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気分は基礎医学  作者: 輪島ライ
2019年10月 解剖学発展コース

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197 ある地味な男の話

 兵庫県南東部には大阪府との境目に位置する川西市という地味な自治体があり、そこにはJR川西池田駅に加えて阪急川西能勢口駅というこれまた地味な駅がある。


 川西能勢口駅は阪急宝塚線の沿線でも梅田、十三、豊中といった都市部の駅はもちろん石橋や宝塚といった駅にも知名度で劣りかねないような存在感ではあったが能勢(のせ)電鉄への分岐点となることもあって年間を通して人通りは多く、主要な商業施設も駅前にほとんど揃っている点で十分に栄えている駅ではあった。


 その阪急川西能勢口駅を西改札口から出て北向きに5分ほど歩いた所には医療系サービス業が集合している雑居ビルがあり、「柳沢(やなざわ)医院」という小さな診療所はその3階の一室にあった。


 畿内医科大学医学部医学科2回生の柳沢雅人は1997年に柳沢医院院長の一人息子として生を受け、地元の開業医の息子ということでそれなりに裕福な生活を送ってきた。



 診療所を経営する彼の父親は耳鼻科と皮膚科と形成外科を標榜(ひょうぼう)しているが専門医資格の(たぐい)は一切持っておらず、地元の患者からの相談を何でも聞いては適当な対応で済ませるパッとしない医者であった。


 彼の母親はやはり川西能勢口駅前で歯科医院を開業している歯科医師で、夫と比べると職業人として若干有能ではあったがそれでも地元の患者以外を見ることはない平凡な歯科医師だった。


 そういう両親から生まれた雅人はやはりパッとしない子供になり、幼い頃からピアノや習字、そろばんや絵画といった習い事を色々とやっては一つも身に付かず、その習性は大学生になるまであまり変わらなかった。



 パッとしない少年であった雅人には中学受験に挑めるほどの学力もなく、地元の公立小学校を卒業後はそのまま地元の公立中学校に進学し、高校受験ではそれなりに頑張って川西市内の公立トップ校に合格した。


 といっても(なぎ)高校や陽光学院高校といった中高一貫の進学校が多数存在する兵庫県では公立高校の倍率は非常に低く、公立トップ校に入学できて浮かれていた彼は大学受験では結局二浪することとなった。


 学力的に相応(ふさわ)しいとされた地方公立医大に2年連続で落ちた雅人は併願校の畿内医大でも補欠合格者候補にすらなれなかった。



 この結果を受けてこれから息子の学力が劇的に上がる見込みもないと判断した両親は、二浪目の受験では歯学部歯学科を第一志望にするよう彼に勧めた。


 柳沢家に生まれた子供は雅人一人であり、父親の診療所と母親の歯科医院のどちらかは継承する人間がいなくなると分かっていたから歯科医師になって母親の歯科医院の後を継ぐのも全く悪くない人生ではあった。


 雅人自身はできれば医師になりたかったが医師としての父親をそこまで尊敬していた訳でもなかったので、両親の勧めを受け入れて二浪目は地方国立大学の歯学部歯学科を第一志望として受験した。


 結果から言うと彼は地方国立大学の歯学部にも受からなかったのだが何の間違いか半ば記念受験で受けた畿内医大の医学部医学科には補欠合格を果たしてしまい、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て念願の医学生の座を勝ち取ることができたのだった。



 徹頭徹尾(てっとうてつび)地味でパッとしないのが特徴の雅人だったが、彼には地味でパッとしないからこその長所があった。


 話が特別面白い訳でも何か特技がある訳でもないが、他人と話していて相手を不快にさせることは一切ない。


 ひたすら無害な男で、気楽に付き合いやすいということでどんな集団でも何人かは友達を作ることができる。



 高校を卒業する頃には彼も自分自身の性質に気づいていたから、畿内医大に入学後も大学デビューなどは一切考えずこれまでと同じ調子で平和に学生生活を送っていこうと決意したのだった。


 そんな彼の決意をあっという間に(くつがえ)したのは、人生で初めての一目惚れだった。

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