いくつも傷口があって、骨見えるんちゃうんっていうぐらい深く切り込んでて。それぐらい辛かったんやろうな、うちには分からへんけど」

「あなた、何が言いたいんですか!? さっきから関係ない話ばっかりして……」

「関係なくないやろ、関谷さんもリストカットした当事者なんやから。あとうちには生島化奈っていう名前があんねん。年上の女性にあなたって呼びかけるのは失礼やで」


 容赦なく厳しい言葉を投げかけると、女子生徒はうつむいて何も言えなくなった。



「本題に入るけど、関谷さんは珠樹のこと本気で好きやったんやんな? 恋人がいてもアプローチするぐらい本気で好きやったんやな?」

「ええ、そうです。生島先生はこの塾で一番有能で真面目なチューターさんで、私はいつも先生を頼りにしていました」

「だったら何でリストカットなんてしたん。珠樹が関谷さんにもう一切連絡してくるなって言うたんか。ルールを守った上でちゃんと質問対応受け付けるって言うてたやろ。うちには関谷さんが珠樹に嫌がらせしてるとしか思えへんで」

「そんなこと……」


 相手の理解不能な行動を冷静に責め立てると、女子生徒は表情を厳しくして口を開いた。


 隣に目をやると、珠樹はうちと関谷さんとの応酬を見て何も言えなくなっていた。

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