二人の夏の終わり
ボイコネライブ大賞の応募条件に沿った書き方をしています。
少し見慣れないかもしれませんが、楽しんで頂けたらと思います。
“花火せん?”
あと一つとなった夏休みの宿題に手をつけていると、数時間前からやり取りしていた相手からそんなメッセージが届いた。
それを目にした瞬間思わず立ち上がっていた私は一度深呼吸をして、震える手を抑えながら“親に聞いてみる”と返す。
慌てて下に降りて聞いてみると、21時までならと制限をかけられるも無事承諾してもらい、それを彼に伝える。
すぐに”迎えに行く”と返ってきて、位置情報を送った後はそわそわしながら待った。
それから40分後に“着いた”というメッセージを目にした私は、最後の身だしなみチェックをしてリビングにいる両親に行ってきますと声をかける。
その際に改めて「21時前には帰って来てね」と念を押され、正直面白くなかったが何となく罪悪感があったので素直にはーいと返事をした。
統矢:…よお。
玄関の扉を開けると、自転車に跨ってスマホをいじっていた彼が照れ臭そうに片手を上げた。
心臓がドキリと跳ねる。
由奈:早かったね。
統矢:飛ばしてきた。
由奈:ほんとだ。めっちゃ汗だくじゃん。
統矢:…あんま見んな。
そう言ってカゴに入っていたタオルで雑に顔を拭く。
そんなに汗だくになってまで来てくれたんだ、という言葉を慌てて飲み込んだ。
由奈:あ、もう花火買ってある。
統矢:21時までだろ。時間短縮。
花火出来るような所ある?
由奈:ありがとう。こっち。
自転車を押して歩く彼の横に私も並んで、近くの公園へ向かう。
何となく、沈黙が流れる。お互い緊張しているのが分かった。
私達は同じ高校に通う同級生だけれど、クラスは違うし全く喋った事もない。友達になったのはこの夏休みだ。
いつも5人組で遊んでいる彼のグループの1人と私の友達2人が知り合いで、偶然海で居合わせた事がきっかけだった。
それから遊ぶ様になり、何回か集まってはショッピングしたりカラオケしたりして、おかげでこの夏は大いに楽しませてもらった。
どの男の子も気さくで面白い人達ばかりなのだけど、とりわけ彼とはよく気が合うなあと思う事が多かった。
笑いのツボ、好きな味、テンションの波長などなど。気付いたら横にいて、何だか落ち着くなあと気付いた時には、もう好きになっていた。
でも私達はすっかりいい友人といった感じだったし、周りも全くそんな空気ではない。
何だか気恥ずかしくてアプローチ出来ずに悶々としていたら、いつもグループメッセージでしかやり取りしていなかったのに、昨日彼から個別にメッセージがきたのだ。
もしかして彼も私の事を気になってくれているのでは、と焦る気持ちを抑えつつ、他愛のない話を続けていた所、何と彼から花火のお誘いを頂いてしまって今に至る。
嬉しい、嬉しすぎる。どうにも顔がにやけてしまう。
統矢:びっくりした?
由奈:え?
統矢:いや…急にこんな事なって。
にやけ顔を咄嗟に隠して慌てて彼を見るも、変わらず真っ直ぐ前を向いたままだった。
暗さもあって彼の表情がいまいち分からず、私もゆっくり視線を前に戻す。
由奈:う、うん…まあ、でも……。
やっぱりいい、何でもない。
統矢:は?
由奈:ごめん、流して。
統矢:いやいや、無理でしょ。
由奈:いや、こっちが無理。
統矢:何で!?
由奈:あ、もう着く。
統矢:えぇ〜…。
訳が分からないといった声を出す彼を置いて、私はさっさと公園に向かう。
まずい、浮かれすぎて余計な事を口走りそうだ。
統矢:誰もいないな。
由奈:もうすぐ夏も終わりだしね。
追求するのはやめてくれた様だ。助かったと胸を撫で下ろす。
由奈:ここら辺でいいかな?
統矢:いんじゃね?砂地だし。
彼が自転車を止め、カゴに入っていた花火を取り出す。
その時、私は花火をやる上でもう一つ大事な物がない事に気付いた。
由奈:あ!バケツ!
統矢:…あ。
2人で固まる。
由奈:さっき気付けば良かったー…。
うちから取ってくる!
統矢:ストップ。
踵を返そうとした時、彼が私を止めた。
統矢:何1人で行こうとしてんだ。
由奈:じゃあ一緒に…
統矢:てかいいよ。
もう20時過ぎてるし、時間勿体ない。
由奈:でもまだ1時間はあるよ?
バケツ取りに行くくらい、
そんなにかからないと思うけど。
統矢:いいんだよ。ギリギリに帰らせたくないし。
線香花火くらいなら出来るだろ。
由奈:うん…。
彼はもう切り替えたのか、座り込んで花火セットの中から線香花火を取り出す。私も大人しくしゃがむ。
由奈:統矢くんも、うっかりする事あるんだね。
統矢:え、俺そんなにしっかりしてそうに見える?
由奈:みんな結構統矢くんに頼りがちじゃない?
統矢:あいつらがヘラヘラし過ぎてんだよ。
俺は普通。
由奈:そうかなあ。
統矢:まあ、確かにらしくないかもな。
まじで頭から抜けてたし。
由奈:それくらい、急いで来てくれたって事?
彼の動きがぴたりと止まる。
からかうつもりで出た言葉だったけど、まるで早く私に会いたかったんでしょと言いたげだ。
しまったと思いつつ、それを誤魔化す事も出来なくてゆっくり顔が熱くなっていく。
統矢:…そういう事。
そして彼がこちらを向く事なくぽろりと呟いた一言で、私は何故か尻餅をついていた。
統矢:どしたの?
由奈:…分かんない。
統矢:おもろ。ん。
由奈:ありがと…。
線香花火を手渡される。
ドキドキする心臓を落ち着かせながらお尻を叩いてしゃがみ直し、人差し指と親指でそれを摘んだ。
統矢:火つけるぞ。
由奈:うん。
彼がライターの火をつけ、そこに私も彼も線香花火を近付ける。
無事に火がつきオレンジ色の球体になると、ジジジと音が鳴り始めた。
由奈:この音と匂い、ワクワクするー。
あ、結構大きめの丸になった。
統矢:昔3本同時にやって
めっちゃでかい球作った事ある。
由奈:えー勿体ない!
統矢:親にも同じ事言われて怒られたわ。
なあ、競争しようぜ。
由奈:ふふ、いいよ。
ほぼ同時くらいにバチバチと火花が出始める。
出来る事なら、なるべく勝ちたい。
由奈:やっぱりテンション上がるね、花火。
統矢:これで?
あーあ、色変わるやつとかあったのになー。
由奈:統矢くんが忘れるから。
統矢:由奈ちゃんが早く気付いてくれないから。
由奈:えぇーそれ言う?
統矢:あ、やばい落ちそう。
由奈:そういう事言うからだよ。落ちろ落ちろ。
統矢:ひっど。
そうだ、宿題終わった?
由奈:あと少し。そういえば統矢くん大丈夫なの?
先程までのメッセージのやり取りで、彼がまだ半分以上残っている事を私は知っていた。
彼はしっかりはしているけど、勉強は苦手なのだ。
統矢:大丈夫大丈夫。
そういうのちゃんとやるタイプだから。
由奈:ほんとに?一緒に学年上がれる?
統矢:上がれるわ。
由奈:来年は、一緒のクラスになれるかな。
統矢:それは…知らん。
由奈:冷たいなあ。
統矢:まあ、とりあえず留年しない様にするわ。
由奈:ほんとだよ。頼むよ?
統矢:あ、落ちた。
由奈:何と不吉なタイミング…。
てか私の勝ちだね。
統矢:あと2回分あるから、とりあえず1対0な。
由奈:ちょっと。後出し卑怯じゃない?
統矢:言うの忘れてただけ。
無言で彼の肩を小突くと、はははと楽しげに笑う。やっといつもの私達らしくなってきた。
次の線香花火に火をつけ、第2回戦だ。
由奈:これって勝ったら何か特典あるの?
統矢:ある。
由奈:何?
統矢:さっき由奈ちゃんが隠そうとしてた事言ってもらう。
由奈:え!やだ!
その時動揺のあまり手元がぶれてしまい、無常にもぼとりと火玉が落ちてしまった。
統矢:はい、これで1対1な。
由奈:ねえ今のずるい!
統矢:いやいや、俺は質問に答えただけです。
由奈:別のにしてよ。
統矢:却下。
てか逆に由奈ちゃんが勝ったらどうする?
由奈:…どうして花火に誘ってくれたのか聞きたい。
統矢:ん、分かった。
意外にもあっさりと了承され、勝っても負けても何だか逃げられない展開になってしまう。
もしかして今日が特別な日になるのではないかという期待が膨らむ。
統矢:はい、じゃあこれで決まりな。
由奈:うん…。
最後の線香花火。どうしよう、手が震えてしまわないだろうか。
統矢:じゃ。よーいスタート。
花火が燃え始める。今回も火花が出始めたのはほぼ同時だった。お互い集中していて、パチパチという音だけが響く。
運良く無風のお陰か、3回目にして1番保ったまま終盤に差し掛かる。どうかこのまま落ちないでと願ったその時だった。
由奈:…っあ。
統矢:よっしゃ俺の勝ちー。
再びぼとり、と落ちてしまった私の火玉。
彼の嬉しそうな声に思わず不満げな顔をしてしまう。
統矢:はは、めっちゃ悔しそう。
由奈:もー!シンプルに悔しいんだけど!
さっき動揺させてくるから!
統矢:俺もまさかそんなに嫌がるとは思わなかったわ。
由奈:ねえ…それでも聞きたいの?
統矢:申し訳ないけど、益々聞きたい。
彼のそれで?という視線が居た堪れない。もういい加減腹を括る事にした。
由奈:…正直、そんな大した事じゃないんだけど。
統矢:どうぞ。
由奈:こういう風に誘ってくれて…その
びっくりもあったんだけど…。
統矢:うん。
由奈:何よりも…その、嬉しかったな、って…。
何とか言い切った。言い切って気付いたけど、あの時さらっと言っておけば良かったと今更になって後悔する。
こうやって改めて言う方がよっぽど恥ずかしいし、別にここまで引っ張る事じゃない。案の定、彼は呆気にとられた様な顔をしていた。
由奈:何だそりゃって思ってる?
統矢:え?
由奈:こうやって改めて言う方が
よっぽど恥ずかしいよね…?
統矢:まあ。
由奈:無駄に引っ張ってごめんなさい。
その時、彼の肩が小刻みに震えている事に気付いた。
由奈:…笑ってるの?
統矢:いや…ごめん、ちょっと…。
由奈:ちょっとって何!
統矢:いや、もうまじで何だそれすぎて…。
別にそんくらい普通に言えよ…。
由奈:あーもー!自分でもそう思うよ!
統矢:じわる…。
由奈ちゃんおもろすぎ。
その後もクスクスと笑われて、私はしっかり恥ずかしい思いをしたのだった。
由奈:…笑い終わりましたか?
統矢:ごめんごめん、いじり過ぎた。
由奈:そんなに笑う事ないじゃない。
統矢:いや、可愛いなーと思って。
今度は私が呆気にとられる番だった。思わず彼を凝視するも、彼は変わらず楽しげに後片付けしている。
この人は今自分の言った言葉を理解しているのだろうか?
由奈:統矢くん。
統矢:ん?
由奈:…どうして花火に誘ってくれたの?
彼の手が止まる。そしてゆっくりこっちを見た。
統矢:聞きたい?
由奈:…うん。
私がそう答えると、彼がすっと目を逸らした。ややあった後に改めて私の目を見つめると、彼はこう言った。
統矢:由奈ちゃんが好きだからだよ。
ドクン、と心臓が一打ちする。血が逆流して手が冷えた気がしたのに、頬が熱い。
初めての感覚に一瞬訳が分からなくなり、気付いた時には私はまた尻餅をついていた。
統矢:はは…また転んでる。ん。
彼が私に手を伸ばす。恐る恐るその手を握ると、ぐっと引き上げてくれた。
統矢:びっくりした?
由奈:うん…。
手は握られたまま話は続く。初めて触れた彼の手は、大きくて骨張っていた。
統矢:俺の彼女になってくれる?
待ち望んでいた瞬間。それなのに怒涛の展開に頭が追いついていないのか、うん、と言おうとしたのに、喉が張り付いてしまった。
代わりに何度も何度も大きく頷く。
統矢:え、どっち?
由奈:…イ、イエス!イエスって事!
統矢:何だ、良かった。
由奈:…分かってたくせに。
統矢:ちゃんとはっきり答えは貰わないと。
由奈:何か…やけに余裕じゃない?
最初めっちゃ緊張してたくせに。
統矢:確かに。めっちゃ緊張してたわ。
由奈:ほら!
統矢:まあ別に今も余裕はない。
無事に付き合えてまじでほっとしてます。
更に頬が熱くなる。そうか、私達付き合う事になったんだ。
統矢:お、照れてる。
由奈:もう…やっぱり余裕じゃん。
統矢:だから余裕なんてないって。
浮かれてんの。
嘘だ、と言おうとした瞬間、彼がいきなり立ち上がった。
統矢:あー!まじで嬉しいー!
でももう帰らないとー!
離れたくねー!
突然の叫びに目を開く。
由奈:ねえ!近所迷惑!
統矢:…すんません。
彼が慌ててしゃがみ込み、体を縮こまらせる。しばらくシン、とした後に2人でクスクスと笑い合った。
由奈:ほんとに浮かれてるね。
統矢:そりゃそうでしょ。
由奈:ふふ…私も。
統矢:由奈ちゃん。
由奈:なに?
統矢:もう一回手繋いでいい?
由奈:うん。
再び静まり返った公園に、鈴虫の声が響く。
さわりと頬を撫でた風が少しひんやりとしていて、夏の終わりを告げていた。
Fin.
入賞出来ればどなたかに読んで頂けるとの事なので、いつもよりセリフを多めにして、お互いが気になって探り合ってる雰囲気を目指しました(^ ^)
ぜひとも声で聞いてみたい!
最後までお読み頂きありがとうございました。
感想、評価などよろしくお願い致します。