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めぐりあい

作者: 杉谷馬場生

 桃から生まれた世にも珍しい若者は何故だか鬼退治をする使命感を抱いて、育ててくれた婆様からきびだんごを貰い受け、「せっかくならもっと栄養のあるものを貰えばよかった」と思いつつ、育ての家を出たのであった。

 世に広まるこの物語は犬、猿、雉を旅の途中に仲間に引き入れ、鬼退治を完遂するという風に広まっているが、桃太郎が出会った動物は犬、猿、雉ばかりではない。

 桃太郎がまずたどり着いたのは川であった。それはかつて自分が桃の中にいるときに流されていた川である。

その川を渡ろうとしたところ、ちょうどいつも婆様が洗濯をしている場所に動物がいるのが見えた。それはアライグマであった。

 アライグマはそこらに落ちていた栗を拾ってざぶざぶと洗っている。桃太郎はその姿がなんとも可愛く思い、声をかけた。

「おいキミ」

「なんだコノヤロ。シャー!」

 アライグマはなかなか凶暴である。桃太郎は考えを改めた。これほどの凶暴性は鬼退治に役立つかもと思ったのである。

「そう怒るなよ。僕は危険な事はしないよ。ちょっとキミを鬼退治にスカウトしたいのさ。ほらきびだんごをあげるよ」

「お、こりゃすいませんな」

 アライグマは素直にきびだんごを受け取った。他人の施しには従順な様である。アライグマは早速きびだんごを川でざぶざぶ洗い始めた。しかし川は急流で洗っているうちにきびだんごは流されてしまった。

「おや、これは失敬」

「おい。洗うなよ」

「アライグマが洗わなかったらアイデンティティがありませんや。申し訳ないがもう一つくれませんかね」

 桃太郎はもう一つきびだんごを渡した。アライグマはやはり川で洗うのだが、これまたやはりきびだんごは流されていった。

「これまた失敬。これ以上もらうのは申し訳ねぇや。拾ってきますんで待ってておくんなさいや」

そう言ってアライグマは川下へと降っていった。

 桃太郎は仕様がなくその場に蹲って待つことにした。やがてやることがなくなり、川に手を入れてぴちゃぴちゃやってみたりする。それでもアライグマは戻らず、桃太郎はその場でウトウト舟を漕ぎだした。そこへ現れたのは洗濯に来た婆様である。

「あんた、まだここにいるのかい」

「ああ、おばあちゃん」

「何してるんだい。鬼退治は!」

「アライグマを仲間にしようときびだんごを渡したんですけど、川に落として降りて行っちゃって。待ってるんですよ」

「こんな急流じゃ戻ってこないよ!さっさと先を急ぎな!」

なかなか厳しい婆様にケツを叩かれて桃太郎は先へ進むことにした。川を下り、山から出た。

 穏やかな流れになった川沿いを歩いていく。結局アライグマと再開はしない。「アイツはいい加減な奴だったのだ」と納得して桃太郎は先を急ぐ。すると川からピョンと何かが桃太郎の前に現れた。それは大きな鳥の様であり、それでいてずんぐりとしている。桃太郎は「お前はどなた?」と問うた。

「私はペンギンでございますよ」

「ペンギン?ペンギンとは珍しい。僕に何の用だい?」 「いやあ、さっきココを通ったアライグマからあなたのことを聞きましてね。私もあなたのお供をしたいと」 「アライグマが通ったのか!アイツどこに行った!」

「さあ、また川下へと向かいましたがね。この先は海ですもんねぇ。どこまで行ったのやら。それよりどうですか私は」

「でもペンギンは寒いところに住むものではないのかい?こんな小春日和の暖かな日に君は平気なのか?」

「ふふふ、あなたは誤解をしてらっしゃる。ペンギンの種類の中で寒冷地に住むのはほんのひと握りですよ。暖かい地域に住むペンギンはことの他多い」

「なるほど。という事は君は暖かでも平気な種類なのだな」

「いや、ほんのひと握りの部類ですな。暑くて暑くてフラフラします」

桃太郎は無言でペンギンの横を通り過ぎた。

そして川から離れて、平野の道を進む。

 何もない道である。精々道の端に木が生えている程度である。

 突如桃太郎の頭に激痛が走った。あまりもの痛さにその場で悶絶して道を見ると緑のバナナが落ちている。どうやらこれが落ちてきたらしい。緑のバナナは「失敬失敬!」とごつごつと喋る。

「気をつけて落ちたまえよ」

「果物の私には無理な注文ですなぁ」

しかし桃太郎はその硬いバナナは鬼退治において強力な武器になると思った。桃太郎はバナナを仲間に誘うとバナナは快く承諾し、桃太郎はバナナを懐に入れて道を進む。

 やがて道は鬱蒼とした木々に囲まれ、森となった。昔話をいいことに時代背景や国の関係などを一切排除してその風景はもはやジャングルであった。

道もなくなり、鬱蒼と茂る草を分けて進む。やがて進む先にガサガサと何かが動く音が聞こえ、桃太郎は歩みを止めて警戒した。ガサガサと茂みの中から現れたのはゴリラであった。

「アンタが噂の桃太郎さんかい?」

「いかにもそうだけれど君はなぜ知っているの?」

「さっきペンギンが無視されたと憤慨してましたぜ。フラフラしながら」

「だってあのペンギン、寒いところのペンギンだから」

「勝手に怒らせときゃあいいですよ。それよりこの腕力を買いませんかい?きっといい力になりますぜ」

「うん。君が仲間にいてくれると助かる」

「ちょっとそれはごめん被りたいなぁ」

意を唱えたのは桃太郎の懐に収まっている緑のバナナであった。「俺はバナナですぜ。食われちまったら大変だ」

「アンタみたいな青臭いのは私も食いませんや」

「だってさ。バナナよ。いいじゃないか」

「…仕方ありませんね」

「私は腕力もさることながら頭も良い。理性が食欲に負けることなどありますもんか」

 そうして桃太郎はきびだんごをゴリラに渡し、ゴリラは仲間になった。桃太郎一行は桃太郎、ゴリラ、バナナという強力なのか何なのかわからない構成になった。

やがてジャングルを抜けた。向こうに村が見える。

 ある家の前を通り過ぎると声がした。声の方を振り向くとリンゴの木から声が聞こえる。

「あなたはさては鬼退治に?」声を発したのは赤々と実っているリンゴである。

「そうだよ。僕は桃太郎。こっちはゴリラ。そして青いバナナだ」

「私も連れて行ってもらいませんかね?」

「リンゴの君が何の役に立つ」

「何の役に立つかはわかりません。しかし私は漫然とリンゴとしての生を受け入れるつもりは毛頭ない。あらゆる可能性を私は秘めているはずだ。その可能性を信じて私は独り立ちをしたいのです!」

「何と立派な志を持っているリンゴだ!」

 桃太郎は感動し、木からリンゴをもいで懐に入れた。実の詰まったリンゴはずしりと重く、バナナと合わさって桃太郎の懐はどっしりと重くなった。

悲鳴をあげたのは青いバナナである。

「桃太郎さん!何でリンゴなんかを仲間にしたのです!」

「こんな立派なリンゴはそういない!役に立たずとも共に鬼退治に連れて行くのだ!」

「そりゃあ立派だが私と一緒に懐に入れるのはやめてくれ!リンゴは私の天敵だ!リンゴから発するエチレンガスは私を…私を…」

 あまりものバナナの悲惨な言葉に桃太郎は懐を覗いた。するとリンゴの隣に居たバナナはリンゴのエチレンガスによってすっかり黄色く熟れていた。

それに反応したのはゴリラである。「おや、いい匂い」

「いや、食うなよ」バナナはいう。

「そうだ。黄色くなろうともバナナはバナナ。むしろ今こそバナナだ」

「今こそバナナなら今こそ活かすべきでは?」ゴリラは提案する。

「うむ。それはそうだ」

桃太郎とゴリラは丁度座り心地の良さそうな切り株に座り、バナナを取り出した。バナナは「トホホ」と呟いて「勝手にしてくれ」といったのを最後に桃太郎とゴリラの胃の中に収まった。

 おなかをぽんぽんとと叩きながらゴリラは言う。「さて、桃太郎さん。リンゴさん。聞いてくれ」

「どうしたゴリラ」

 それからゴリラは大演説を始めた。それはそれは壮大な演説であり、何かを強く語っているのだがあまりにも難しく、桃太郎やリンゴの理解の範疇の外の内容であった。桃太郎とリンゴはわからないなりにうんうんと頷いて大演説を聞いていたのだが、その大演説の結果として何故か桃太郎はリンゴをゴリラに明け渡す事となった。

 これは頭の良いゴリラの詭弁を弄した作戦であるのだが、桃太郎も、渡されたリンゴも何故こうなったのか理解ができず、そしてそのままゴリラはリンゴをシャリシャリ齧りながら桃太郎の元を去って行った。

 ゴリラの詭弁のせいでやたらと納得した充実感をしばらく味わっていた桃太郎だったがしばらくすると「さては僕は騙された?」と気付き、しばらく呆然とした。それから頭がいいから、力があるからといって仲間にしても裏切られるかもしれない。手先が器用でもアライグマみたいなことになる。寒いところしか生活できないペンギンは役に立たないし、果物たちは食われるだけだ。

 桃太郎はそこそこ利口でそこそこの立ち位置の仲間が結果的に良いのかもと思った。そしてフラフラと歩き始め、ふと気がつくと目の前に犬がいた。

「ああ、これくらいがいい」

桃太郎の旅はここから始まる。

 

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