227 気分は里帰り
特急の松山駅に降り立った僕と壬生川さんは駅前の乗り場に停まっていたタクシーに乗り込んだ。
時刻は既に13時を回っており、そろそろ昼食に何か食べたい気もしたがとりあえずは目的地を目指すことにした。
「この住所までお願いします」
「分かりました。ここからなら早いですよ」
2つのトランクをタクシーの後部スペースに押し込むと、僕は運転手さんにスマホの画面を見せて実家の場所を伝えた。
松山駅から実家までは歩くと25分ほどかかるがタクシーなら10分足らずで移動できる。
「お2人とも、この時期に松山まで来たっていうと里帰りですかね?」
「ええ、お互い大学生で地元が同じなので」
「そうなんですか、いやーお若い!」
壬生川さんの返答に気さくな中年男性の運転手さんはかっかっかと笑いながら言った。
「大学生というと、どういった所に通われてるんです?」
こういう時に必ず出る質問に、僕は右隣の壬生川さんに目くばせすると、
「医療系の学部に通ってます」
とだけ伝え、運転手さんはなるほどと短く相槌を打った。
東京や大阪のような都会には社会的なステータスで医師を上回る仕事がいくらでも存在するが、愛媛県のような地方では医師よりもステータスが高いと世間的に見なされる仕事がほとんど存在しない場合が多い。
そういった環境では医学生に敬意を持つ人々と嫌悪感を持つ人々とが二極化しがちであり、地方出身者の僕はこういった場面ではあえて医学生と名乗らないようにしていた。
壬生川さんも僕の意図は理解してくれたようで、それからは運転手さんと世間話だけをしているとタクシーはあっという間に僕の実家へと着いた。
運転手さんに僕からお金を払い、トランクを下ろして一軒家の玄関先まで歩く。
「ここがあんたの実家なのね。初めて来たけど、ここなら私の昔の家から歩いて5分ぐらいね」
「そうなんだ。やっぱり同じ中学校だっただけあるね……」
壬生川さんのコメントに答えつつ、僕は1年ぶりに帰った実家が様変わりしていることに気づいた。
一軒家の駐車場にいつも停まっていた水色のレイアスの姿がなく、明らかに古びた白い普通車が停まっている。
ヨトダの高級国産車レイアスは母のお気に入りの車種で、出かける時はいつもレイアスに乗っていたはずだ。
「じゃあインターホン鳴らしてくれる?」
「あ、うん、すぐやります」
駐車場を見て硬直していた僕に壬生川さんが行動を促してきた。
インターホンを鳴らすと母はさっさと出てきて、玄関扉を開けるなり、
「あらー、新婚さんみたいね。いらっしゃいませ、かわいい彼女ちゃん」
しっかりと化粧をした顔で明るく言った。
「塔也君と交際させて頂いています、壬生川恵理と申します。こちらこそよろしくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げた壬生川さんに、母も笑顔で会釈していた。




