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一人書き出し祭り

虫の魂

作者: と〜や

一人書き出し祭です。ちょっと書くの楽しかった。

いずれ最後まで書きたいなあ

「こんな企画、通せるわけないだろうっ!」


 提出された企画書を目の前の部下に叩き返す。このところろくな案が出てこない。

 なんだよ、神システムで日常の不満を聞いて叶えるって。かけるコストと時間に見合う結果が出るのか? この間も似たような案上げて来た奴がいたし、没になった案ぐらい共有しとけ!


「で、ですが、住民たちの幸福度を上げるためには」

「個々の幸福度をいちいち上げたって、微々たるものだろう? それよりは全体の貢献度を上げた方が効果は高い。これは没だ」


 肩を落として部屋を出ていく部下を見送って、次の施策案を取り上げる。

 と、ひらりと机の上に紙が現れた。

 ……先月の貢献度ランキングのようだ。


 我々は、無数に存在する世界の管理者だ。上位存在(いわゆる神)から一つの星まるごと管理を任されている。もちろん一人では出来ないからチームを組む。昔はのんびりしていて和気藹々と世界の運営を楽しんでいたものだ。

 いつだったか、誰かが遊びでランキングなるものを作った。各々が運営する世界を、無理やり数値化して並べたのだ。

 それは単なる遊びだったのだけれど、気がつけば我々の評価基準として正式採用されてしまっていた。

 結果、他のチームとの情報交換や情報公開はぴたりと止んだ。チーム間交流も、情報を盗まれるからと敬遠されるようになった。

 ランキングのための運営が主流となり、スタッフも効率優先で選ぶようになった。気心の知れたスタッフが消え、楽しさも消えた。

 この貢献度ランキングは、我々にとっては呪いなのだ。


 アルファチームが相変わらずトップに金文字で踊っている。我がオメガチームはその下、鈍い銀色。この並びが変わらなくなってどれぐらい経っただろう。

 かつてはトップを争っていた間柄だった。いつから定着してしまったのだろう。

 しかも、その差はだんだんと広がりつつある。

 今のままのペースでは、いつまでもあいつの下だ。もっと効率の良い手がないのか、日々それを模索する毎日だ。

 からんと鐘が鳴る。今日も何一ついい手は見出せなかった。帰っていく部下たちを窓から見送り、席に戻る。

 誰も待っていない部屋に戻ったところで、冷めた弁当をかき込みながら仕事の続きをするだけだ。

 だから、最近はほぼここに寝泊まりしている。過去の事例やヒントになる事柄などを探すなら、自宅の乏しい資料にあたるよりも資料室の膨大な記録を漁る方が何倍も効率がいいからな。

 いつものように頼んでおいた夕食を取りに部屋を出ると、赤髪が見えた。……なぜこの男がこんな場所にいるのだろう。


「やあ」

「なんの用」


 人好きのする笑顔を浮かべて寄ってくるのはアルファチームのリーダーのアラン。火のような髪と目の色に合わせてか、着ているローブも深い赤だ。


「相変わらず泊まり込みか?」

「それが何か」


 寄ってくるな。私が何をしようとお前には関係がないだろうが。


「あまり根を詰めても良くないと思ってな」

「トップチームのリーダーに言われたところで嫌味にしか聞こえない」

「そんなつもりじゃないんだが……ろくに家に帰ってないんだろう?」

「それがあなたになんの関係が?」

「君は慣れているかもしれないが、部下にまで強要するのはやりすぎじゃないか?」

「それもあなたになんの関係がある?」


 語気を強めて言えば、アランは視線を外した。

 どうせ我がチームの部下の誰かから泣きつかれたのだろう。部下に泊まり込みを強制したことはない。私はこの方が効率が良いからやっているだけだ。部下が何をしてようが気にしたこともない。


「とにかく、忠告はしたよ。……彼らだって家庭のある一個人だ。君と同じように考えない方がいい」

「余計なお世話だ」


 まだ何か言いたげなアランの横をすり抜けて、食堂へ向かう。あいつのおかげで無駄な時間を費やしてしまった。

 時間は無限ではないのだ。


「今年もアルファチームが圧勝だって?」


 食堂からの帰り道に聞こえた声に足を止める。帰宅途中のどこかのチームのようだ。


「まあ、当然だよな。アランさんのところは優秀なスタッフが揃っているから」

「オメガから移籍したやつとか?」

「そうそう。あそこは女史のあたりがきついからな、優秀でもすぐ辞めていく」

「確かに、定着率低いよな」

「最近はろくなのが入ってこないって、ロングさん嘆いてたよ」

「あー、わかる気がする。というかわざわざ悪評高いオメガに行きたがるエリートはもういないだろ」

「いるとしたら問題児ぐらいだろうな」

「ええっ、アレか? アレは流石にないだろ。女史でも制御しきれない」

「まあなあ」

「自分で世界ぶっ潰した奴なんか、危なっかしすぎてどこも引き取らないだろ」

「そりゃそうだ。アレ、もう出て来てるのか?」

「らしいぜ。引取先探してるって小耳に挟んだ」

「ふぅん。……うちのチームに来なきゃどうでもいいや」

「違いない!」


 声が遠ざかっても、私は動けなかった。

 チームの人事自体はサブリーダーのロングに任せきりだった。そんなに人材が払底していたのか? いや、それよりそんなに定着率悪かったのか。

 言われてみれば、ここしばらく顔を合わせているのは新顔ばかりだった。昔からのスタッフもいるはずだが、企画案が出て来なければ呼び出すこともない。だから、辞めていったことも知らなかった。

 うちからアルファに移籍したスタッフの話も初耳だった。あの男がわざわざやって来たのは、移籍した元部下から何か聞いたからなのか。そうに違いない。でなければ私が出てくるのを待ってまで苦言を呈すはずがない。

 私が彼らに同じようにしろと指示したことはない。ロングだって定時が来れば帰宅している。私がここに残っているのはあくまで私の個人的な都合のためだ。

 一人住まいの部屋に戻ったところで意味がないし、かと言って実家に戻れば家族とのやりとりが煩わしい。年高の娘が残っていることが恥ずかしい、妹の縁談に関わるからと言い始めたときには気が狂ったのかとさえ思った。

 そこまでいうなら縁を切ってやる。そう言って飛び出して何年になるか。妹はまだ結婚していない、お前のせいだと時折メッセージが残っているが、そんなこと知ったことか。妹に後を継がせることにして婿を探せばいい。私が帰ることはもうないのだから。


 余計なことを考え始めたことに気がついて、イライラしながら部屋へと戻る。その途中で誰ともすれ違わなかったのは幸いだった。今ならどんな相手でも八つ当たりしてしまいそうだったから。

 途中でチームの部屋に寄ると、まだ半数が残っている。私の顔を見て青い顔をするスタッフたちに帰宅を命じ、二日間の強制休暇を与えた。私が残っているのは、あくまでも自分に都合がいいからだ。部下たちが残りたいというなら止めないが、私に慮っての愚行なら止めさせるのが筋だ。

 正直なところ、あの男の言葉などどうでも良かった。だが、実際に青い顔で机にしがみついているのを見ては、帰れというしかなかった。結果としてあの男の言葉に従ったと見えるのが心底嫌だったが、それにこだわってまで張る意地ではない。

 自分の執務室に戻り、手にしていた籠を机に置く。腹は減っていたはずだが、すっかり食欲は消えていた。


 モニターに我らの管理する世界の情報を開いて、ぼんやりと見つめる。

 貢献度も幸福度も、単体の世界としてみれば問題はない。食糧事情は改善され、飢餓の憂いは去った。文明は程よく成長し、文化的側面も申し分ない。時々諍いは起こるが、それ以上のものには発展しない。戦による科学的側面の発展は起こらないが、そんなものは起こらなくても十分な幸福度は達成できることは証明済みだ。

 あとは何が足りないのか。

 なぜアルファチームに及ばないのか。

 以前ならば情報交換をして、より良い形を導けた策を共有できた。お互いがお互いを尊重し、同じ立場で論ずることもあった。

 あの頃は楽しかった。誰もが同じ方向を向き、論を戦わせ、実践をし、結果を持ち寄り、優れた案には惜しみなく賞賛を送った。

 今では、互いが疑心暗鬼で絡め取られ、顔を合わせればろくなことにならない。

 我がチームから移籍した者たちは、こちらの情報をもたらしたことだろう。優秀な者が引き抜きにあうのは当然のことで、魅力的な申し出に応じるのもまた自然な流れだ。

 だからこそ、各チームは人材と情報の流出を恐れ、囲い込みに入る。自チームに引き入れる人材は厳選する。簡単に首は切れないからだ。

 我がチームがどうだったか、と考えても全てをロングに任せきりで、現状がわからない。うまくやってくれていたはずだ。その程度には信頼している。少々無関心に過ぎたかもしれない。

 監視スタッフも帰らせたから、今日は一人で監視しなければならない。まあ、二日程度の徹夜ならなんとでもなるだろう。スタッフもシステムもお粗末だった最初の頃は連夜連勤当たり前だった。あの頃と比べれば、最悪一人でも管理できるようになったし、かなり負担は減っている。

 モニターを切り替え、我々の世界にズームする。それなりに発展を遂げた王国の首都、大通りを行き来する者たち。

 にこやかに笑いあう男女、走り回る子供たち。人間という種は短命だ。その短い時間の中で、愛を育み子を産み育て、死んでいく。始まりの男女からここまで、よくも増殖したものだ。

 初期は我々の知識も技術も未熟で、人口爆発が起こっても核(いわゆる魂と呼ばれているものだ)が足りず、泣く泣く間引いたこともあった。今は万が一のことを考えて、すべての有機生命体には細かく砕いた核を仕込んである。寿命と比例するので短命な生物の核をそのまま人に使うことはできないが、寿命を終えた核は洗浄ののち再利用する。それを何度となく繰り返して成長させていくのだ。時間はかかるが、我々にとっては寸暇だ。

 子をあやす母。熱さに耐え鉄を打つ若者。水を撒く農夫。馬を駆る騎士。

 これ以上の幸福度を引き出すには、何をするべきなのか。

 かつて、人減らしも兼ねて戦を起こした世界があった。戦により技術は発展し、我々の世界よりもはるかに文明が進んだ。空を飛び海を行き、世界の姿をありのままに知ろうとし、星の外へまで発展した世界。貢献度はすさまじいものがあったが幸福度はさほど上がらず、逆に要求指数が上昇した結果、大きな戦争へとつながった。結局高度文明は滅び、施策は称賛されたが真似るものはいなかった。

 私は自分の管理する世界を長く安定させることを狙っている。確かに瞬間的な貢献度は低い。だが高い幸福度を長く維持させる方が難しい。

 安定した生活、安定した世界。これらが長く続くことが、彼ら人間にとっても良いのだと私は思っている。



 丸二日の監視業務をこなし、朝を迎えた。

 多少眠らずとも働くことはできる。ただ、何も起こらない世界を見続けているのは苦痛だった。何も起こらないからこそ、眠気を誘うのだ。

 さすがに見続けることはやめ、数値ベースの監視のみに切り替えた。アラートは仕込んであるからよほどのことがあれば通報が来る。それまで眠っていても問題はないほどの安定した世界。だが、アラートが上がれば他のスタッフを叩き起こすことになる。できるだけアラートが鳴る前に対処できるようにと頑張った。

 おかげで今の私は相当ひどい顔をしているだろう。交代要員が来るまでの辛抱、とモニターを睨みつけていると、ロングが顔を出した。

 今日はロングが当番だったか、と思いかけて、人事の彼が当番なはずがない、と眉根を寄せる。見れば、ロングの顔は強張り、今にも泣き出しそうだ。こんな顔は初めて見る。


「どうかしたのか。今日の監視当番はどうした」

 と声をかければ、かなり逡巡したものの、手に持っていたものをこちらに寄越した。

 それは、監視当番のシフト表だった。――だったはずだ。

 白紙のそれにはただ、私とロングの名前しかなかった。


「僕も知らなかったんです」

「……お前が帰ったあとのことだからな」

 しょげ返るロングを隣の席に座らせる。交代要員がいない以上、監視ルームから出ることはできない。

 要約すればこういうことだ。

 二日前の定時後、残っていた者を帰らせ、全員に二日の休みを与えると通達を出した。突然の休みに驚きつつも家でゆっくり過ごしているうちに、我がチームの勤務体制があまりにひどいことを自覚したのだそうだ。完全な休みが初めての者もいたらしい。

 ……私は休むなとは一言も言っていないし、残れと命じたこともないのだがな。

 ともあれ、そのことに気が付いたスタッフたちは全員、他のチームへの転属願いを揃って出した。全員で結託したわけではない。個々に決断をしたのだそうだ。

 転属願いは私やロングを通さずに事務方(センターと我々は呼んでいるが)に提出され、即承認された。()()()()()があったためだ。承認結果自体は本人とロング、私に通知されたはずだが、監視業務中は他の通知をオフにしていたため、出社したロングが通知に気づいて私に伝えるまで、まったく気が付きもしなかったというわけだ。

 もし昨日の内にでも気が付いていれば、何らかの手は打てたかもしれない。が、離れたがっている者を無理に引き留めても効率は上がらないだろう。むしろ下がる。


「すまない」

「リーダーのせいでは……」

「いや、私のせいだ」


 本来なら、現所属元のチームリーダーに諮ってから承認を下す。だが、過去に転属願いの通知に気づかず放置して自動却下となったことがあり、転属を希望したスタッフが事務方に直談判したことがあったのだ。調査の結果私に責があるということで転属願いの判定は覆ったが、かなりの遺恨を残した。事務方からは、承認判定の権限を取り上げられて現在に至る。現在は人事担当のロングがいるのだからと交渉はしていたが、復権には至っていない。

 その結果がこれだ。私の責と言わずして何と言おう。

 もうそのことは良い。決定済みのことを覆すのは骨が折れるし、するつもりもない。それより、監視業務の交代要員探しが急務だ。

 人事担当とはいえ、ロングにも監視業務は可能だ。一通りの訓練は受けている。が、一人ではまだやったことがない。交代するにしてもあと一人必要なわけだ。

 となれば、私はここから出られない。眠れない。さすがに私とて上司()ではない。眠らなければいずれ壊れるだろう。


「取り急ぎ、今すぐ入れるスタッフを探してくれ。条件は問わないが経験者か訓練済みならなおよい」

「即時であれば一人います。ですが、彼はやめた方が……」

 ロングが言い淀むがこちらも余裕がない。一人いるのならばとりあえず確保しておいて、他のスタッフは二、三日の内に探せば何とかなるだろう。

「どんな奴でも構わない。寄越してもらってくれ」

「……あとで文句言わないでくださいね」

 この時のロングのセリフを、私はあとになって思い出す。

 事務方に要請してやってきた男は、『自分の世界を自ら潰した男』だったのだ。



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