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気分は基礎医学  作者: 輪島ライ
2019年12月 生理学発展コース

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225 気分は駅弁

 研究医養成コース2年次転入生のカリキュラムもそろそろ大詰めを迎え、12月からは生理学教室の発展コース研修が始まった。


 6月の試験以来久々の再会となる天地(あまち)教授は僕が既に病理学教室への配属を決めていることを承知してくれていて、今月は壬生川さんの学生研究を手伝ってくれれば特にそれ以外の仕事は課さないと伝えられた。


 天地先生は僕が生理学教室への配属を検討していれば教授直々に研究について教えてくれるつもりだったらしく、今月は負担を軽くする代わりに来年2月の病理学教室発展コース研修では全力を尽くすようにとのことだった。


 壬生川さんが研究している神経伝導系の生理学についてはゼブラフィッシュを用いた実験を手伝っていて、小型でも魚の取り扱いは初心者には難しかったがマウスの実験に比べればまだやりやすいと思われた。



 今月は壬生川さんを手伝う以外には本当に何も課題がないのでいつもより余裕のあるスケジュールの中で頑張って試験勉強に取り組み、12月中旬に行われた薬理学と病理学の定期試験には両方とも合格できた。


 これで現在まで2回生の定期試験には全て合格できたことになり僕は安心して12月20日から冬休みに入った。


 そして冬休みが始まって間もなく、僕は壬生川さんと列車の旅に出かけた。



「おはよう、待たせてごめん」

「あら、意外と早かったじゃない。荷物もちゃんと持ってきてるわね」


 2019年12月23日、月曜日。時刻は朝9時30分。


 下宿の押し入れにしまっていたトランクを久々に取り出し荷物をまとめて阪急皆月市駅から電車に乗り込んだ僕は、新大阪駅で壬生川さんと合流した。


 今日の彼女は黒髪ロングヘアを綺麗に整えてコンタクトレンズを着用したハレの日モードの姿で、衣服も派手になりすぎない範囲でお洒落なスカートルックを身にまとっていた。


 年明けまで実家に滞在する僕と異なり彼女は2泊してから大阪に戻ることになるが、女の子だけあってか持ってきたトランクの大きさは僕とあまり変わらなかった。



「朝ご飯食べた? 私はまだだから岡山駅で駅弁買おうと思ってるんだけど」

「うん、僕もそのつもり。とりあえず改札入ろうか」


 壬生川さんは今回新幹線と特急のチケットも予約してくれていて、改札近くの自動券売機で新大阪→岡山の新幹線チケット(自由席)と岡山→松山の特急券(指定席)を発券してくれた。


 僕の分のお金は松山に着いてから払ってくれればいいと言って彼女はそのまま改札へとトランクを引きずっていった。



 そのまま何事もなく新幹線に乗り込むと僕らは1時間もかからず岡山駅にたどり着いた。


 まだ帰省ラッシュの時期には早いからか新幹線は()いていて、僕と壬生川さんは2人掛けの自由席に並んで座ることができた。


 車内で彼女はスマートフォンにイヤホンをつないで音楽を聴いていて、僕は下宿から持ってきた文庫本(文芸研究会の蔵書)を黙々と読んでいた。


 岡山駅にはこれまで何度か来たことがあるがいつも通りの落ち着いた雰囲気で、様々なおいしい駅弁を販売している売店に入ると僕と壬生川さんはどのお弁当を買おうか考えていた。



「んー、魚介系で行くかお肉系で行くか迷うけど……こっちの方が安いと言えば安いわね」


 明石海峡で採れたタコを使ったたこ飯弁当(1000円)と淡路島産の豚肉を使ったスタミナ弁当(800円)の両方を見ながら壬生川さんは唸っていた。


 一般的に女の子はカロリーの高い弁当は敬遠しがちだが女子バスケ部員であり運動習慣のある壬生川さんは普段から女の子にしてはよく食べる方だった。



「じゃあ僕がお肉系の弁当買うからちょっと分けようか?」

「それいい考えね。でもあんたは満足できるの?」


 彼女がそう聞き返した瞬間、



「奥さん、それならこちらのお弁当がお勧めですよ! 豚肉と鶏肉の豪華弁当です!!」


 売店のおばさんは(ほが)らかな笑顔で呼びかけ、壬生川さんは硬直していた。



「お、奥さんって……」

「それいいですね、じゃあ豪華弁当とたこ飯弁当でお願いします」


 おばさんの心意気に感謝しつつ豚肉と鶏肉の豪華弁当(1100円)とたこ飯弁当を買い、専用の袋に入った駅弁を受け取ると僕らは店を出た。



「丁度いいサイズのが買えてよかったね。あれなら壬生川さんに分けてあげても大丈夫」


 近くの自販機でお茶を買いながらそう言うと、


「奥さんって……私、そんなに老けて見える?」


 壬生川さんはショックを受けたまま呟いていた。



「まあ、年にしては貫禄(かんろく)ある方かも」

「ちょっとあんたそれどういう意味!? あたし標準体型だから!!」

「あ、ごめん……」


 大人びていて頼りがいがあるという意味で言ったのだが、彼女は違う意味で受け取って傷ついているようだった。

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