229 気分は果てない涙
「朝ご飯食べたのが特急の中なら、そろそろお腹空いてるでしょ? 近くの和菓子屋さんで何か買ってくるからちょっと待っててくれる?」
「杏子さん、それなら私も行きます!」
「駄目駄目、せっかく彼氏の実家まで来たんだから隅々まで見て行ってちょうだい。ちゃんと掃除してあるから塔也に案内させてあげてね」
「分かりました。お世話になります」
母はそう言うと自動車のキーを持って玄関から外出し、そのままあの白い普通車に乗っておやつを買いに行った。
ダイニングテーブルの椅子に座ったまま沈痛な表情をしている僕に、壬生川さんが心配した表情で話しかけてくる。
「……塔也、さっきからどうしたの?」
「いや、何でもないんだ。……ごめん、何でもなくない」
頭の中が一杯になり返答になっていない返答を口にすると、壬生川さんは僕の隣の椅子に再び腰かけた。
「それ……どういうこと?」
静かに尋ねた壬生川さんに、
「この家の駐車場に、白い車あったでしょ。母さんのマイカーはあんな古い車じゃなくて、水色のレイアスだったんだよ。……この、テレビもさ」
僕は早口で言葉を続けると、椅子から立ち上がってダイニングの隅にある液晶モニターを指さした。
「こんな小さい液晶モニターじゃなくて、70インチのでっかいテレビだったんだ。1年前に実家に帰った時は、本当にそうだった」
「…………」
沈黙している壬生川さんにも構わず、僕は液晶モニターの置かれているスタンドの前に座り込むと頭を抱えて目を閉じた。
「母さんは仕事人間なんかじゃなかった。意味もなく土日にバイトを入れるなんて、絶対あり得ないんだよ。でも、それは……」
僕の傍に近づこうとしてダイニングの床に立ち尽くしている壬生川さんに、
「うちの家に、金がないからなんだ。研究医養成コースで学費が減免されたって、母さんは僕の学費払うのでギリギリだったんだ……」
不明瞭な発音で一気にそう言うと、両目から涙が溢れてきた。
ダイニングの床に座り込んだまま、僕は久々に泣いた。
壬生川さんの前で弱い所を見せたくないと思っても、今はどうしても泣きたかった。
「塔也……」
泣いている僕を見て、壬生川さんは僕の隣に座り込んだ。
そのまま僕の背中を抱くように両腕を回し、彼女は自分の胸元に僕の顔をうずめさせた。
「泣かせてあげるから、今のうちにここで泣いて。……良かったら、何があったのかちゃんと教えて」
「……ありがとう」
壬生川さんの温かく柔らかな身体に包まれたまま、僕は気が済むまで泣いた。




