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気分は基礎医学  作者: 輪島ライ
2021年5月 2021年5月の微生物学ボーイと元ヤンデレ歯学生

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第5話 ちょっと待てゴーストライター

 そしてゴールデンウィークが明けてから、俺は病院実習の終了後に文芸研究会の現主将である三原君を図書館前のロビーに呼び出した。


 彼女は現在看護学部看護学科の4回生で、卒業を控えて病院実習と国試に向けた勉強で忙しいためそろそろ医学部3回生の佐伯(さえき)君に主将の座を譲るつもりだと話していた。



「……という訳で美波の後輩に俺が書いた小説を見せないといけないんだ。とは言うものの君もご存じの通り……」

「そうですな、マレー殿は一作品も小説を書いたことがありませぬから」


 まだ主将とはいえ病院実習で忙しい三原君にわざわざ医学部の構内まで来て貰ったのは申し訳なかったが、彼女を呼んだことにはちゃんと理由があった。


「本当にものすごく申し訳ないんだけど、三原君の書いた小説を俺の名義で部誌に載せて貰うことはできないかな? 書いたけど発表しなかった作品とか最後まで書けなかった作品でも全然いいし、部誌の刊行費用は全部俺が持つ。ダミーの部誌なら部数は5部ぐらいでもいいし」


 三原君は1回生で入部した後すぐにショートショートを中心として大量の小説を書き始め、それから3年と少しの間に部誌『風雲(ふううん)』に掲載された彼女の小説は30作品近くにも及ぶ。


 彼女はその過程で没にした作品も大量にあると以前話しており、俺はその作品を一つ使わせて貰えないかと恥を忍んで頼んだのだった。



「マレー殿の大変な状況には同情致しますし、すぐにご提供できる作品はいくつもありますが没にしただけあってあまり面白くないのです。そのお話を聞く限りでは、奥様の後輩は面白い作品を期待しているのでは?」

「大丈夫、あくまで美波から見てすごく面白いとしか言ってないから内容がつまらなくても美波の文学的才能が後輩から疑われるだけだ。……うん、俺全体的にひどいことしてるな」

「それはもう確かだと思われます……」


 文学に強い興味を持つ後輩から美波が(さげす)まれる結果になるかも知れないと分かっていてゴーストライターを頼んでいる自分には嫌悪感を覚えたが、それでも美波が後輩との約束を破るよりはよいと思わざるを得なかった。


 それから引き続き話し合った結果、三原君は過去の没作品を2つほど俺の作品として使ってよいと言ってくれた。



「今日はありがとう。この埋め合わせは後でちゃんとするから、三原君にはこれからも文芸研究会をよろしく頼む。コロナ禍が明けて飲み会とかをやることになったらぜひ呼んでくれ」

「もちろんでございます。その際はこちらの方もよろしく頼みますぞ」


 三原君は飲み会の際にクラブへの寄付金をいくらか払って欲しいとジェスチャーで頼んできて、俺は主将経験者として当然だと思いつつ頷いた。


 その時。



「あっ、マレー先輩と三原さんじゃないですか! お久しぶりです」


 肩掛けカバンを(たずさ)えて講義実習棟の方から歩いてきたのは文芸研究会所属の医学部4回生にして俺と美波にとっての恩人である白神(しらかみ)塔也(とうや)君だった。


「お久しぶりでござります、白神殿。文芸研究会とは直接の関係はないのですが、野暮用でご相談をしていた所なのです」

「へえー、部活休止期間中ですけど何かあったんですか?」

「ああ、もちろんこっそり活動をやろうとかいう話じゃないよ。というのは……」


 白神君は三原君ほどではないが文芸研究会の活動に参加してくれていて、病理学教室での学生研究で忙しい関係上クラブの運営にはあえて関与して貰っていないが俺と彼の仲でもあるので事情を話すことにした。



「という訳で、三原君のショートショートをいくつか提供して貰えることになった。未完の作品もあるらしいけど残りの部分を書くぐらいはできるしな」

「マレー先輩。……まだ諦めるのは早いんじゃないですか?」


 今回起きた問題の解決策を最初から順を追って話したのだが、白神君は真剣な表情でそう尋ねてきた。



「どういうことだ? 俺はどうしても小説は書けないんだけど……」

「マレー先輩が重厚なSFとかファンタジーを好まれているのは知ってますけど、世の中にはもっと身近なテーマで書かれた小説だって一杯あるじゃないですか。私小説? とかいうらしいですけど、先輩も自分の人生経験を小説にされてみてはどうですか?」

「一理あるけど、人生でそんなに色んな人とは付き合ってこなかったからなあ。部活はマイナーな文化部だけだったし、生徒会活動とかもやってこなかったし……」


 私小説なら書けるのではないかという白神君の意見は理解できたが、狭いコミュニティばかりで生きてきた俺は全体的に人生経験が浅い。



「先輩、青い鳥は意外と近くにいるって言うじゃないですか。つまり……」

「なるほど、マレー先輩の奥様は小説の題材として大変面白いということですな。拙者もその意見に大賛成です」

「ああ、美波を!」


 白神君は美波を題材にした小説を書くべきだと俺に勧めていて、意図を理解した俺はその発想はなかったと感じた。


 美波は俺がこの世で一番好きな女性であり一番困らされてきた相手でもあるが、彼女を小説の題材にしようと考えたことはこれまでなかった。



「小説を見せる相手が相手ですから絶対にモデルを特定できないようにする必要はありますけど、ともかく先輩は小説を自分で書いてみるべきだと思います。それで上手くいかなかったらその時は三原さんに頼んでみてはどうですか?」

「そうだな、君の言うことは本当にもっともだから俺も美波を題材に小説を書いてみるよ。今日はありがとう」


 それから少し雑談をしてから白神君と三原君はそれぞれ学生研究とアルバイトのため図書館前から去っていった。


 俺はそのまま美波の実家に直帰し、自室に戻ると夕食に呼ばれるまでパソコンのキーボードを叩き続けた。

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