165 2人きりの夜遊び
「上手いぞ、薬師寺。そのままホワイトを援護しながら敵陣で暴れるんだ」
「こうかな? ……よし、これならいけそう」
4台並んだ筐体の右端に座り、龍之介は操作画面の左側にあるレバーを動かしつつボタンを押した。
初期選択可能キャラクターの1人であり攻撃属性のバクレツ少女で最も有名な「オレンジパンサー」の得意技はジャンプ攻撃で、2マス先の敵を攻撃しながら敵陣の柵を越えて侵攻できる。
遊び始めた当初は爆破属性のバクレツ少女しか上手く扱えなかった龍之介はプレイを繰り返すうちに攻撃属性や迎撃属性のバクレツ少女も使いこなせるようになってきて、そのうちに防衛属性のバクレツ少女を使う練習も始めるつもりだった。
先ほどから4名対4名でのオンライン対戦が行われており、他の店舗のプレイヤーが操作する爆破属性の「ホワイトキャット」は大量の爆弾を置いて敵陣の柵や迎撃兵器を破壊し、防衛属性の「ピンクラビット」は自軍の拠点付近の防備を固めている。
公祐が操作する迎撃属性の「グリーンドッグ」は正確な射撃で敵陣営のバクレツ少女を次々に撃破し、両陣営の戦いは既に勝敗が決まりつつあった。
敵陣営の拠点を直接攻撃し始めた「ホワイトキャット」に続いて龍之介の操作する「オレンジパンサー」も拠点攻撃に加わり、それから数十秒の攻防戦で敵陣営の拠点は陥落した。
勝利を祝って他の店舗のプレイヤー2名に感謝のメッセージを送り、1コインで1回回せるくじ引き「バクレツガチャ」で新たなコスチュームを入手すると龍之介と公祐は一旦筐体を離れた。
一緒に自販機で飲み物を買ってから、2人はゲームセンターの休憩スペースのソファに座って話し始めた。
「今日は誘ってくれてありがとう。呉君が合宿に来てたのには驚いたけどまさか合宿中にゲーセンに行けるなんて。ここは前から知ってたの?」
「元々は合宿中に1人でゲーセンに行きたくて、ホテルの周りにあるかどうか調べてたんだよ。オレの方こそお前と行けるとは思わなかった」
ソファにもたれて紙パックの野菜ジュースをストローで飲みながら、公祐は嬉しそうに答えた。
周囲を見渡すと既に23時を過ぎているにも関わらず店内には所々若者の姿があり、ベッドタウンでは貴重な夜遊びの場なのだろうと思われた。
「スクエア・ワン」のコズミックキューブ店は大阪港湾コズミックホテルから歩いて10分ほどの場所にある複合娯楽施設で、龍之介と公祐が現在滞在している2階のゲームセンターの他に1階にはカラオケボックス、3階にはボーリング場と様々な娯楽施設が同時に運営されている。
スクエア・ワン自体は全国展開されているチェーン店だが店舗の巨大さから出店できるのは郊外か地方都市に限られているので、龍之介もスクエア・ワンを訪れた経験はこれまでの人生で2、3回しかなかった。
研究医養成コース合宿の1日目、龍之介はポスター発表が終わるとすぐに公祐に会いに行き、その際に夜にゲームセンターに行く約束をした。
ほどよく涼しい9月の夜道を並んで歩きスクエア・ワン2階のゲームセンターに入った2人は、そのまま2時間以上もアーケードゲーム「バクレツ少女前線」に没頭していた。
8月にJR京都駅前のゲームセンターで初めて出会った際に龍之介は公祐からこのゲームを勧められ、それからは一緒にゲームセンターに行くたびにプレイしていた。
このゲームでは初期から選択可能なキャラクター(バクレツ少女)は4名しかおらず新たなキャラクターは「バクレツガチャ」で抽選により入手するしかないが、龍之介は追加コインのおかげもあって既に3名のキャラクターを新たに入手していた。
「薬師寺もそろそろ初心者は脱しつつあるな。ところで、上手い下手は置いておいて好きなキャラクターはいるか?」
「えーと、ボクはやっぱりオレンジパンサーが好きかな。女の子には興味ないけど頼りがいのある人が好きだから」
「なるほどな。オレは清楚なのが好きだからブラックウルフが一押しだよ。結婚するならああいう人がいいな」
バクレツ少女は全員が美少女キャラクターであり、それぞれモチーフとなる色と動物が存在している。
それぞれのバクレツ少女は個性と萌え要素に溢れており「バクレツ少女前線」の愛好者にはいわゆるオタクなゲーマーも多い。
「そっかー、呉君は黒髪ロングの女の子が好きなのかあ……」
自分には似ても似つかないなと龍之介が軽く落ち込んでいると、
「ああ、あくまで女ならって話だよ。オレたちはそういう話を本気でする人間じゃないだろ?」
公祐は明るい口調でそう言って右手で龍之介の頭をがしがしと撫でた。
公祐は龍之介がゲイであることを初対面で見抜き、そのことを指摘すると同時に自身もゲイであることを打ち明けた。
龍之介は当初公祐は自分をからかっているのだろうと思っていたがその後にメッセージアプリでやり取りした結果、彼の言ったことは本心からだったと理解した。
それからはデートを兼ねて2人で何回かゲームセンターに行き、龍之介は公祐に強く惹かれている自分に気づいていた。
今のところ正式に交際するという段階には至っていないし2人ともゲイであることを世間にカミングアウトしている訳でもないので、龍之介は関係の進展を急がずまずは公祐とより関係を深めていこうと考えていた。
野菜ジュースを飲み終えた公祐はトイレに行くと言ってソファを立った。
彼を待っている間に用事を済ませようと、龍之介はスマホを取り出した。
メッセージアプリを開いて同じ客室に泊まっている同級生の物部微人にメッセージを送り、帰りが24時を過ぎそうなので先に寝ていて欲しいと伝えた。
客室内に男2人しかいない関係上龍之介が戻るまで入り口のロックは解除したままにしてくれているらしいので、遅くなっても客室に入れなくて困るということはないようだった。




