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気分は基礎医学  作者: 輪島ライ
2019年10月 解剖学発展コース

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184 気分は脚本家

 同じ週の木曜日、僕は放課後にマレー先輩と文芸研究会の部室で落ち合った。


 この日は剖良先輩は部活のため放課後の研修はなく、僕はこの機会を利用させて貰おうと思った。


 美波さんのご懐妊が発覚したばかりの先輩を呼び出すのは正直気が引けたが、こういう時に頼れる男性の先輩はマレー先輩しかいないため僕はメッセージアプリで先輩を呼び出した。



「あんまり久しぶりでもないけど今日はよく来てくれた。大学祭の演劇の原稿を書いてくれたんだって?」

「ええ。部誌に載せる小説を書こうと前から悪戦苦闘してたんですけど、気分転換に演劇の台本を書いてみたら初めて最後まで書けたんです。見て貰えませんか?」

「もちろんいいぞ。どれどれ……」


 部室のソファに腰かけた先輩に、僕は今月前半にWordで書き上げていた原稿をA4コピー用紙に印刷したものを手渡した。


 台本をぱらぱらとめくりつつ読んでマレー先輩は目を見開きつつ何度か頷いていた。


「……白神君、これは君のオリジナルだよな?」

「そうです。台本の書き方はウェブで調べただけなんですけど、内容は自分で考えました」


 僕の趣味の一つに海外ドラマの鑑賞があり、特にアメリカのドラマには演劇を映像に落とし込んだような作風のものも多いので僕はその視聴経験から舞台の台本を書くことができた。



「はっきり言うが、初めて書いてこのクオリティは中々だ。表現を微修正すればこのまま演劇の台本として使えるし、うちの大学祭ならこの内容で十分に素晴らしい舞台になるだろう。演劇部にこれを送ってもいいか?」

「全然大丈夫ですし、そう言って頂けて嬉しいです。後でファイルを送りましょうか?」


 それからマレー先輩と相談して、僕は帰宅後に元のWordファイルを先輩に送ればよくそのファイルは先輩から演劇部へと送信してくれるとのことだった。


 演劇部は11月中旬の大学祭に向けて台本を募集しており、1つはマレー先輩の新作で決まっていたがもう1つは検討中だったので僕の作品も候補に入れてくれるらしい。


 マレー先輩はそれから来年1月刊行予定の部誌『風雲』の掲載作品についても軽く話してくれて、次回はマレー先輩や三原さんといったいつもの面子に加えて医学部1回生の佐伯(さえき)君も作品を書いてくれるとのことだった。



「それはそれとして、俺を今日ここに呼んでくれたのには何か理由があるんだろう?」

「ええ、実はそうなんです。美波さんのこともあってお忙しいのにお呼び立てして本当にすみません」


 台本の原稿を提出するにしても今の時代はメッセージアプリでファイルを送れば済ませられるので、先輩は僕の真意を察してくれているようだった。


「いやいや、俺と白神君の仲だからこれぐらい何も気にしないよ。それで用というのは?」

「今月は解剖学教室の発展コース研修を受けてるんですけど、剖良先輩が色々と大変で……」


 具体的な用件を尋ねたマレー先輩に、僕は剖良先輩が現在置かれている苦境と不安定になっている彼女の精神状態について伝えた。


 マレー先輩は剖良先輩の性的指向も彼女が親友であるヤミ子先輩を愛していたことも既にご存じであり、僕が剖良先輩のことを相談できる唯一にして最良の相手だった。


 ヤッ君先輩はご自身も同性の親友への叶わぬ思いで悩んでいた経験があるので今回はヤッ君先輩にはあえて相談しないと決めていた。



「……なるほどな。剖良君が不安定になってるのは俺も薄々気づいてたけどそこまでひどいとは知らなかった」

「僕自身はそれほど困ってはいないんですけど、今の剖良先輩はあまりにも危ういんです。剖良先輩が万が一失恋のショックでご自身を傷つけたり人間関係を壊してしまったりしたらと本当に心配なんですけど、僕はちょっとずれたアドバイスをしてしまって……」

「そうなのか?」


 僕の失敗について尋ねたマレー先輩に、僕は剖良先輩に新しい出会いを見つけるよう促したのが裏目に出てしまったことを正直に話した。



「そうかそうか。剖良君は自分から新しい出会いを見つけに行って成功したけど、そのことでかえってヤミ子君を忘れられない自分に気づいてしまったんだな。その相手は剖良君に期待してくれている訳だからある意味では八方(はっぽう)(ふさ)がりになったと」

「ええ、そういうことです……」


 申し訳なさを感じながら答えた僕にマレー先輩はふむふむ、と頷いた。

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