とある悪役令嬢は婚約破棄後に必ず処刑される。けれど彼女の最期はいつも笑顔だった。
よくある婚約破棄、悪役令嬢、ループする物語。
必ず殺されるヒロインと、彼女を必ず助けたいヒーローのお話です。
(前半がヒロイン視点、後半がヒーロー視点、ラストはヒロイン視点に戻ります)
両手を鎖に繋がれた私は、地下牢から長い階段を登り、日の当たる場所――処刑台へと連行された。
私の最期の瞬間を見届ける為に、集まった人達からは歓声が沸き起こった。
誰もが「ざまぁみろ」と指差し、私が死ぬ事を喜んでいる。
繰り返す世界の中で、私の末路はいつもこの場所。
それでも私は、最期の瞬間だけは必ず笑顔を見せた。
*
「そなたとの婚約は、今この瞬間をもって破棄する! そなたが聖女を暗殺しようと企てていた事は分かっている!」
私にそう告げたのは、このイースト国の第一王子――サルウェル王太子だった。
今日、私は婚約者の彼が十八歳を迎えた事を祝う、祝賀パーティーに出席していた。
生憎の大雨に見舞われたけれど、会場内はお祝いムードで賑わいを見せていた。
本来なら、私は王太子にエスコートされるはずだったのだけど、彼は婚約者の私ではなく、聖女と共に皆の前に姿を現した。
そして突然、私との婚約破棄を宣言し、身に覚えのない聖女暗殺未遂の罪まで突きつけてきた。
「そなたが聖女暗殺未遂事件の一週間前――」
王太子は、まだ何か言葉を続けているけれど、会場を打ち付ける雨音が強くなり、何を言っているのかよく聞き取れない。
パクパクと口を動かす彼の姿を、私は呆然と眺めている事しか出来なかった。
彼の気持ちが私から離れ、聖女に向いている事には気付いていた。
でもまさか、本当に婚約破棄されるなんて……
彼の裏切りにも思える行動に胸が苦しくなり、じわりと涙が浮かんでくる。
「――よって、そなたを極刑に処する!! 一週間後、刑を執行する!!」
更に追い打ちの様に告げられた死の宣告に、ショックと絶望感で頭の中が真っ白になった。
一週間後に待ち受ける、死という恐怖に体が震え出し、足に力が入らなくなる。
出来る事なら、今すぐにでもこの場から逃げ出したい。
だけど――
無様な姿を見せては駄目。辛くても泣いては駄目よ。胸を張って、背筋を伸ばすのよ。さあ、笑いなさい。
そう自分に言い聞かせ、必死に涙を堪えた。
顔を上げ、ドレスのスカートを両手で強く握りしめ、口角を無理やり引き上げた。
きっと何を言っても今の彼にはもう届かない。どうせ死ぬのなら、せめて笑顔のままで死んでみせる。
私の顔を見た王太子は一瞬、不満そうな表情を見せたけれど、すぐに控えていた騎士達に私を捕えるよう指示を出した。
私はその場で拘束され、地下牢へと投獄された。
一週間後――
処刑台に上がった私は、広場を埋め尽くす程の人々からの歓声と罵声を浴びせられた。
無実の罪で死ぬ事になるなんて、間抜けな人生だったわね。でも、逃げも隠れもしないわ。私は最期まで、お父様に言われた言葉を守るだけよ。
指定された位置で床に両膝をついた私は、期待の眼差しで見つめてくる人々に向けて、ニコリと微笑んで見せた。
『王妃となる人間は、人に弱みを見せてはいけない。絶対に人前で涙を流してはならない。どんなに辛くても、笑ってみせなさい』
公爵家の一人娘である私は、幼い頃からお父様にそう叩き込まれていた。
お父様は、私に王太子の婚約者として相応しい振る舞いをするようにと、厳しく躾けた。
私の母親は、もともと体が弱い人で、私を産んで間もなく亡くなった。
愛妻家と言われていたお父様は時々、私を憎む様な冷たい瞳で見つめていた。
お父様はきっと、お母様を奪った私を恨んでいる。
だけどもし、お父様に認めてもらう事が出来たのなら……お父様は私を愛してくれるかもしれない。
だからお父様に言われた事は、絶対に守らなければいけなかった。
程なくして、私の首めがけて執行人の剣が振り下ろされ、私の人生はあっけなく幕を閉じた。
――はずだった。
「え……?」
死んだはずの私は、見慣れた自分の部屋で目を覚ました。
なんで?確かに私はさっき死んだはず……だって――
その瞬間を思い出し、ゾクリと悪寒が走り、ヒュッと息が詰まった。
冷や汗が頬をつたい、震えが止まらない。
その時ノック音が聞こえ、ガチャリと扉が開いた。
「公女様、おはようございます。あら? なんだか顔色が悪い様ですけど、大丈夫ですか?」
見慣れた侍女の顔を見て少し安心したのか、震えは止まっていた。
「あ……大丈夫よ。ちょっと嫌な夢を見ただけだから」
「そうですか。でも今日はきっと良い一日になりますよ。聖女様がついにこの国にやって来られるのですから!」
今日、聖女が来るですって?
この国では百年に一度、聖女召喚の義が行われる。
一年前に召喚された聖女は、この国を守護する存在として、正式な国賓として王城へ迎え入れられた。
そこで王太子と仲良くなり……まあ、それはもうどうでもいいわ。
侍女の話によると、聖女はまだこの国には存在しておらず、今日が聖女召喚の儀が行われる日なのだという。
つまり、一年前に戻っているという事? それともやっぱりあれは、ただの夢だったというの?
その疑問が解決されないまま、聖女のお披露目会に出席した私は、聖女を見て愕然とした。
ニッコリと微笑む女性は、あの夢で見た聖女そのものだった。
もしかしたら、あの夢は未来を予知していたのかもしれない。
そう思うと同時に、もう一度人生をやり直せるチャンスを頂いた事を、神に感謝した。
私は夢の内容を思い出しながら、生き残る方法を探した。
前の時は、聖女は色んな令嬢達から嫌がらせをよく受けていた。
それらの行為は全て、王太子と仲が良い聖女に嫉妬する私が指示した事だと、周りからは思われていた。
確かに私は、二人が仲睦まじく過ごす姿を見かける度、激しい嫉妬に苦しめられていた。
だけど今回は違う。
王太子への愛情なんて、微塵も残っていない。
いっそのこと、こちらから婚約破棄してやろうかしら。……ダメね。お父様が許すはずがないわ。それなら、周りの嫌がらせから聖女を守れば、私が聖女を憎んでいないと分かってもらえるかもしれないわ。
私はさっそく行動に移った。
あるパーティー会場で、彼女の純白のドレスに葡萄ジュースをこぼそうとした令嬢の手を掴み取り、
「ちょうど飲みたいと思っていましたの。持ってきて頂けて嬉しいわ」
と言って、そのジュースを飲み干した。
ある時は彼女にひどい罵声を浴びせる令嬢の前に立ちはだかり、
「まあ! 色んな言葉を知っていますのね!! でも私には意味がよく分からないから、詳しく説明していただけるかしら?」
そう問い詰めると、その令嬢は青ざめて何処かへ行ってしまった。
私は聖女のピンチに決まって現れ、周囲の悪意から彼女を守り続けた。
けれど、彼女の口からは感謝の言葉ではなく、溜息が漏れた。
「悪役令嬢なら、それらしくちゃんと役割を果たしなさいよ……」
ボソりと呟いた彼女の言葉の意味が、私にはよく分からなかった。
ある日、聖女と二人で階段を降りていた時の事、彼女は突然足を滑らせ、階段から転げ落ちた。
夢では発生していない筈の出来事に動揺しながらも、私はすぐに助けを呼びに行った。
幸いな事に大きな怪我はなく、安堵した私は王太子と共に聖女が目を覚ますのを待った。
そして、私達に見守られながら目を覚ました彼女は、
「誰かに背中を押された」
と言った。
あの場所には私と聖女の他に、誰も居なかった。
次の瞬間、王太子が私に向けた視線――それは夢で見た彼の姿と同じだった。
私への憎悪を滲ませる様な視線に、血の気が引いていくのを感じた。
更にその数日後、例の聖女暗殺未遂事件が起こった。
聖女の眠る部屋に、暗殺者が忍び込み聖女を殺害しようとした。
ギリギリの所で王太子が駆け付け、聖女は無事だったけれど、取り押さえた暗殺者は私が依頼主だとほのめかしたらしい。
結局、再び私は祝賀パーティーで婚約破棄され、処刑を言い渡された。
何も変わらなかった。
きっと私は死ぬ運命だったのだろう。
決められた運命に逆らう事なんて出来ない。
そう自分に言い聞かせた。
二度目の処刑台。
今度こそ、本当に私の最期ね。さあ、笑ってみせましょう。大丈夫。予行練習では上手にやれたわ。
ニッコリと笑顔を浮かべた私は首を落とされ、それを喜ぶ大歓声の中で再び人生に幕を降ろした。
それなのに――
「……なんでなの?」
再び私は目覚めてしまった。一年前に時を戻して。
あれは予知夢じゃなかったの? もしかして、私は過去に巻き戻ってるってことなの!?
その疑問が確信に変わったのは、再び聖女の姿を確認した時だった。
よく知ったその姿を見た私は、聖女が現れてから私が死ぬまでの一年間を繰り返しているのではないかと思い始めた。
三回目となる今回は、少し慎重に行動する事にした。
遠目から聖女を観察していると、彼女のピンチには必ず誰かが駆け付けている事が分かった。
それは一人だけにとどまらず、多方面で人気のある男性陣が、聖女が困っていると決まって現れた。
さすが、聖女様はみんなに愛されているのね。
そんな光景を見ながら、私はある事に気付いた。
聖女は私ではなく、あの男性陣の誰かに守られる事を望んでいたという事を。
だからあの時、わざと足を滑らせて私の仕業に……つまり、私は邪魔だったって事ね。
あまり聖女には近寄らない方が良さそうね。遠くから見守っていましょう。
それなのに――。
聖女暗殺未遂事件が今回も発生した。
事前に私は、王太子に警告していた。
誰かが聖女の命を狙っているから、気を付けて――と。
だけどその発言が、逆に私が怪しいと疑われてしまった。
結局、今回も私は婚約破棄後、処刑された。
そして目を覚ます。一年前の同じ日に。
繰り返す日々。
聖女の暗殺未遂。
婚約破棄。
処刑。
四回目、五回目……私の結末はいつも同じ。
どれだけ抗おうとも、必ず聖女を殺そうとした罪により、私は処刑された。
六回目。目覚めた私は、自らの手で自分の命を絶った。
でも無駄だった。
絶命したはずの私は、無傷の状態で再びベッドの上で目を覚ました。
七回目。私は国外へと逃げ出した。けれど野盗に遭遇し、無慈悲な彼らに殺されてしまった。
逃げる事も出来ない。
八回目、九回目。何も変わらない。
まるで悪役令嬢みたいね。
十回目。目覚めた私は、今の自分を、よくある恋愛小説の登場人物に重ねていた。
悪役令嬢。ヒロインのライバル役であり、読者からの嫌われ役。
物語のクライマックスで、悪役令嬢はそれまでのヒロインに対する悪行を白日の下に晒され、断罪される。
それが定番の展開で、読者が一番楽しみにするシーンの一つ。
私が悪役令嬢だとしたら、一体何がいけなかったの?
嫌がらせを受ける彼女を「ざまあみろ」と笑っていた事?
神様に「彼女がいなくなりますように」とお願いした事?
それが、何回も死ななければならない程、罪な事だったというの?
ただ……私は、誰かに愛されたかっただけ。
私を命がけで産んだ母親は亡くなり、父親からの愛情も与えられる事がなかった私を、愛してくれる人がほしかった。
聖女の様に、多くの人からの愛なんて望まない。
たった一人の人に愛されるだけで良かったのに。
その一つだけの愛情を求める事も、許されないの?
十回目となる処刑台に立った私の目の前には、変わり映えのしない景色が広がっている。
今か今かと、私に向けられた刃が振り下ろされるのを期待しながら待つ人々。
見飽きてしまったその人達に向けて、私はいつもの様に微笑んだ。
その時だった。
誰かが投げた石が、私の額に直撃した。
「笑うな悪者め!! お前なんか死んじゃえばいいんだ!!」
その言葉を私に向けて言い放った少年の姿は、まるで正義の味方を名乗るヒーローのように勇ましかった。
その時、私の中で、何かがプツリと切れた気がした。
じわりじわりと視界が歪みだす。
ああ……駄目よ.......笑わないと……笑わないと……
次の瞬間、私が貼り付けていた笑顔の仮面が、カランッと剥がれ落ちる音がした。
私の瞳からは、堰を切ったように涙が溢れだした。
「お願い.......助けて――」
涙を流し、掠れる声で必死に助けを求める私を見て、少年は不思議そうな顔をしていた。
私は顔をゆがめ、嗚咽しながら涙を流した。
それを見た人々は、これまでにない程の歓喜に沸いていた。
私はこの世界から嫌われている。
みんな、私が死ぬ事を望んでいる。
きっとお父様からも、誰からも、私は愛される事はない。
それならいっそのこと、本当に死ぬ事が出来たら良かったのに。
なんで私を殺してくれないの?
死神の鎌はもうすぐ振り下ろされる。
そしてまたすぐに地獄の日々が始まるだろう。
もう嫌……繰り返したくない。死にたい。もう死にたくない。どうか、今度こそ……
目覚める事がありませんように――
「アメリア!!!」
……え?
長く聞いていなかった気がする私の名前を、誰かが叫んだ声がした。
その姿を確認すること無く、私は今回の人生の幕を閉じた。
今、私の名前を呼んだのは、誰だったの?――
*
sideエドガー
「は? どういうことだ?」
戦地から王城へと戻った僕は、数日前の新聞の記事を読んで頭の中が真っ白になった。
アメリア嬢が処刑されただと!? 聖女を殺そうとした? あのアメリア嬢が? ふざけるな! 何かの間違いに決まっている!!
そのふざけた内容に怒りが込み上げ、手にしていた新聞を真っ二つに引き裂いた。
アメリア嬢と出会ったのは八年前。イースト国で開かれた他国交流パーティーに、ウエスト国の第一王子として招待された時の事だった。
「エドガー王子、こちらが私の娘のアメリアです。今年で十歳になりました」
父親に紹介されたアメリア嬢は、ニッコリと私に微笑みかけ、スカートを摘んでお辞儀をしてみせた。
その姿がなんとも可愛らしい妖精さんのようで、胸が高鳴るのを感じた。
アメリア嬢と僕は、同じ年齢だった事もあって、すぐに打ち解けた。
誰に対しても笑顔で接するアメリア嬢の評判は良く、僕もそんな彼女の笑顔に惹かれていった。
だが、ふとした時に彼女が見つめる視線の先には、常にサルウェル王子がいた。
恋する乙女の様に、サルウェル王子を見るアメリア嬢に僕は苛立ちを覚えた。
衝動的に、彼女が付けていた髪飾りを掴み取り、走り出した僕は人にぶつかって髪飾りを落としてしまった。
髪飾りは誰かの足によって踏まれ、グシャッと不吉な音を発し、装飾部分が潰れてしまった。
壊すつもりなんてなかった。彼女の気を引いたらすぐに返すつもりだった。
(どうしよう、彼女に嫌われてしまう……。とにかく、同じデザインの物をすぐに用意しないと……)
壊れた髪飾りを拾い、どう謝ろうかと考えていると、アメリア嬢が僕の所へやってきた。
彼女は壊れた髪飾りを暫くジッと見つめた後、顔を上げた。
「形あるものはいずれ壊れますわ。この髪飾りはきっと、ここで壊れる運命だったのでしょう。どうか気にしないで下さいませ」
そう言ってニッコリと笑う彼女の表情が、悲しみを必死に堪えている様に見えて胸がツキンと痛んだ。
同じ物を用意したとしても、きっと彼女は喜ばない。そんな事はしないでほしい、と言われている気がした。
壊れた髪飾りが、亡くなった彼女の母親の唯一の形見だったと知ったのは、もう少し後の事だった。
自分が恥ずかしかった。
僕は自分の事しか考えていなかった。なのに、彼女は自分が傷付いているにも関わらず、僕を気遣ってくれていた。
同じ年のはずなのに、彼女は僕よりもずっと大人だった。
その出来事をきっかけに、僕は自分の行動を見つめ直した。
何かと不平不満を漏らしていた口を閉ざし、反抗心から繰り返していたイタズラも全てやめた。
いつか彼女と再会しても恥ずかしくないよう、心を入れ替えた僕は、この国の王太子として相応しい人物になるべく努力を惜しまなかった。
そのことが認められ、正式に王位継承権を手にした僕は、国民からも期待されるようになった。
それなのに――
彼女にもう会うことが出来ないなんて。
居ても立っても居られなくなった僕は、ある男性の元へと向かっていた。
以前、戦地に取り残されていた彼を助けた僕は、この国で住める場所を与えた。
「この御恩は一生忘れません。貴方がもしも本当に困った時には是非、私を訪ねてください。どんな不可能な事でも、可能にして差し上げましょう」
彼と別れの挨拶を交わした時、そんな事を言っていた。
それならば、死んだ人を甦らせる事も可能なのか?
そんな夢物語みたいな事を思ってしまうくらい、僕は彼女が死んだ事実を受け入れられなかった。
「残念ですが、既に亡くなってしまった命を蘇らせる事は不可能です」
彼の元を訪ね、事情を説明した僕は、その言葉を聞いてガックリと肩を落とした。
当たり前だ。別に期待なんてしていなかった。
「ただ、彼女を生かす方法が一つだけあります」
「!? 本当か!!?」
「はい。ただ、この方法には少し問題があります」
「いいから続けてくれ」
男は少し難色を示しながら、詳細を話し始めた。
「今から貴方にある魔法をかけます。その瞬間、貴方は今の記憶を保持したまま、過去の貴方として目を覚まします。どれだけ時間を遡るかは分かりません。ですが、彼女の死がまだ確定していない時なのは確かです」
「過去に戻って、彼女を助ける……ということか? そんな事が出来るのか?」
「はい。ですが、この魔法は呪いの様なものです。もし彼女が死んでしまった場合、再び同じ時間まで巻き戻ります。つまり、彼女が死ぬ運命を覆さない限り、永遠に同じ時を繰り返す事になります。その覚悟が貴方におありですか? 彼女と運命を共にする覚悟が」
「ある」
迷いはなかった。彼女が生きられる可能性があるのなら、どんな事でもしてみせる。
「分かりました。では、貴方への御恩を、今ここでお返し致します。最後に一つだけ。人が死ぬという運命を覆すには、それに見合う代償と覚悟が必要です。不要な物は全て斬り捨てて下さい」
「ああ。肝に銘じておくよ」
「ご健闘をお祈りします」
男が魔法を僕にかけた瞬間、僕の目の前の光景にヒビが入りだし、今いる世界が崩れ落ちていくと同時に僕の意識も途切れた。
目を覚ました僕は、すぐに戻った時間を確認した。
彼女が死ぬ一年前――つまり、イースト国で聖女が召喚される日。
僕はすぐに使者を呼び、アメリア嬢の動きを監視する様に指示を出した。
よりによって戻ってきたのが一年前とは……。
この時期は、国境付近で隣国との紛争が勃発し、国同士の戦争へと発展しかけていた。
更には大雨による洪水も発生し、農作物は大きな被害を受けて食糧難に見舞われた。
僕はそれらの問題に対応するため、各地へ出ずっぱりの日々だった。
だが、もしも本当にここが過去と同じだとしたら、前よりは上手く動ける筈だ。
僕は早速、先に起こる事態を予測して動き始めた。
王太子としての責務を果たしながら、イースト国での動きにも気を配った。
報告を聞く限り、アメリア嬢が聖女を憎む様子はなく、それどころか聖女を守るような行動を取っている事が分かった。
本当に彼女は処刑されるのか?
僕の行動が変わった事が影響しているのか、僕の周囲の人達の行動にはズレが生じ、前の人生と全く同じ展開にはならなかった。
もしかしたら今回、彼女は処刑されないのかもしれない。
そんな能天気な事を考えしまっていた。
「なんだと? アメリア嬢が、聖女を階段から突き落としただと?」
出先から戻り、報告を受けた僕は苛立ちを声に滲ませた。
階段で足を滑らせて落ちた聖女は、誰かに押されたと嘘の証言をしたというのだ。
「何が聖女だ! 悪女の間違いじゃないのか!?」
さらに数日後、聖女暗殺未遂事件が起き、アメリア嬢が疑われる事になった。
結局彼女は、前回と同様に婚約破棄後、投獄された。
自分の考えの甘さに腹が立った。
それからは、僕は魂が抜けた様な日々を送った。
イースト国へ乗り込み、彼女を救う事も考えた。
ウエスト国の王族のみが使える、瞬間転移魔法を使えば、数十メートル先までなら一瞬で移動出来る。
彼女が投獄されている地下牢から救出する事も可能だ。
だが、この力を他国で使う事は強く禁じられている。
あの男の言う事を信じるしかない。もう一度、過去に戻ってやり直すしか……。
彼女が処刑される日、僕は自室で静かにその時を待った。
処刑執行の予定時間が過ぎた頃、あの時と同じ様に世界にひび割れが起こり始め、この世界は崩壊した。
目覚めると、再び一年前の同じ時に戻っていた。
彼女が死んだら繰り返すとは、こういう事か.......。
これはある意味、都合が良いのではないか?
たとえ再び彼女が死んだとしても、何度でもやり直せる。
前回は、この国や隣国で起きていた不慮の出来事にすべて対応出来ていた。
彼女の事も、上手く助けられるはずだ。
三回目となる今回も、僕は再び使者を使い、今度は聖女の動きを監視する様に指示した。
もしかしたら聖女がアメリア嬢に罪を着せる為、自ら暗殺を依頼したのでは無いかと思ったからだ。
だが、彼女に怪しい動きは見られず、今回は階段から転落する事も無かった。
それなのに、聖女暗殺未遂は起き、結末は同じだった。
聖女は関係ない……という事か?
四回目。
今度はサルウェルの動きを調べる事に注力した。ガードが固く難航して上手くいかず、あまり進展はなかった。
五回目。
ついにサルウェルが、アメリア嬢との婚約を破棄するため、暗殺ギルドと手を組み、証人の口裏合わせをしていた事が分かった。
たかが婚約破棄するためだけに、彼女を罪人にして処刑しただと? ふざけるな!!!
怒りで体が震え出し、今すぐにでも奴を殺したくてたまらない。
だが、その証拠を突き付けることが出来ない。
相手は一国の王太子。下手に手を出せば、国同士の争いにも発展しかねない。
国民を危険に晒すわけにはいかない。慎重に、彼女を救う方法を探さなければいけない。
大丈夫だ。チャンスは何度でもある。彼女が死ぬ未来なんて、存在しないのだから。
繰り返す時の中で、僕の感覚はだんだんと麻痺していったのかもしれない。
「くそ!!! 今回も同じか!!!」
ガンッ!! と机に両手の拳を叩き付けた僕は、冷静さを完全に失っていた。
十回目となる今回も彼女は投獄されてしまったからだ。
苛立つ原因は他にもあった。
六回目となる目覚めの際、一日も経たずに急に世界が崩壊した。
何が起きたのか分からないまま始まった七回目では、たったの一週間で世界が崩壊した。
まさか、魔法が不安定になっているのか?
その後は焦りからミスを連発し、王太子としても頭を悩ませる日々が続いた。彼女を救う方法を模索するが、進展は見られないまま、時間だけが過ぎていった。
同じ事を繰り返す時間に嫌気が差し、休むことなんて出来ない日々。体力的にも精神的にも、もうとっくに限界を超えていた。
ただ彼女を救いたい。彼女に生きていて欲しいだけなのに。 何の罪も犯していない、一人の女性の死を止めることが、どうしてこんなに上手くいかないんだ!
今回も彼女は処刑されてしまう。
それなら、もうこの世界で僕が何をしても意味は無い。
思えば僕は、過去に戻って一度も彼女の姿を見ていなかった。
彼女に会いたい。
とにかく一目だけでも、彼女の生きている姿を確認したかった。
僕は王太子としての全ての責務を投げ出し、彼女が処刑される場所――イースト国へと向かった。
「あの悪女がついに処刑されるんだな! ざまぁみろだ!!」
「聖女様を殺そうとするなんて、とんでもない女だよ!」
「悪い奴は早く死んじゃえー!!」
処刑台のある広場へ着いた僕は、その異様な光景に言葉を失った。
今から一人の命が失われようとしているのに、この場にいる人間は、その瞬間を今か今かと待ちわびている。
彼女は何の罪も犯していない。それなのに、みんな彼女が悪者だと信じて疑っていない。
サルウェルが姿を現すと、今度は大歓声が広場に響き渡った。
国民の前で慈しむ様に微笑む本物の悪党を、今すぐにでも殺したくなる気持ちを唇を噛みしめて必死に耐えた。
暫くして、アメリア嬢が処刑台へと連れてこられると、人々から心無い罵声が浴びせられた。
少しやつれて、髪もツヤを失い整えられていない状態で、女性用の囚人服を着せられている。
変わり果てた彼女の姿を見て、ショックで息が詰まった。
一体彼女は今、どんな思いでこの場所にいるのだろうか? 婚約者に裏切られ、罵声を浴びせられ、殺される事を……。
出来る事なら今すぐ彼女を助け出したい。
僕の力を使えば不可能ではない。
だが……。
こんな苦しみ、知らない方がいいに決まってる。こんな辛い記憶を持って生き続けるよりも……。次こそ必ず助け出す。だから今回は……耐えるんだ。
拳を強く握りしめ、すぐにでも彼女の元に駆け付けたい気持ちを押し殺した。
彼女は処刑台の真ん中で膝をつき、顔をあげてニッコリと微笑んだ。
それが彼女の強がりの笑みだと、僕はすぐに分かった。
やはり君は辛い時、笑うんだな。あの時と同じ様に……。
姿は変わってもあの時と変わらないその笑顔に、僕の胸は熱くなった。
その時だった。
前方にいた子供が、彼女の顔に石を投げつけ、それが当たった額からは血が流れだした。
あのクソガキ!!何てことを!!
少し驚いた表情で見開いた彼女の瞳からは、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
次の瞬間、彼女の顔が悲しみの表情へと一転した。
「お願い.......助けて.......もう、死にたくない……繰り返したくない……。 お願いだから、この人生を終わらせて.......」
………………なん……だって……?
彼女の言葉。その意味を――
僕は信じられなかった。信じたくなかった。
嗚咽を繰り返し、泣き続ける彼女を見た人々は歓喜に沸いたが、僕の頭はただ混乱するだけだった
まさか彼女も……時間を巻き戻っていた……?
よく考えれば思い当たる節はあった。
彼女とサルウェルは、聖女が現れるまでは本物の夫婦の様だと周りが羨むほど仲が良かった。
だからこそ、僕も自分の初恋を諦めて、王太子の相手として相応しい女性と婚約した。
それなのに、彼女がサルウェルに対する愛は全く無い様だと報告を受けた。それどころか、聖女と王太子が仲良くなる事を邪魔しないように立ち回っていた。
そして、六回目と七回目の不可解な世界の崩壊……もしかしたらその時、彼女は自ら――。
だとしたら……僕は一体、何回彼女を殺したんだ……?
彼女を助けると息巻きながら、実際に彼女を苦しめ続けていたのは僕じゃないのか?
それに僕はこの繰り返す時間を……彼女の死を利用して、自分の国の問題も解決しようとしていた。
僕は結局あの時と同じ、自分の事しか考えていなかったんじゃないのか?
その時、ザワついていた人々の声が途切れた。
それが何を意味するか――気付くよりも先に
「アメリア!!!」
とっさに彼女の名前を叫んでいた。
次の瞬間、執行人の剣の一振により、彼女の首がコトリと落ちた。
「あ……あああああああ!!!!」
目の前で殺された彼女の姿を見て、僕は絶叫し、両膝を突いた。
これを彼女は何度経験した? 死ぬまでの恐怖にどれだけ震えてきた?
「ああああああああああああ!!!」
どんな思いで、最期に彼女は笑っていたんだ!!?
彼女がこれまで経験してきた出来事を想像して、僕は胸が引き裂かれそうになる程に痛んだ。
だけど彼女はもっと痛かったはずだ。
苦しかったはずだ!!
彼女の悲しみはこんなものじゃなかった!!
全てが憎い。
彼女を死に追いやったサルウェルも!
彼女の死を喜ぶこいつらも!
彼女を苦しめるこの世界も!
彼女を終わらない苦しみへと導いてしまった僕自身も!!
今もまだ、彼女の死を喜ぶ歓声が広場を埋めて尽くしている。
「そんなに処刑が好きなら見せてやるよ……本物の悪党の処刑をな!」
僕は瞬間転移魔法を使用し、サルウェルのすぐ後ろへ降り立ち、その襟足を掴み取ると、またすぐに処刑台へと移動した。
突然、処刑台に現れた僕達の姿を見た人達からは歓声が止んだ。
「な!? なんだ貴様は――」
サルウェルが僕の方へ振り返ったその顔面を、思いっきり殴りつけた。
床にうつ伏せになって倒れた王太子の後頭部を足で押さえつけ、僕は腰に帯びていた剣を引き抜き振り上げた。
間もなく世界は崩壊する。残された時間は少ない。
「お前も一度くらい死んでみせろ!!! 彼女の苦しみを!! 無念を!!! 味わってみせろ!! そして喜ぶんだな!! その苦しみが一度だけで済む事を!!!!」
「グゥッ……なにを――」
何か言いかけたその言葉を待つことなく、僕はその首めがけて剣を振り下ろした。
先程まで歓喜に沸いていたその場は悲鳴へと変わり、パニックに陥った人達が逃げ出していく。
そして、いつものように世界がひび割れを起こし始めた。
だけどまだ終わらない。
もう一人の罪人を罰するまでは。
僕は彼女の前で両膝を突き、手にしている剣を自らの首元に当てた。
「アメリア、本当にすまない。僕を許さなくてもいい。だけど僕はもう、君を二度と殺させはしない。次は必ず、僕が助けに行くから――」
世界が崩壊する。
それよりも早く、僕は自らの命に終止符を打った。
さあ、彼女を迎えに行こう――
*
side アメリア
「婚約破棄したそうですよ」
「え?」
侍女の口から飛び出したその言葉に、私は反射的に反応した。
珍しく興味を示した私に、少し驚いた侍女は、もう一度丁寧に教えてくれた。
「ウエスト国のエドガー王子が、婚約者との婚約を破棄されたそうです。しかも、急に王位継承権を第二王子に譲ると言ったきり、行方が分からなくなったそうですよ。噂によると、何処かの令嬢と駆け落ちしたらしくて……今、凄い騒ぎになっていますよ」
そんな話、今まであったかしら?
エドガー王子とは、十歳の時に一度だけ会った事がある。
流れる様な艶のある黒髪、真っ青で透き通った瞳をした、とても綺麗な男の子だった。
私の髪飾りを壊した事を気にして、涙を浮かべて震える姿を思い出し、懐かしくて少しだけ笑ってしまった。
ウエスト国での彼の人気は高く、イースト国でもその名は知れ渡っていた。
それにしても、駆け落ちだなんて……なんだか羨ましいわ。私もそんな風に何かを捨てられる程、誰かに愛されてみたかったわ。
それからは特に変わった事も無く、いつもと同じ日々を繰り返した。
そして、訪れたいつもの祝賀パーティー。
「そなたとの婚約は、今この瞬間をもって破棄する! そなたが聖女を暗殺しようと企てていた事は分かっている!」
お馴染みのセリフを耳にして、私は深いため息をついた。
もう、疲れてしまった……。
どうせ私は愛されない。
笑っても意味が無い。
「そなたが聖女暗殺未遂事件の一週間前、暗殺ギルドに向かう姿を目撃した者がいる。それも一人だけではない。それらの目撃証言には十分な信憑性があり――」
……あら? なんで今日はこんなに彼の声がハッキリと聞こえるのかしら?
私は俯いていた顔を上げ、外の様子を窺った。
「え……?」
思わず声が漏れ出た。
さっきまで降っていた雨はあがり、雲の隙間から光が差していたから。
今までそんな事は有り得なかった。有るはずが無かった。天気が変わるなんて――
「おい、何を笑っている!?」
「え?」
今、私笑っていたかしら?
「いや、そなたが辛い時に笑う癖があるのは知っていたが……そんな風には笑っていなかったはずだ」
そう言う彼は、何故か少しだけ頬を赤らめていた。
それに気付いた聖女が不満そうに彼を睨んでいる。
あら、ちゃんと私の事を見ててくれたのね。
その事に少しだけ感心しながら、私は自分がこの事態を喜んでいる事に気付いた。
私はこれから投獄され、処刑される。
それなのに、ただ空が晴れている事が、こんなにも嬉しいなんて。
「ふふっ……だって、空が晴れているのですよ? おかしくありません?」
「は? 何を言っている? 確かに今朝は生憎の雨だったが……別に雨が止んで晴れたとしても、おかしくはないだろう」
「いえ、おかしいんです。だって今日は一日中、大雨になるはずだったんですもの。それはもう、あなたの声なんて全く聞こえなくなる程の酷い雨でしたわ」
王太子は「気でもふれたか?」と怪訝そうな顔をしているけど、私は気にせず続けた。
「なんだか、運命が大きく変わった様な気がしますわ」
「は!! お前の運命などもう決まっている!! お前は一週間後、処刑台の上で――」
その時、会場の外へ繋がる扉が開き、吹き込んだ風が私の頬を撫でた。
会場内が、一気にどよめき出す。皆の視線が集まるその先には、古びたローブで身を包んだ人物が、こちらへ向かって歩いてきていた。
「誰だ貴様は!?」
駆けつけてきた騎士達が、その人物の歩みを止めるように立ちはだかった。
――が、次の瞬間、その人物はフッと姿を消し、私の前に姿を現した。
私のすぐ目の前まで歩み寄ると、膝を突き、被っていたフードを降ろして顔をあげた。
「アメリア嬢。大変遅くなり申し訳ありません。今、お迎えに上がりました」
その声は――前回の死の間際に、私の名前を呼んだ声と同じだった。
少し長めの黒髪の隙間から見えた、サファイアを連想させる青い瞳は、幼い頃に会った彼を連想させた。
「エドガー王子……?」
そう呼ぶと、彼は少し照れた様な笑みを浮かべた。
「アメリア嬢、お久しぶりです。覚えて頂けて大変光栄です。ですが、僕はもう王子ではありません。どうか、エドとお呼び下さい」
「な!? エドガーだと!!? なぜウエスト国の王子がここにいる!? それにお前は行方不明になってたんじゃなかったのか!?」
王太子が驚愕の表情でエドガー王子を問い詰めるが、エドガー王子は酷く冷たい視線を彼に向けた。
「ああ、生きていたのか。良かったな、サルウェル。ここにはアメリア嬢を迎えに来ただけだ。すぐに失礼するよ」
「なに!?」
「え……?」
エドガー王子が「失礼します」と一言添えて、私を優しく抱きかかえた。
「待て!! その女は罪人だ!! 勝手に連れ出すなど許さん!!」
「彼女は罪人じゃない。何の罪も犯していない。全て、お前が仕組んだ事だろ?その証拠となる情報を、ある新聞社に渡しておいたよ。明日の朝を楽しみにしておくんだな」
「なんだと!!?」
王太子の表情が一気に青ざめる。
「それでは、失礼する」
エドガー王子の言葉が終わると同時に、視界が切り替わると、私と彼は王城の外へと移動していた。
「アメリア嬢。勝手な事をして、申し訳ありませんでした」
エドガー王子は申し訳なさそうに表情を落とし、深々と私に頭を下げた。
あれから私はエドガー王子に抱きかかえられたまま、次々と目の前の景色が切り替わったかと思うと、いつの間にか王城から遠く離れた場所まで移動していた。
そこで彼は私を地面に降ろし、再び私の目の前で跪いて謝罪してきた。
「いえ……助けて頂き、ありがとうございます。あの、エドガ―王子……いえ、エド。どうして私を助けてくれたのですか? 貴方はどこかの令嬢と駆け落ちしたと聞きましたけど……」
「は……? 駆け落ち? いえ、そんな事は……いや、そういう事になるのかもしれないな」
エドは何か考える様にブツブツと呟いた後、私に向かってニコッと笑った。
「僕の駆け落ちの相手はあなたですよ。アメリア嬢」
「え……?」
この人は一体何を言っているのかしら?
だって、駆け落ちって好き同士の人がやるものでしょ?
エドは真剣な顔を私に向け、左胸に手を当てた。
その姿は、まるで私に忠誠を誓う騎士の様にも見える。
「アメリア嬢、僕はこれからの人生、この命を貴方の為だけに使います。これまでに経験した貴方の悲しみが、決して無駄なものでは無かったと思える程、僕が貴方を幸せにしてみせます」
「私が……幸せに……?」
その言葉に、全くピンと来ない。
だって、私に一番相応しくない言葉じゃない?
なんでこの人は私にそんな事を言ってくるのだろうか。
私とは、たった一回しか会ってないでしょ?
それなのに……なんでこの人の言葉はこんなにも心に響くのだろうか?
信じたい……この人の言葉を――。
「私、幸せになれるの? 幸せに……なってもいいの?」
「もちろんです。貴方は幸せにならなければいけない」
エドは立ち上がると、私の左手を取り、私に優しく微笑みかけた。
「例え、この世界が貴方を拒んでも、私が貴方の居場所を作ります。嫌な雑音が聴こえたら、私が貴方の耳を塞ぎましょう。貴方に害を与える者が現れたら、私が貴方の盾になり守ります。貴方の幸せを邪魔する者は、私が斬り捨てて道を開きましょう」
まるで恋愛小説に出てくる騎士がヒロインに言うようなセリフ……だけど、エドが真剣なのは伝わってきた。
「貴方が望むものは全て、私が叶えて差し上げます。アメリア嬢、貴方は今、何を一番に望みますか?」
私が一番に望むもの? その答えは明白だった。
「誰かに愛されたい……たった一人だけでいい。それだけで十分だから……誰かに愛されてみたい」
その言葉と同時に、私の瞳からは涙が流れ落ちた。
その涙を、エドは人差し指で優しく拭ってくれた。
「それならもう、叶っていますよ」
「え?」
エドは、握っていた私の手の甲にキスを落とした。
「アメリア嬢、貴方を愛しています。貴方と一生を添い遂げる権利を、僕に与えてくれませんか? 貴方をこの世界の誰よりも愛し、幸せにすると誓います」
信じられない……そんな事って……
「本当に……? 私、貴方に愛されているの?」
「僕の言葉に偽りはありません。今は信じられなくても、これから証明してみせます。時間はたっぷりあるのですから」
「だけど私はきっと、一週間後にまた――」
「大丈夫です」
まるで何を言おうとしているのか分かっているかの様に、エドは私の言葉を遮った。
「だって今日はこんなに晴れているではありませんか。それに僕もいます。必ず貴方を守り通してみせます」
そうだ。今回はいつもと違う。空は晴れているし、なによりも貴方が側に居てくれる。
それだけで、何もかもが上手くいくような気がする。
「そうね……貴方と一緒なら、きっと何があっても大丈夫だわ」
私は今、数年ぶりに希望という言葉を思い出した。
絶望しか考えられなかった私は今日でおしまい。
これからは希望を胸に、生きていこう。
「ではアメリア嬢。これから私と共に、北にあるノース国へ向かいましょう。私達が住む住居も用意しております。そこで新たな人生を歩むのです。貴方が今度こそ、幸せになる人生を」
「ええ……でも、エド。貴方もよ? 貴方も誰よりも幸せになるの。でないと、私はきっと幸せにはなれないわ」
私の言葉に、エドは一瞬キョトンとするが、すぐに吹き出して笑った。
「もちろんです。それに僕は、貴方の隣にいられるだけで、誰よりも幸せになれます」
その言葉に、私の心臓は大きく跳ねた。
これが噂に聞く『ときめき』というものなのかしら。
なんだか体も熱くなり、心臓の鼓動がドキドキと煩く騒ぎ出した。
きっと私が彼を好きになるのに、そんなに時間はかからない。
私は彼の手に引かれて歩み出した。
私の道はもう途切れていない。きっと何処までも続いている。そんな気がする。
その後、イースト国では、サルウェル王太子が聖女の暗殺を依頼していたという事実が明らかにされた。
聖女の命を脅かす事は国に対する反逆行為と見なされ極刑となる。
それは例え王太子であろうと覆る事は無く、サルウェル王太子は国民達の前で処刑される事になった。
人望が地に落ちた王太子の処刑に、多くの国民が沸いたらしい。
更にその後、次第に聖女に対する国民の見方も変わり、『召喚されたのは聖女ではなく男を惑わし国を混乱に導いた魔女なのでは?』という声もあがり始めた。
聖女の存在は危険視され、女性のみが存在する修道院へと送られ、国の監視下に置かれて暮らしているらしい。
今後、聖女召喚の儀を行うかどうかも検討されるとか。
まあ、どれも私達には関係の無い事だけど。
私とエドは、ノース国の人里から離れた一軒家で一緒に暮らし始めた。
彼が用意していたのは一人で住むには大きすぎる家。
「もしも私が一緒に暮らす事を承諾しなかったらどうするつもりだったの?」
と聞くと、
「家のすぐ近くにもうひとつ小さな小屋を建ててるから、そこに住むつもりだった」
とサラッと答えるのだから、私も思わず笑ってしまった。
彼は意地でも私の側から離れるつもりはないみたい。
私達は名前を変え、身分を偽りながら暮らし始めた。
けれど、二人だけの時はお互い本当の名前で呼び合った。
決して贅沢な暮らしとは言えなかったけれど、彼は私に何も不自由させる事はなかったし、私も毎日が新鮮で楽しかった。
時々、悪夢にうなされ涙を流す私を、彼は優しく抱きしめて一緒に泣いてくれた。
私が悲しむと、彼は私以上に悲しむものだから、気付くと何故か私が彼を慰めていた。
私が笑うと、彼は私以上に嬉しそうに笑っていた。
本当に、彼は私を心の底から愛してくれた。
誰よりも幸せにしてくれた。
あの時の言葉通り、一生をかけてそれを証明してくれた――
*
数十年後――ある晴れた日。
ベッドの上で私は静かに眠っている。
数日前から、もう自分で体を動かせなくなった。
目を開ける力もない。
最期の時を、穏やかな気持ちで待っていた。
『アメリア、迎えに来たよ――』
今はもう、居ないはずの彼の声が聞こえた気がした。
「あ!ひいおばあちゃま、今笑ったよ?」
「あら、本当ね。なんだかとても幸せそうね」
誰かの嬉しそうな声が聞こえてきた。
ありがとう。私を愛してくれて――
私は、私を愛してくれた家族達に見守られながら、幸せの笑みを浮かべて人生の幕を閉じた。
貴重な時間を頂き、ありがとうございました。
初めての婚約破棄、悪役令嬢、ループ物に挑戦させて頂きました。
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この世界について、裏設定(?)を活動報告に記載しております。
もし興味があれば、そちらも見ていただけると嬉しいです。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。




